第62話 告白

 ミカが目を覚ました時、部屋の時計の針は二十二時を指していた。

 すっかり見慣れた旅館の部屋。自分は此処に帰ってきたのかと思い、彼女は身を起こす。

 一糸纏わぬ自分の体に目を向けて、昼間の出来事を思い出し、唇を噛んだ。

 こんな有様になっても未だに生きている自分が、何かとんでもなく汚らしいもののように思えて、嫌悪感を覚えた。

 もう、嫌……生きていたくない。こんな自分、何処かに捨ててしまいたい。

 目の奥が熱くなる。

 涙が零れそうになる目をきゅっときつく閉じて、俯いた。

 その時だった。

 部屋の扉が開いて、畳まれた服を持ったアレクが中に入ってきた。

「!」

「……起きましたか。ミカさん」

 アレクはテーブルの上に服を置くと、ミカの枕元に歩み寄った。

 ミカは慌てて布団を手繰り寄せ、胸元を隠した。

「新しい服をエリンに仕立ててもらいました。明日からはこちらを着て下さい」

「……どうして、アレクが……」

 彼女が疑問を口にすると、アレクはそっとベッドの端に腰掛けて、言った。

「……僕は、今になってようやく気付いたんです」

 ミカの目をまっすぐに見つめて、彼女の手を取った。

「僕は、どんなことがあっても貴女の傍を離れてはいけなかったのです。そうしないと、貴女のことを守ることができないから」

 ミカの心臓がどきんと跳ねた。

 アレクの手が、ミカの手をぎゅっと力強く握る。

「これからは、僕がずっと傍にいます。……いいえ、いさせて下さい。僕に、貴女を守らせて下さい」

 それは、アレクの告白だった。

 遠回しな言い方が何ともアレクらしい、とミカは思った。

 それと同時に、レンの言葉を思い出し──彼女は首を左右に振った。

「……駄目。私は、アレクの傍にいちゃいけないの」

「レンが何を言ったかなんて関係ありません。そんなものは世迷言だと思って切り捨ててしまえばいい」

 アレクは引かなかった。

「僕は世界の秩序なんかよりも、貴女の方がよっぽど大事なんです。貴女のためだったら、この体だって喜んで捨てられる。首だけになっても、貴女を愛し続けられる」

 ミカの手を離し、彼女の背中に腕を回して彼女を優しく抱き締める。

 今までにないアレクの直接的な行動に、ミカは息を飲んだ。

 恐る恐るアレクの体に手を伸ばし、彼を抱き返す。

 手に、しっかりとした体の形が伝わってきた。

「……もしも、貴女が許して下さるのなら」

 彼女を抱いたまま、アレクは言った。

「僕は、貴女が欲しい。これから此処で過ごす時間を、貴女の温もりを、僕に下さい」

「…………」

 ミカの頬を、涙が一筋伝い落ちていった。

 唇を震わせて、小さな言葉を、返す。

「……私、は……」

 アレクの体が離れる。

 彼はミカの肩を掴んで、そっと、彼女と顔を重ねた。

 二度目の口付けは、胸一杯の切なさと、幸福感を運んできた。

 ミカは目を閉じて、アレクの腕をそっと掴んだ。

 ああ、やっぱり大好きだ。諦めるなんて、できないよ。

 そのまま体を倒して、彼女はアレクを自分の胸元に引き寄せたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る