須賀涼太(警察官)【4】
ビル前の広場はすでに悲惨な状況だった。暴走する救急車に撥ねられた男女が路面に横たわり、あるいは泣き叫ぶ家族や友人に抱えられている。悲鳴やうめき声が幾重にもかさなり、集まってきた野次馬であたりは騒然としていた。先を行く松尾が足を止め、その場にしゃがみ込む。彼が覗きこんでいるのが、さきほど轢かれた野元巡査長だということはすぐにわかった。須賀が追いついたときには、松尾はすでに立ちあがっていた。眼で問う須賀に、松尾は小さく首を振ってみせ、またすぐに事故現場へと駆けだした。
あとを追う間際にちらりと見下ろした野元の身体は、壊れた人形のように手足がありえない方向にねじ曲がり、ことに仰向いた頭は限界を超えて、頭頂部が背中にぴったりくっつくほどだった。裂けた喉から血が溢れ、タイルの継ぎ目に沿って流れている。
二人は車が突っ込んだ店の外にたどりつき、しばしのあいだ言葉もなく立ち尽くした。
横転した救急車は音もなく赤色灯を点滅させ、店内の惨状を禍々しいまでに染めあげていた。窓枠に残ったガラスの破片が赤い光を受けるさまは、血を受けたぎざぎざの刃のようだ。薙ぎ倒されたテーブルや脚の折れた椅子、砕けた食器や床のタイルが見える。そして横たわる人間の身体も。
二人の後ろをすこし離れて取り囲むように、人が集まりはじめていた。取り乱したように誰にともなく大声でがなりたてる老人や、小さな子供の顔を胸に沈めるように抱きながら心配げに首を伸ばす母親、半分ひきつったような笑い顔で携帯電話に話しこむ女性、不安そうに身を寄せあう小学生くらいの男の子たち。みなが一定の距離を保ちながら、この衝撃的な事件を――人を助けるべき救急車が大事故を起こして人を殺す――見逃すまいと、控えめだが否定しようのない興奮状態に陥っている。
松尾は振りかえって野次馬の状況を見てとると、まだぼんやりとしていた須賀の肩をつかんだ。
「おまえはここで、現場に誰も近づかんように見張ってろ。俺は店に入る」
「ひとりでですか?」
問い返したが、それは自分がひとりで残らなければならないことについてなのか、松尾がひとりで事故現場に入ることについてなのか、自分でもよくわからなかった。松尾は前者と受け取ったようだった。
「おまえひとりでも大丈夫だ。すぐに応援も来るから」
言って、元気づけるように須賀の背中をばしんと叩く。それに重なるように、破壊された店内から大きな悲鳴が聞こえてきた。甲高い、まだ若い男の――だが空気を刺し貫くようなそれは、悲鳴というよりほとんど叫び声、切迫した絶叫にさえ聞こえた。松尾と須賀は目を見交わした。心拍数が跳ねあがり、しかし体温はすっと下がるような感覚を須賀は覚えた。この事態――事件なのか事故なのか、それすらわからない――は、なにがどのように起こったのであれ、まだ終わっていない可能性がある。
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