芹ケ野りさ(銀行員)【6】

 地鳴りのような音とともに、床がかすかに振動した。地震――全身を強張らせながら、とっさに頭をよぎったのはその一言。2011年を経た今ではそれに、否応なく津波のイメージが重なる。だが大丈夫だ、ここは建物の五階で、海からの距離もかなりある。それよりもここ鹿児島で心配なのは噴石のほうかもしれない。このところ活発に噴煙をあげている桜島だが、ついに大正級の大噴火がやってきたのだろうか? 溶岩流が冷えて固まることで本土と地続きになり、桜「島」でなくなったあの大災害が――まさか。

 揺れはすぐにおさまり、もう異様な音も聞こえないし、もちろん桜島から飛んできた噴石で窓が割れることもなかった。りさと川内は戸惑ったように目を見合わせた。

「地震かな? 揺れましたね」と笑ってみせるりさに、川内は「揺れましたねえ」と返しながらスマホを取り出し、片手で操作した。地震の情報は出ていない。ブラウザの更新ボタンを何度か押してみるものの、ニュースサイトに速報が載るでもなかった。周囲の人たちも、戸惑ったように顔を見合わせたり、きょろきょろと首を巡らせたりしている。

 そうこうしているうちに、スタッフの動きが慌しくなってきた。数人が集って険しい表情で二言三言かわし、どこかへ走りだすのを、りさは不安な気持ちで眺めた。

 ちょうど羽島くんが目の前を小走りで横切ろうとしていたのを呼び止める。だが、彼も詳しいことはわからないと言う。周囲をうかがうと、彼は声を小さくして続けた。

「プラザの一階で事故があったらしい、ということだけは聞いてるんですが……もしかしたらしばらく待機していただいて、状況が確認できしだい避難ってことになるかもしれないって、スタッフで話してるところです」

「そんな大きな事故なんですか?」

「いや、それもまだ……」

 言い淀む羽島くんは、遠くから呼ばわる上司に気づくと、申し訳なさそうに頭を下げて走り去っていった。あとに残されたりさと川内は顔を見合わせる。川内の眉間には深い皺が刻まれていた。

「待機か……」

「こわいですね……」

「いや、ちょっと困るんですよね」

「え?」

 きょとんとするりさに構わず、川内はタオルとドリンクを取りあげると、「すいません、お先に失礼します」と頭を下げた。そのままさっさと歩きだす。不意を衝かれたりさは慌てて追いかけた。

「か、帰られるんですか? 危ないかもしれませんよ、さっき羽島くんが何かあったって……」

「それはそうなんですけど、今日は外せない用事があって」

「あ、そ、それなら私も一緒に」

 今度きょとんとした顔をしたのは、川内のほうだった。

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