第31話 天冥騎士団の幼馴染

 旅館に帰った二人をフロントで出迎えたのは、ホテルマンだけではなかった。

 カウンターの前に、白い鎧を身に着け剣を携えた金髪の女が立っていた。身長が高く、すらりとした外見の人物である。

 彼女は外から帰ってきた二人を──というよりもアレクを見つけると、つかつかと近付いてきて、話しかけてきた。

「久しぶりだな。アレク」

「……レン?」

 彼女を見たアレクは目を瞬かせた。

 ミカが怪訝そうな顔をしてアレクの顔を見上げる。

 アレクはミカの方を見て、言った。

「天冥騎士団に勤めている僕の幼馴染なんです」

 天冥騎士団。

 この世界の秩序を守るために日夜戦っている神の下僕。最強の武力を持つ騎士たちである。

 彼らは普段は街に出て来ない。此処で姿を見るのはかなり稀なことなのだ。

 そんな騎士様が、こんな辺境の旅館に一体何の用なのだろうね?

「天冥騎士団が何の用事で此処に来たんだ?」

 アレクが尋ねると、レンは真面目に引き締まった面持ちのまま答えた。

「このところ、『虚無(ホロウ)』が立て続けに湧く事象が発生している」

 『虚無(ホロウ)』の名にアレクの目つきが僅かに険しくなる。

 『虚無(ホロウ)』の存在はこの世界の住人ならば皆知っている。平和を脅かす存在が現れたと知っては、表情が暗くなるのも無理はないことなのだ。

「上の方から街の守護に当たるようにとの命令でな。此処の護衛役として来た」

「そうだったのか」

 そこまで聞いて、ようやくアレクは笑顔になった。

「レンが来てくれて心強いよ。此処には大勢のお客様がいるからね。皆を守ってくれる存在は必要だ」

「しばらく此処に世話になる。私の方こそ宜しく頼む」

 レンは髪を掻き上げて言って、アレクの傍らにいるミカに視線を移した。

 表情は変えぬまま、問いかける。

「アレク。お前、子守の仕事でも始めたのか」

 子守……

 子供、ときっぱりと言い切られ、ミカは唇をきゅっと噛んだ。

 確かに自分はまだ子供だ。胸だって小さいし、背も低い。

 でも、何もアレクの前でそれをはっきりと言わなくてもいいじゃないか。

 アレクは違うよと笑った。

「ミカさんは旅館の大切なお客様なんだ。今日は一緒に街の方に出かけていたんだよ」

「それを子守と言わないで何と言うんだ」

 レンは呆れたように腰に手を当てた。

 ミカの目をじっと見据えて、冷たく言う。

「お前、あまりアレクに面倒を掛けさせるんじゃないぞ。宿の客はお前一人じゃないんだからな」

「…………」

 ミカはだっとその場を駆け出した。

 階段を一段飛びで駆け上がり、二人の目の前から姿を消してしまう。

 アレクは慌てて声を上げた。

「ミカさん!」

「放っておけ。所詮は子供のヒステリーだ」

 ふん、と鼻を鳴らすレン。

「それよりも。此処に来たのは初めてだから勝手が分からない。宿を案内してほしいんだが」

「…………」

 アレクはミカの様子が気になっている様子だったが、レンを放置してもおけないと思っているようで、彼女の申し出に困惑しながらも頷いたのだった。

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