第46話 騎士は決意する
旅館から少し離れた場所にある小さな雑木林。
その中に、レンは一人で佇んでいた。
手にしているのは、柄に大粒の宝石をあしらった両刃の騎士剣。
抜き身の剣を片手に、彼女は前方を厳しい顔をして見つめていた。
「……アレク」
彼女の言葉を聞く者はいない。しかし、彼女は言葉を舌の上に乗せて紡ぐ。
「……お前は、一般人の器に納まるような存在じゃない。お前には、お前に相応しい居場所があるんだ」
びゅ、と強い風が彼女の背中から吹きつける。
それは彼女の目の前で渦を巻きながら、大きく膨れ上がっていった。
空間の一部が、闇を帯びる。
それはひずみのように歪み、ばくりと大きな口を開けた。
「グゥ……」
空間の裂け目から、吐き出されるように異形の怪物が這い出してくる。
体の大きさは三メートルほど。ぶよぶよに膨れた白い全身に赤い紋様があり、顔に幾つもの目が付いている。大きな口には牙が並んでおり、涎を垂らしてぬらぬらと輝いていた。
『虚無(ホロウ)』。この世界に現れ混乱を齎す怪物である。
『虚無(ホロウ)』はレンの存在を見つけると、長くて太い舌を出して口をべろりと舐めた。
レンは、怯まない。剣を構え、体勢を低く取った。
「私は、諦めない。どんな手を使っても、お前にそれを悟らせる」
『虚無(ホロウ)』が咆哮する。
レンは地を蹴った。
『虚無(ホロウ)』の横を駆け抜け、すれ違いざまに剣を一閃する。
ぶしゃ、と飛び散る黒い血。
レンの剣は、『虚無(ホロウ)』の首を両断していた。
『虚無(ホロウ)』の首がずるりと体から落ち、どさりと地面に落ちる。
『虚無(ホロウ)』の体は力を失い、どうっと横に倒れた。
剣の刃に付いた血を指で拭い、レンは冷たく『虚無(ホロウ)』の死骸を見つめた。
「そして……あの子供のことは、諦めさせてやる」
ぱちん、と剣を腰の鞘に収める。
黒い瘴気を放ちながら消えていく死骸を残し、彼女は歩み始めた。
「それが、お前のためなんだ。アレク」
林は、戦いがあったことなど気付いていないかのように変わらぬ穏やかさを保っている。
レンの姿は立ち並ぶ木々の波に飲み込まれ、消えていった。
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