第80話 深夜子に迫る危機

 ――深夜子と不知火の戦いは一進一退、二人の実力は均衡していた。


 右手を前に突き出し、全身脱力気味にゆらゆらとしながらも深夜子の構えに隙は無い。対する不知火はカラフルで装飾過多かたな鉄棍を中段にビシリと構え、尖端で小さな円をリズミカルに描いて攻撃のチャンスをうかがう。


 互いに手足の運び、肩の動き、目線、呼吸。巧みに牽制けんせいを掛けあい間合いをはかっている。数秒――不知火の鉄棍がギリギリ届くか届かないかの距離になった瞬間。


 「キャハッ!」


 予備動作なし。不知火の迅速な踏み込みが数十センチの間合いを削り取る。このわずかな距離が、二人にとって必殺の空間である。


 仕掛けるは鉄棍中段三連突き。最もかわしにくい胴体が狙いだ。


 「キャハハハッ!!」


 目にも止まらぬ疾風の三連撃! 深夜子の腹部へ三つの風穴を開けたかに見えた。

 ところがすでに・・・深夜子はその場にいない。寝待流体術『影法師かげぼうし』。実体は鉄棍の右横30センチ、しっかりと回避している。

 ――に終わらない。

 不知火が鉄棍を引き戻すのに合わせ、今度は深夜子が同等のスピードで間合いを詰めた。


 「んー。そいやっ」


 独特な気の抜ける掛け声。不知火へと放つは側頭部を狙った左回し蹴り! 掛け声とは正反対の鋭さで、足刀はこめかみまで後十数センチと迫る。――が、素早く間にねじ込まれた鉄棍がそれを阻む。

 「キャハッ! ざぁ~んねんでし……たああっ!?」

 ニヤリと深夜子へ視線を向けた不知火が面食らう。

 なんと止められた左足を起点に、深夜子はそのまま空中へと飛び上がり半回転。

 「ほいっ、と!」

 がら空きになっている不知火の背中に向けて、曲芸さながらの飛び蹴りをお見舞いする。


 「がはッ!? ――くぅっ!」


 その強烈な威力に不知火は宙を舞う。だが、すぐさま中空ちゅうくうで身体をひねり、鉄棍を床に突き立てその勢いを殺す。

 曲芸には曲芸。

 鉄棒選手も顔負けの動きで、登り棒のように突き立てた鉄棍を利用して着地する。簡単にやってのけているが、凄まじい腕力とバランス感覚の成せる技である。

 

 「いっ、たぁ~い! もぉ~、その”かげぼ~し”ってチョ~うざぁ~い。不知火ちゃんのテンション鬼萎えるんですけどぉ~?」


 背中を押さえて愚痴りながらも、すでに迎撃の体勢を整えている。そのため、追撃に移れなかった深夜子は仕方なく間合いを取り直す。

 傍目はためにはわずかながら深夜子が有利に戦いを進め始めている、ように見えた。


 ――しかし、幾度目かのにらみ合い。


 「んじゃあ~、そろそろぉ、こんなのはどうかなぁ~? キャハッ!」


 唐突に意味ありげな一言。にも関わらず、不知火はなんのへんてつも無い中段突きを繰り出してくる。しかも間合いの外・・・・・からだ。なんのつもりだろう? 深夜子がそう思った矢先。

 右脇腹に衝撃が走る!

 「――ぐうっ!?」

 馬鹿な? かわした、いや、届かないはず・・・・・・の尖端が、深夜子の脇腹に到達していた。


 突然の事態に混乱するも、脇腹を押さえながら条件反射的にバックステップ。追撃を受けないよう、今までよりも間合いを広める。


 「むう。今……なんで?」

 深夜子が不知火へといぶかしげな視線を向ける。

 「キャハハッ! あっれあれぇ~、どうしたのかなぁ~? もしかしてぇ、それってぇ、びっくりした顔? キャハッ! 目つき悪いから、不知火ちゃんわっかんなぁ~い」


 まるでイタズラを成功させた子供のような態度を見せる不知火。


 マズい。相手には何かがある。でも深夜子には今それが何かわからない。それがマズい・・・・・・。当然、考える間もない。不知火がそんな余裕は与えないとばかりに迫ってくる。


 「ほぅ~ら、どんどんいっちゃいますよぉ~。キャハハッ!」

 「むうっ!?」


 一転して不知火は、払い技・・・を中心とした連携攻撃にパターンを変えてきた。――いや、違う。これが本来の攻撃方法なのだろう。仕掛けのために、深夜子にあえて鉄棍の間合いを測らせるために、わざと・・・突き中心の攻撃を繰り出していたのだ。


