アラフォー社畜の美少女生活

原田まりる

第1話「ああ、死んでしまうんだ」



「男の人ってちょっとメタボってるくらいが可愛いですよぉ〜」


 歓楽街にある小さな雑居ビルの4階、下品なピンクのネオンがほの暗く灯った店内。

カウンター越しに立つ、安っぽい真っ赤なチャイナドレスで着飾ったリナは口元だけに笑顔を浮かべてそう言った。

 なに言ってんだ、この女。つくにしてももう少しマシな褒め言葉があるだろう。

本当に世の中の女がそう思っているなら、40歳の誕生日を、こんな場末のガールズバーで過ごしていない。とっくに可愛い奥さんと子供達がいて、手料理で祝ってもらっているはずだ。

だいたいさっきから壁にかかった小さな時計をちらちらと見て、終わる時間を気にしている素振りも気に入らない。

俺は手元の薄いハイボールを一気に飲み干し、わざと不機嫌そうにグラスをテーブルに叩きつけた。


「浅川さん、大丈夫ですかぁ〜? お水いります〜?」

「いやいや、どんだけ飲もうが俺の勝手でしょ」

「ああ、ごめんね。リナちゃん。浅川、今日ちょっと酔いすぎだぞ」


 隣に座った端野がすかさずフォローいれた。


 端野は、俺の高校からの同級生で、昔からやたらと女に甘い。中肉中背で顔立ちも弱い恐竜みたいでパッとせず、全くもってモテるタイプではない。しかし、アイドルオタクということもあってか、女が目の前にいる時だけで、いい格好をしようとするのだ。


 この店に来たのも、端野が「最近お気に入りのガールズバーがあるから」としつこく誘ってきたことがきっかけだった。

 俺自身はガールズバーやキャバクラが特別好きな方ではなかった。金目当てのあからさまなお世辞に胸を踊らせるほどバカではないという自覚があったからだ。

 無駄に褒められることも嫌いだし、無駄に褒めてくる女はもっと嫌いだった。

 そんな軽薄な会話に大金を支払う意味がどうしてもわからない。それなら貯金するなり、趣味に金を使うなりもっと有効な使い道があると思う。


「いや、端野。このリナって女がテキトーなこというから……」

「浅川。さすがに今日はちょっと悪酔いしぎだよ。てかお前、

顔真っ白だぞ!?まじで大丈夫か」

「え? ああ、そういえば、今日で25連勤目だからな……最近頭痛も酷いし」

「ええ! ちゃんと寝てるのか?」

「ああ、毎日3、4時間くらいかな……。ほら、うちブラックだから……」

「えー! 3、4時間はやばくないですかぁ?」


 耳障りな甲高い声で、リナが話に割り込んできた。

その瞬間、俺の中で何かがぷつりと切れてしまった。


「あのさぁ……お前さっきからなんなの? 女はいいよな。ちょっと顔がよければ、テキトーに笑って話し合わせてれば金になってさ。俺らがどんだけ無理して働いてるかわかる? テキトーに相槌うって股開いとけば金になるようなイージーモードで生きたかったよ、こっちだって!!」


 仕事疲れや睡眠不足で必要以上にイライラが溜まっていたのかもしれないが、俺は頭だけが妙に冴えていた。

そして、冴えた頭で浮かんできた言葉をそのままリナにぶつけたつもりだったが、ぶつけた言葉を前に、リナが顔を歪め、目に涙をためるまではほんの一瞬だった。


「あ、ごめん……ちょっと言い過……」

「いいの、ごめんね浅川さん」


 リナは俺の謝罪を遮るようにそう言うと、目も合わさずに周りの客に申し訳なさそうに小さく頭を下げる。


「リナちゃんごめん、お会計。ほら浅川いくぞ」


 端野に腕を引っ張られ、立ち上がった瞬間ーーー視界が真っ白になり、俺は床に倒れこんだ。

床から見えたのは驚いた客の顔。すぐさま駆け寄る端野。そして後頭部を襲う激しい頭痛。


「どうした!? 大丈夫か!?」

「誰か救急車呼んで!」


 店内にぼんやり響き渡る声が、どこか他人事のように思える。

ああ、俺は倒れているのか。そして胸が圧迫されているかのように息さえ出来ない。全身に大量の汗が溢れては、寒気が襲う。絶え絶えとなった歪んだ視界の中で、俺は「ああ、死んでしまうんだ」と本能的に感じた。


 人生の意味とか、やり残しとか、後悔が浮かぶ隙もなく、ただ呆気なく幕を閉じる自分の命の、おそらく残り数分を呼吸荒く激痛に耐えている、みじめな生き物と化した。

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