第44話 シュークリームを作ろう

 食事を終えたミカは、早足で厨房へと向かった。

 厨房の場所はすぐに分かった。大広間の近くにあり、何人もの料理人(シェフ)たちが出入りしていたからだ。

 厨房の中に足を踏み入れると、洗い物をしていた料理人(シェフ)たちが一斉に彼女の方を向いた。

 青白い、如何にも血色の悪い顔ぶれが並んでいる。中には目玉が片方なかったり鼻がもげている者もいた。

 彼らはゾンビなのだ。

 ミカはぎょっとしながら厨房の中を歩いた。

 まさか、毎日の美味しい料理を作っているのが死人(ゾンビ)だなどとは思ってもいなかったのだろう。

 彼女が探すアカギは、厨房の奥にいた。調理台の上に材料を並べて、腰に手を当てた格好で彼女が来るのを待っていた。

「早かったな。ちゃんと飯は食ってきたのか?」

 ミカがこくんと頷くと、アカギは彼女に自分の隣に立つように言って、調理台に向き直った。

「よし。それなら早速作り始めるか。材料はこの通り用意しておいたからな」

「……何を、作るの?」

 彼女の目の前に並んでいる材料は、小麦粉、卵、生クリーム、バター、ミルク、砂糖……と、菓子作りに使うにはオーソドックスなものばかり。これだけでは、何を作るのかは彼女にはさっぱり分からなかった。

 アカギは卵をひとつ手に取って、言った。

「シュークリームだ」

「シュークリーム……」

 ふわふわの生地に挟まれたカスタードや生クリームが甘くて美味しい定番の焼き菓子。

 ミカは店で買ったシュークリームなら食べたことはあったが、手作りするのは初めての経験だった。

 私が、あれを作るの?

 上手く作れるのか、ちょっぴり不安になるミカだった。

「そこで手を洗ってこい。まずは生地作りから始めるぞ」

 アカギが近くの流しを指差す。

 ミカは彼に言われた通りに、シャツの袖をまくって手を石鹸で綺麗に洗った。


「アレクちゃん、何してるの?」

 大広間の中央で落ち着きなく辺りを見回しているアレクを見て、片付けの助っ人に来ていたリルディアが怪訝そうに首を傾げた。

 アレクは辺りを見回すのをやめ、首を小さく左右に振った。

「何でもない」

「ひょっとして、ミカちゃんのこと探してる?」

「!」

 ずばりと言われ、アレクはぴくっと肩を跳ねさせた。

 しかし、隠すまでもないことだと思ったのか、すぐに白状した。

「……さっきまで食事をしていたはずなのに、いつの間にかいなくなってたんだ」

 また何処かで危ないことをしていたら……と呟くアレクに、リルディアは苦笑した。

「ミカちゃんなら、アカギちゃんのところにいるわよ。厨房に入っていくのを見かけたわ」

「厨房に?」

 片眉を跳ねさせるアレク。

 厨房は、基本的に客人は足を踏み入れない場所だ。そんな場所に、一体何の用事で行ったのか。

 彼女のすることは、時々分からない。

 見に行こうとするアレクを、リルディアは襟首を掴んで制止した。

「アカギちゃんと一緒なんだから心配いらないわよ」

 悪戯を企む小悪魔のような笑みを浮かべて、彼女は言う。

「女の子には、男に言えない秘密のひとつふたつくらいあって当たり前なの。わざわざ秘密を暴くような野暮な真似はしちゃ駄目よ」

「…………」

 アレクは髪をかしかしと掻いた。

 ミカのことは気になるが、リルディアにそう言われてしまってはおいそれと見に行くこともできないようだ。

 とりあえずアカギを信用して任せることにしたようで、彼は小さく息を吐くとテーブルの上に残っている食器を片付けに向かった。

 それを見つめながら、リルディアは肩を竦めた。

「今アレクちゃんに知られたらミカちゃんの計画が台無しになっちゃうものね。アレクちゃんには悪いけど、しばらく仕事に集中しててもらいましょ」

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