 「キャハッ、キャハッ、キャハハハッ!!!」


 深夜子と不知火の間に、鉄棍がつくる虹色の残像が美しい曲線を描きながら肉薄する。

 足元への連続突きから払い上げ、その途中で再度突きへと変化する。それを避けたと思えば、くるりと回転しながら横払い。さらに不知火が持ち手を変えることによって、縦横無尽じゅうおうむじんに鉄棍が深夜子へと迫る。


 「ぐっ、むっ、――かはっ!」


 再び脇腹へのひと突き。やはり間合いの外でも届く・・・・・・・・・突きが入り混じっている。そして、それが恐ろしく効果的に連携攻撃に組み込まれていた。二撃、三撃。辛うじて直撃は避けているが、ダメージは深夜子の身体へ確実に蓄積していく。


 ”見切り”ができなければ『影法師かげぼうし』は使えない。


 完全に上を行かれた。深夜子は心中で歯噛はがみする。ならば! 間合いが関係ない密着戦闘に持ち込むほかない。反転。被弾覚悟で一気に踏み込む。


 「むううっ!」

 「わおっ! トッコ~して来ちゃう感じぃ? キャハハッ!」 


 それを見た不知火が間合いを維持するため、逆に後退しながらの攻撃。対して深夜子は強引に追いかける展開へと変化。急激に広範囲での動きを見せる二人の攻防に飲まれ、宴会場のパーティションや組まれた机、イスなどが吹き飛び、崩れ落ちる。


 「うー、痛いけどっ! ふっ、ふんぐうっ!」

 苦肉の策。深夜子は、甘んじて一部の攻撃を受けることで一気に間合いを詰める。――取った! ついには不知火のふところへと入り込む。

 

 「ふっふぅ~ん。いらっしゃあ~い、ア~ンド、おっ疲れちゃんでしたぁ~!」


 まさかの一言。深夜子の背筋に強烈な悪寒が走る。


 ふところに入られるのを待ってました・・・・・・と言わんばかりに、不知火の顔はにやけていた。即座に回避へ切り替えようとした深夜子の目に、その理由・・・・がスローモーションで飛び込んで来る。


 鉄棍の持ち手部分。不知火の親指が何かを押し込み、さらに手首が回転。鉄棍を捻る・・と同時に、棍を三等分するように接合面が二箇所現れた。


 間近で見て初めて理解できる。カラフルな色、過剰な装飾。それらは簡単に仕掛けを見破られないための擬態・・。その接合部の中には鎖が見える。


 つまり、それは三本の短い鉄棍が二本の鎖につながれた武器。


 「ッ!? ……仕込み……三節棍?」

 「キャハハッ! 大当たりぃ~。やっぱぁ、腕が立って、目のいい・・・・おバカちゃんって、コレに引っ掛かりまくるからウっけるぅ~!」

 

 三節棍によるカウンター攻撃。次の瞬間。深夜子は顎と胴に凄まじい衝撃を受け、視界が途切れた――。



 「うっ!? ぐううううううっ!」

 数秒か、それとも数十秒か。わずかの間、途切れていた意識が戻った深夜子の目に映ったのは床。


 どうやら倒れている。さらに、顔に何か乗っている? ……足? 頭が動かせず横目で確認をする。見えたのは、ニヤニヤと嬉しそうに深夜子を見下ろす不知火の顔。それと自分を踏みつけているスニーカーであった。


 「キャハハハハハハハッ! おっはようちゃんでぇ~す。いやぁマジでさぁ~健闘も健闘、チョ~健闘だったよぉ。普通の奴ならガチであの世に直行便佐川ちゃんなのにぃ~、寝待ちゃんだっけぇ? 不知火ちゃんの『龍のひと咬みドラゲナイッ』のお味はいかがだったぁ~? キャハッ!」

 「あぐうっ!」


 蹴り転がされ、左脇腹の痛みでかすかに記憶が戻る。不意に顎を打ち抜かれ意識が朦朧もうろうとなり、最後に食らった攻撃。不知火が鞭でも扱うように三節棍を振り回したのちの加速を加えた中段突き。


 防刃ジャケットはおろか、強化素材で作られている戦闘対応型スーツまで完全に貫かれている。それらがなければ、確実に腹部を貫かれていたであろう必殺の一撃であった。


 深夜子は自身の状態を把握する。ギリギリ腹部に出血は無いが、衝撃によるダメージが尋常でない。肩や胸部などに打ち込みも食らっており、身体を自由に動かせるまで回復するのには暫く時間が必要だろう。


 つまり今は身体がまともに動かない。よって「キャハッ! んじゃあ~、お楽しみタ~イム。行っちゃう感じぃ?」と言うことを意味する。


 (ごめん……朝日君。あたし約束守れないかも……)

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