塩屋雅弘(警備員)【7】
「なんでこんな……、これ買い取れるお金はあるの?」
「……すみません」
「すみませんじゃないよ~、おじいちゃんいい歳して……。やっちゃいけないことくらいわかるでしょ~」
老人の伏せた顔は塩屋からはうかがえない。かぼそい声が、もう一度「すみません」とつぶやくのが聞こえた。
枕崎は苛立たしげに雑誌を机に放ると、手近にあった椅子を乱暴に引き寄せて座った。
「それで、ある?」
「…………」
「お金! あるの?」
「……いえ」とますます小さくなる老人のまえで、枕崎は顔を背けて舌打ちをした。
「おじいちゃん名前は? 名前。あと身分のわかるもの出して」
老人はのろのろとバッグのなかから財布を取り出すと、ぎっしり詰め込まれたカードのなかから――薄っぺらい紙のカード、たぶんスーパーのポイントカードや病院の診察券だろう――、免許証を差し出した。名前は和泊誠三。鹿児島市内の明和に住んでおり、生年からするとちょうど七十歳だった。枕崎はいやなものを見る目つきで免許証を眺めていたが、やがてため息をついて、それを自分の手許に置いた。
「和泊さん、あのね、いまから警察の人に来てもらいますから」
老人が顔をあげる。すがるような、けれど同時に諦めたような、力のない目だった。それでも膝の上で握り締められた手には力がこもり、震える喉から声が搾り出された。
「け、警察だけは……警察だけは、なんとかなりませんか……」
「いや、なんとかって、あんた」
「うちに帰れば、二千円くらいは置いてあるんで……取りに帰らせてもらえたら、すぐに持ってきますんで……」
「あのね……」
「わたしが捕まったら……む、息子が……」
「そりゃいろいろ事情はあるんでしょうけどねえ」とため息を重ねる枕崎の隣りから、御倉が塩屋のほうに近づいてきた。二人をうかがいながら、塩屋に顔を寄せてささやく。
「塩屋くん、事務所の外に出て、警察呼んできてもらえる? 電話はどこかのお店で借りて」
「わかりました」
この事務所にも電話はあるが、場所を変えるのは、老人を刺激しないためだろう。崎山はうなずいて事務所を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます