ホテル・ミラージュで休息を

第27話 パフェとパンケーキ

　木造のお洒落なテラス風の喫茶店。

　そこで、二人はお茶を楽しんでいた。

　ミカが注文したのは大きなバニラアイスが乗ったパンケーキ。対するアレクは、高さ三十センチはあろうかというフルーツたっぷりのパフェだ。

　甘味に関しては自重しないというのがこの男である。

　にこにこと嬉しそうに笑いながら、アレクはスプーンを手に取って目の前のミカに言った。

「どうぞ。遠慮しないで食べて下さい」

「…………」

　ミカは唖然としていた。

　生真面目な雰囲気が全身から滲み出ている青年と、巨大パフェの組み合わせ──あまりのミスマッチ感に、掛ける言葉が見つからないのだろう。

「どうかしましたか？」

「……ううん」

　言おうとしていた諸々の言葉を放棄して、ミカはフォークでパンケーキを一口サイズに切り分ける。

　バニラアイスを付けて、ぱくり。

　ふわふわな生地のほんのりとした甘さとバニラアイスの甘さが絶妙に混じり合って舌を包み込む。

　家で作っていたホットケーキよりも美味しいな、と彼女は独りごちた。

「……美味しい」

「此処のお店は僕の行きつけなんです。甘味が絶品なんですよ」

　アレクは自慢するように言って、パフェのてっぺんに付いていた生クリームをスプーンで掬った。

　そのまま口一杯に生クリームを頬張って、うっとりとした表情をする。

「……うん、美味しい」

「アレクは、甘いものが好きなの？」

　ミカの問いかけに、彼はきっぱりと断言した。

「毎日の食事が甘味でも構わないくらい、好きです」

「そうなんだ……」

　パンケーキを食べながら、彼女はふと思った。

　もしも手作りのお菓子を作ったら、彼は喜んで食べてくれるかな、と。

　それをするにはまず彼女が料理をできる環境を探す必要があるわけだが、何とも年頃の女の子らしい発想である。

　アレクはどんどんパフェの頭を崩して、食べ進めていく。

　そんな彼を見て、彼女は呟いた。

「私、パフェって食べたことない」

「そうなんですか？」

　意外、とでも言うようにアレクは目を瞬かせた。

　スプーンでマスカットを一粒掬って生クリームをたっぷり付けて、それをミカの目の前に差し出してくる。

「どうぞ」

「!?」

　ミカの手から、フォークがぽろりと落ちた。

　落ち着きなく差し出されたスプーンとアレクの顔とを見比べて、口をぱくぱくさせる。

「……これって……」

「おすそ分けです」

　おすそ分けなのは分かるけど！

　ミカは顔を赤くした。

　しかし、アレクはミカの胸中の叫びなど何処吹く風。ミカにパフェを食べさせようと、腰を浮かせてスプーンを突き出してくるばかりだ。

　アレクは確信犯なの？　それとも自覚がないだけ？

　考えれば考えるほど、ミカの中にある恥じらいの心は大きくなっていく。

「どうぞ？」

　アレクはミカがこれを食べるとまるで疑っていない顔だ。

　ああ、もう！

　ミカは目を辺りに彷徨わせた後、思い切って、スプーンを口に含んだ。

　マスカットは瑞々しくて生クリームは甘い。パンケーキとは違う甘さだ。

　しかし頭の中が既にぐちゃぐちゃになっている彼女には、初めてのパフェの味など分かるはずもなかった。

　急いでマスカットを咀嚼して飲み込んで、コップに注がれていた水をごくごくと一気に飲み干す。

　空になったコップをテーブルに置いてはぁっと息をつき、ミカは言った。

「アレクって……」

「？」

　微笑み顔のまま、小首を傾げるアレク。

　ミカはゆっくりとかぶりを振って、言葉を切った。

「……何でもない」

　これがただの悪戯だったなら、こんなに頭を悩ませることもなかっただろうに。

　アレクは本当に罪作りな男だね。

　顔を覆って駆け出したくなるのを懸命に堪えて、彼女は目の前のパンケーキを征服するべく落としたフォークに手を伸ばしたのだった。