第51話 心の底からの気持ち
仕事を終えて自分の部屋に戻ったアレクは、上着を脱いで椅子の背凭れに掛け、椅子に腰を下ろした。
今日は、色々なことがあったな。
昼間の出来事を思い出し、ふうっと息を吐く。
手料理を持って来てくれたミカ。
自分を騎士の道へと呼び戻そうと必死になるレン。
二人から向けられる、形は違えど同じ色の想い。
それを胸に抱えて、アレクはくしゃくしゃと髪を掻いた。
こんなことは、彼にとっては初めてだった。
二人の女から同時に恋慕されるなどということは。
それに、どう応えていけばいいのか。今自分が彼女たちに向けている思いは間違ってはいないのか。
自分の思いの形は、二人にちゃんと伝わっているのか。
分からなかった。教えてほしかった。
自分は男としてこれで良いのか。誰でもいいから、言葉を与えてほしかった。
……僕は……
テーブルの上に置かれている包みに目を向ける。
ミカが作ったシュークリームが入っている包みだ。
……僕は、ミカさんのことを……
それが、自分の正直な気持ち。
自分に面と向き合って知ることができた、自分の中にある確固たる想いだ。
自分に興味を持てと言っていたルーブルの言葉はこういうことだったのかと、今更ながらに思ったのだった。
彼女の笑顔が欲しい。この腕で、全てを包み込んで抱き締めたい。
彼女を、愛したい。
でも……
アレクは小さくかぶりを振った。
自分はこの旅館に勤めるホテルマンで、ミカはこの旅館の客人だ。
此処にいる以上はその垣根を取り払うわけにはいかないと、冷静な自分が語りかけてくるのを彼は自覚していた。
自分が誰かを恋うのは許されないことなのではないか? そうとさえ、思えてしまう。
所詮、自分は死者だ。生きている人とは結ばれるわけにはいかないのかもしれない……と。
彼は包みに手を伸ばし、静かにそれを開いた。
中には、掌サイズのシュークリームがふたつ入っていた。
甘味好きの自分のためにわざわざ菓子を作ってくれたのかと思うと、彼は嬉しくなった。
ゆっくりとひとつを手に取り、口へと運ぶ。
咀嚼すると口の中に広がる仄かな甘さが、心地良い。
それはアカギが作る菓子と遜色のない美味しさだった。
「……美味しい」
思わず呟き、口元を緩める。
この御礼は絶対に伝えよう。美味しかったと笑顔で言おう。
今は、難しいことは考えないようにしよう。ただ普段通りに彼女と接して、言葉を交わし、笑い合おう。
そう自分に言い聞かせ、彼はふたつのシュークリームを大切に食べたのだった。
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