第1章 夏色ノート④

 清掃活動が終わるころには太陽がだいぶ上に登っていた。


「疲れた」

「うん…」


 凪沙の顔にも元気がない。元々、元気が溢れている子ではないが、それでも表情からわかる。朝から始まったとはいえ、夏なのだ。気温はぐんぐん上昇し、汗は止まることを知らない。

 私と凪沙でゴミ袋5つを満タンにした。ひたすら浜辺を歩いていただけだが、ゴミ袋はすぐにお腹いっぱいになった。楽しむのはいいけど、皆、ゴミはゴミ箱へ。ゴミ箱がなかったら持ち帰ってね。


「お疲れー」


 太陽に負けない眩しい笑顔で声をかけてくる我が委員長。眩しすぎて直視できない。この小さな体のどこにこんなスタミナがあるのだろうか。


「いやーおかげさまで早く終わったよ」


 もうお昼だというのにこれで早いのか。危うく昼飯抜きで労働するところだった。とんだブラック企業だ。


「この後は?」


 私の質問にきょとんとした顔の仲谷さん。


「終わりだけど?」

「何か皆でお昼ご飯食べるとかはない感じ?」

「うん。自由行動。ここで解散。後はお好きにーって感じ」


 皆、夏休みはそれぞれ予定があるのだろう。気づけば最初は10人ぐらいメンバーがいたのに、今は5人しかいない。


「私も今日は舞台観に行く予定だから、これでになっちゃうけど」


 この子の趣味もよく読めない。お遊戯会の間違いじゃないよね?って言ったら怒られそうだから余計なことは言わない。


「わかった。私たちはせっかくだから江の島観光していこうか」


 隣の彼女に目を向けるとすぐに返答がくる。


「うん、そうしよう」


 答えはイエスとのことだ。


「じゃあ君たちにはこれをあげよう」


 偉そうに渡されたので期待を持って受け取ったが、それはカラオケの割引券だった。二人でカラオケ、凪沙って歌うのかな…。それに観光地でカラオケ券を渡されても困ってしまうのだが、文句を言う気力もなかったので素直に鞄に入れる。

 

 券を渡して満足した顔で帰った彼女が言うには、1回出てくれたので当分は七夕祭実行委員会のボランティア活動には協力しなくて大丈夫、とのことだった。

 さすがに毎日これではせっかくの夏休みがもったいないし、体力が持たない。先に消化しておいてよかった。夏休みの宿題は先に終わらせておくに限る。


 元気っ子も去ったので、残された私達二人は疲れた体に鞭を打ち、島に向かう。

 私たちが掃除していたのは駅付近の浜辺だったので、いわゆるここが江の島!という本丸には距離がある。眼で見えているのだが、なかなかに近づけない。

 それに、浜辺に着いた瞬間には「海だ―」と感動したものだが、今となっては四方八方に広がる青い光景にありがたみを感じなくなっている。ただただ暑い。感情を失ったロボットになっていた、汗はとめどなく流れるけど。


「何で今日は帽子被っていないの?」


 へとへとの彼女に問いかける。こんな暑い時に限って、なぜ私のプレゼントした帽子を被っていないのだ。私もだけどさ。


「あれは大事なものだから」


 私を見て、少し微笑みながらそう告げられた。

 その言葉に温度の上昇を感じるが、大事にされすぎても困る。気持ちは嬉しい、でも有効活用してほしいものだ。


「あ」


 思わず声が出る。

 帽子を被っていないことで思い出した。

 そういえば日焼け止めを塗っていない。

 起きた時はまだ日ものぼっていなく、脳も働いていなかったので、ついうっかり。バッグには入っているからか、ついつい油断をしてしまう。帽子しかり、日焼け止めも使わなければ意味がない。今は良くても、歳をとった時に困るのだと未来の私が言っている。

 きっと凪沙も日焼け止め塗っていないんだろうな。

 そういう所、無頓着そうだから私が気にかけてあげないと!…また母親気分になる。

 出かけるには色々と準備不足だった。駆け出しの勇者に外の世界は厳しい。


 橋が見えてきた。ここを渡り切れば島に上陸する。


「まずは」


 何にしても落ち着ける場所が必要だった。この暑さから避難する場所。そして、冷静に考える場所。


「ご飯にしようか」

「…賛成」


 それにエネルギー。

 朝から働きっぱなしだったのでお腹の主張も激しい。

 弁天橋を渡り、目の前にあったお店に私達二人は吸い込まれていったのであった。

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