第3章 魔除けのおまじない②
授業が終わると文化祭の準備をする、そんな毎日が当たり前になった。
最初は部室の扉を開ける度に緊張したが、今ではノックもせず、我が家のように帰宅する。
ただ三澄さんは私と一緒ではないと、この扉をくぐらなかった。
基本的に待ち合わせをしてから一緒に向かうが、授業が残っている時はわざわざメールで「ついた」と連絡が来て、部室を出て、棟の入口に行くと待っている。
私が誘って入れたのだから、これぐらいは大目に見る。
過保護でないと、反故にされる。
そういうアンバランスな物でも習慣化してくれば何も疑問に思わなくなってくる。それは考えの放棄か、諦めか。
問題はそれだけではない。
部室に来るときは、初回同様パーカースタイルなのだ。それに伴い、普段もパーカースタイルな日が増えてきた。私と同じ授業の時は、あげた帽子を被って来てくれるのだが、他の日は専らフードを深く被り、防壁を築く。
せっかく進展し、さらなる仲間を求め、航海に出たのだが、身だしなみについては逆行してしまった。うーん、なかなかうまくいかない。
それでも、実行委員の仲間とは会話は・・・あまり成立しないが、意思疎通はできて、順調に作業を進めている。
彼女が受け入れられているのは文化祭実行委員の人が、有り体に言えばいい人達だからだろう。
勝手な印象ではチャラい人が多いイメージだったが、いざ中に入ってみればそんなことはなく、真面目な人が多い。真面目だからといって暗いわけでなく、部室にはいつも笑いが溢れている。その大きな要因は、仲谷さんがまとめ役だからだ。
本当は3年生の委員長がいるらしいが、他のサークルにかかりっきりらしく、会ったことがない。そのため、1年生の彼女が委員長代理として役目を全うしている。
文化祭に参加したことがない1年生なのに、このような雰囲気を作り出せるのは、彼女の才能か、それとも人柄の良さか。
ただいくら彼女が有能でも、作業の遅れはなかなかに挽回できない。
「これは土日も準備しないと駄目かも」
そう弱気に呟く委員長代理。
「仕方ねーよ」と長谷川君が励ますも、「ごめん、俺はバイトがあって」「レポート書かないとやばい」と他の人はあまり乗り気でない。
「あはは、しょうがないよね。出られる人だけでも頑張ろう!出られない人はその分平日宜しくね」
精一杯の元気を振り絞り、明るく笑い飛ばす。
土日か。
正直、特に予定はない。土日も働くのはちょっとブラックかな、それに給料出るわけでないし、と社会人だったら抵抗するが、まあ私は単なる学生の身であるわけで、土日に頑張るのもいい経験だろう。
「三澄さんは、どうする?」
隣に座る彼女に話しかける。
「榎田さんは?」
「私は出ようかなと思っている」
「じゃあ、私も出ようかな」
「うへへ、頑張ろう」
変な笑いが出た。
「きよりんも、みすみんも来てくれる系?超ハッピーなのだ」
落ち込んでいた仲谷さんが、ギャル語とも言えない交信をする。
「手伝う系」
「サンクス、サンクス。明日もよろしーくね」
「うん、またね」
「またね」
仲谷さんが三澄さんを見つめ、
「三澄さんも、またね」
直視され、避けられなかったのか「ま、またね」と小さい声で返す。その返答に私の口角が上がる。
「あら、榎田さんに、三澄さん」
帰りのバス停に向かうと珍しいことに教授の葉子ちゃんに遭遇した。
「先生も帰りですか」
「うん、そうよ。車、廃車にしちゃったの」
「ええ!?大丈夫ですか!」
「大丈夫、保険はおりるわ」
「いや、そっちじゃなくて、先生の身体です」
「私の身体・・・?榎田さんのエッチ」
「どうしてそうなる!」
先生の頭は大丈夫じゃないみたいです。
「平気、平気。よく自爆するの。今年に入って3台目」
それは果たして大丈夫と言えるのだろうか。3台廃車にして、平気へっちゃらとは大学の先生は儲かる職業なのか。
「気を付けてくださいね、いきなり授業が休講で単位が取れなくなったら嫌ですよ」
そう忠告すると、バスが到着し、苦笑いのまま葉子ちゃんが乗り込む。1番後ろの席に座り、横のスペースを手でポンポン叩き、こちらに視線を送る。
隣に座れ、ってことだよね。
私は先生の隣に座り、私の隣を三澄さんが確保する。
「二人はこの時間まで残ってサークル?」
「七夕祭実行委員会です」
「もうそんな季節なのね。あと一か月か」
「やばいですね」
「やばいですか」
まじやばい、らしい。仲谷さんの焦りからそう思わされる。
「土日も準備しないと間に合わなそうで」
「そうなのね。でも課題は見逃さないわよ」
「はい、それはもちろん」
葉子ちゃんが視線を三澄さんに向ける。
「三澄さんも準備楽しい?」
急に話しかけられたことに戸惑うも、そこは先生だからかきちんと返事をする。
「はい、楽しいです」
彼女の返答に「そう、良かったわ」と満足気な笑顔を浮かべる。
「一つ聞きたかったんだけど、三澄さんって」
先生が一呼吸置き、
「三澄拓浪君の妹さん?」
と質問を投げかける。
その問いに彼女は「はい」と短く返す。
「やっぱり。どことなく雰囲気似ているなーと思っていたの」
どことなく雰囲気似ているって、お兄さんも帽子被って授業を受けていたのか。
そんな私の心の声が聞こえたのか、「帽子は被ってなかったけどね」と先生が答える。エスパーか。
「お兄さんも私の授業を履修してくれて、とても熱心な子だったから覚えているの。課題も毎回凄い力作で、いつも驚かされていたわ」
「へーそうなんですね」
優秀な兄がいたもんだ。私は授業についていくだけで精一杯で先生を驚かすほどの才能を持ち合わせていない。それに努力も熱意も足りない。
「でも、大学3年生で中退しちゃったのよね。私、本当にびっくりしちゃって」
その中退はポジティブなものなのか、ネガティブなものなのか。聞きづらいな・・・。
それでも構わず、先生は話を続ける。
「三澄さん、お兄さんは元気にしている?」
「兄は」
彼女が視線を窓の外に向ける。つられて私たちも窓の外を見る。
「兄は、もういません」
もういません?
衝撃的な告白に言葉を失う。
もういない。
それは亡くなったということなのか。何処か遠くに旅立ったのか。
事故、逃亡、自殺。
何とでも捉えられる。
捉えられるが、それ以上真相を追求することはできなかった。
「ごめんなさい、三澄さん。そんな辛いこと聞いて」
先生の謝罪の言葉でその話題は打ち切りとなる。
三澄さんは窓の外を眺めながら「いえ」と返す。
その後は空気が重くなり、葉子ちゃんも口を開かず、ただバスの走る音だけが私の耳に届いた。
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