宇都紗耶香(高校生)【2】
「あっヤバ」
愛璃がつぶやいて急に自転車を止めた。重心がまえに移り、紗耶香の頬が愛璃の後頭部にぶつかる。
「いた、なになに」
「警察いる警察。紗耶香おりて」
頭を傾けてまえを見ると、駅ビル近くの郵便局のあたりに、黒山のひとだかりができていた。がやがやと不穏なざわめきと、野次馬を制する警笛の音が聞こえる。それに複数の男の人の怒鳴り声が重なっていた。
なんだろう、酔っぱらいの喧嘩とかだろうか。駅のまわりは飲み屋さんも多いけれど、こんな陽も高いうちから?
ほかのみんなも自転車を降りて、様子をうかがいながら人だかりのそばを通り過ぎる。居並ぶ後頭部の向こうに、斜めに傾いだ電柱と、フロントがひしゃげたワゴン車が見えた。なら事故だろうか? だがその直後、並みならぬ悲鳴が紗耶香の身体をびくりと震わせた。人だかりの一部がわっと散る。男がひとりよろめき出てきた。なにかに取り憑かれたように髪を振り乱して、白いシャツの首から胸もとにかけてが真っ赤に染まっている。
え、なに、なに、と混乱して思う間に、すぐ二、三人の警察官が男に飛びかかり、地面に叩き伏せた。男は両手両足を拘束され、アスファルトに押さえつけられたまま、それでももごもごと身をよじっている。そのあいだも苦しそうな呻き声が続いており、見れば警察官がひとり、首元から噴き出る血を押さえてうずくまっていた。
野次馬のどよめきが一気に高まった。悲鳴をあげてその場を走り去る人、スマホをかざして現場撮影にいそしむ人、どうしたらいいかわからず周囲を見まわすばかりの人。警察官が傷ついた同僚に駆け寄り、首の出血を抑えようと応急手当を試みている。あれやばいってシャレにならん。救急車よべ。いや救急車まだ呼んでないの? 知らん。すぐ来るんじゃ? とりあえず連絡しとけ。おいあんた撮るヒマあるなら電話しろ! あんたに関係ないでしょ。
ざわめきのなか、その場から動くことができない紗耶香の目のまえに、す、と黒い制服の背中が割りこんできた。
「あんま見ないほうがいいよ。だいじょうぶ?」
肩越しにそう言ったのは大里くんだ。気遣わしげに眉を下げている。自分で思っているよりひどい顔色をしていたのかもしれないと、紗耶香は顔を伏せた。
「う、うん、ありがと。ごめん」
「はやく行こう」
大里くんがそう言うと、みんなはそれぞれ人だかりを気にしながらも、自転車を押して歩きだした。
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