第3章 エスケープゴート⑥

「お疲れ、二人とも」


 19時に近づく、屋台に並ぶ人の数も減ってきた。花火までもう少しだ。皆、場所を確保し、打ち上がるのを今か今かと期待して待っている。

 4時間も働いていない。でも、体はくたくたで、今なら地面でもぐっすりと寝られる自信がある。社会人になったら一日8時間以上働かなくてはいけないとは、何たる苦行。果たして私は無事会社員として会社に貢献できるのだろうか。無事、就職できるという希望は置いといて。


「マジ助かったわ、あんがとさん」


 紗枝さんの労いの言葉が嬉しい。大変だったけど、それだけ充実感はある。やり切ったという満足感が確かにある。


「こちらこそありがとうございました」

「ありがとう、ございました。とても楽しかったです」


 私のお礼の後に、凪沙が続いてお礼を述べる。私たちからの感謝に紗枝さんは、


「うるせー、面と向かって言うんじゃねー」


と照れる。4時間前だったら、このぶっきらぼうな台詞にビビりまくっていたが、今

となっては愛着を感じる。


「この後は大丈夫なんですか?」


 花火鑑賞でお客が減るとはいえ、さすがに一人で回すのは無理がある。


「ああ、一人ダチが来てくれるからさ」


 それなら安心か。友達さんもワイルドなのかな。


「じゃあ、二人にはバイト代渡さないとな」


 白い封筒を渡され、ありがたく受け取る。

 バイト代だ。


「ありがとうございます」

「ありがとう、です」


 しかし、封筒に入っていると、どれだけお金をいただいたのかわからない。目の前で、「どれどれ」と開けたら失礼だしな……。


「おいおい、遠慮せず開けていいんだぞ」


 紗枝さんからの助け船に「それじゃあ」と私たちは封筒を開ける。

 中には、諭吉さんが入っていた。

 え、1万円?

 働いた時間は、約4時間。それで1万円。時給にすると、2500円。

 破格のバイト代だった。


「こ、こんなに貰えないですよ」


 紗枝さんは笑い、私の抗議を突っぱねる。


「いいんだよ。本当に助かったんだからよ。それに予想以上の働きをしてくれたんだ、好意は受け取っとくもんだぜ」

「でも」

「いいんだって。素直に受け取っとけよ、いい子ちゃんたちだなお前ら」


 そこまで言われて、これ以上反論するのは逆に失礼だ。


「「ありがとうございます」」

「おうよ」


 本当にありがたい。お金の金額以上に重みを、想いを感じる。大切に使わなくちゃな。


「じゃあ、またどこかで会おうぜ、二人とも」

「はい!」


 同じ神奈川だ。また横須賀に来た時にはぜひ会いたい。

 こうやって色々な場所に行って、色々な人に出会って思い出は増えていく。動くから、思い出のアルバムは厚くなっていく。動いたから、素敵な出会いがある。

 だから、私は動く。止まらない。

 ここからは私の一世一代の大舞台だ。

 私は、凪沙に告白する。



 ……その前に、気になったことを口にする。


「紗枝さんは普段どんな仕事をしているんですか?」


 見た目からは、かっこいい仕事、例えば車の修理や、サーフィンショップや、ライフセーバー、飲食店などを想像する。けれども予想は見事に外れた。


「うん?仕事?看護師やっているよ」

「「え」」


 私と凪沙の驚きが重なる。看護師?え、病院で金髪で、モヒカンってオッケーなの?


「あ、お前ら似合わないと思っただろ?ひでーな」

「そんなことないです!」

「いや、実際似あわねーけどさ」


 そうですね、とは言えない。


「我儘な患者ばかりなんで、私みたいな威圧感ある奴が必要なんよ」


 白衣の天使って一体……。


「さっちゃん!」


 声の方向を見ると、黒い長髪のおしとやかそうな女性がいた。フリルの服に、明るい色のスカート。


「おう、美津子じゃん。やっと来たか」

「ふふ、走ってきちゃったわ」

「あんがとよ」

「さっちゃんの頼みだもの。何処へでも駆けつけるわ」


 会話から二人の仲の良さが伺える。

 彼女が言っていたダチなんだろう。荒っぽい紗枝さんと、ふんわり癒し系な美津子さん。印象は正反対の二人だが、だからこそ気が合うのだろうか。


「お前ら、助っ人が来たからここはもう大丈夫だ」

「ええ、お姉ちゃんたちに任せなさい」

「はい、今日はありがとうございました」

「何回、感謝するんだよ」

「あはは、すみません」

「よし花火を見て来い若人たち」

「いってらっしゃい」


 私たちは押し出され、名残惜しみながらもその場を後にする。



 花火の絶好のポイントは紗枝さんに教えてもらった。人はあまりいなく、良く見える秘密の場所らしい。

 私の計画のためにも、非常に好ましい環境。

 ただ、その場所に行くまでが大変だった。この大勢の人だ。押し合い圧し合い。凪沙とはぐれないように注意しながら進む。

 すると凪沙が急に立ち止まった。


「どうしたの?」


 私に向けて、手を差し出す。


「え、お駄賃よこせって?」

「ち、ちがう」


 凪沙が、あの、その、と言い、戸惑う。


「人が多いから、ね」

「多いね、はぐれないように気を付けないと」

「そ、そう、だからね、はぐれないようにね」

「はぐれないように?」

「だから、その、て、て、て」

「手?」

「うん」


 やっと差し出された手の意味を理解する。


「そうだね、はぐれないように手繋ごうか」

「う、うん!」


 手を重ねる。じんわりと熱い彼女の手。小さな、可愛らしい指。

 手を握るだけで、自分の温度が上昇するのを感じる。

 二人とも黙ってしまう。けど、浪費している時間はない。もうすぐ花火が上がるのだ。


「い、行こうか」

「うん」


 彼女の手をしっかり握り、目的地へと向かう。このドキドキが彼女に伝わらないようにと心配しながら、ゴールを目指す。

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