第53話 すれ違いゆく二人
暗い表情のまま大広間へと向かうミカ。
そんな彼女を、大広間の入口に立っていたアレクが出迎えた。
「おはようございます、ミカさん」
アレクはいつものように笑顔だった。
アレクが、いつも以上に眩しく見える。
……駄目。これはアレクのためなんだから。
ミカは目を伏せたまま、彼の前をさっと通り過ぎた。
そのまま料理が並んでいるカウンターに向かい、皿を取って目に付いた料理を取り分け始める。
アレクは怪訝そうな顔をして、料理に向かうミカを見つめた。
……ミカさん?
しかし、彼にも仕事がある。気になりはすれど、彼女の元に行くことはしない。
それが、ミカにとっては有難かった。
料理を持って席に着いたミカは、黙々と料理を食べ始めた。
時折、ちらりと盗み見るようにアレクの方を見る。
アレクは大広間に訪れる客人たちを笑顔で迎え、席へと案内していた。
本当は、彼に案内されたかった。笑顔で言葉を交わし、今日も顔を合わせられたことに幸福を感じたかった。
でも、レンが言っていた。アレクには果たさなければならない使命があると。それを果たすためには、ミカが傍にいてはいけないのだと。
ミカは自分が離れることがアレクにとって良いことなのだと自分に言い聞かせ、胸中の思いを誤魔化すようにひたすら料理を口へと運んだ。
料理の美味しさも、分からない。
胸の中に石が詰まっているかのように、重たくつかえたような感覚が圧し掛かっている。
……人の幸せを願うって、こんなにも辛いものなんだね。
口の中のものをミルクで流し込んで、ミカは溜め息をついた。
そんな彼女を、遠くで見つめているふたつの目。
ウェイトレスとして大広間に待機していたリルディアだ。
彼女は片眉を跳ね上げて、ミカのことをじっと見つめていた。
「……ふうん……?」
おかわり用のコーヒーを持ったまま大広間の入口に行き、そこに立っていたアレクの肩を叩く。
「ね。何かあった?」
「ん?」
アレクはリルディアの方に振り向いて、小さく首を振った。
「特に何もないよ。何で?」
「ううん。それなら別にいいんだけど」
元の場所に戻りながら、リルディアは再度ミカの方に目を向ける。
食事を終えたミカは、まっすぐに前を向いたままミルクを一気飲みしているところだった。
「喧嘩した、ってわけじゃなさそうね……」
呟いて、彼女はコーヒーをカウンターの上に置いた。
そのまま、考えることしばし。
何か閃くことがあったのか、言った。
「ひと波乱ありそうな予感がするわ」
リリスは人の感情の変化に敏感だからね。ひょっとしたらミカの胸中にある葛藤を見抜いたのかもしれないね。
彼女の言う通り、このまま何もなく事が過ぎるとは思えない。何かが起こりそうな、そんな予感がするよ。
私としては、大事になる前に皆の納得のいく形で決着してほしいところだ。
思い違いで関係が拗れてしまうほど、辛いものってないからね。
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