第70話 今後ともご贔屓に


 「――クソおっ! このバケモんがああ!!」茶髪が腰のベルトから特殊警棒を取り出して構えをとる。


 そうは言っても万里が自分より各上なのは明らか、尻尾を巻いて逃げたいところだが、彼女らの上司・・はそれを許さないだろう。ヤクザとしての意地もある。

 茶髪は間合いを取りながら、一矢報いるための手を必死に考える。


 「あれぇ? 特殊警棒エモノを出したのにオタクからこないわけぇ?」

 「ちっ、舐めやがって――」

 安い挑発だが、茶髪はあえてそれに乗って攻撃を仕掛けた。舐められている内がチャンス。そう判断したのだ。


 右手に持った特殊警棒を振りかぶりながら、巧みに半身をひねり警棒の出所を隠す。

 さらにそれを使うぞと見せかけ、左肩によるタックルを仕掛ける。武器の存在を活かしたフェイントだ。

 しかし、万里はあっさりと反応する。バックステップして間合いを確保。本来はタックルの死角から振りだされる特殊警棒だが、これでは丸見え。軽く逸らされて奇襲は空振りに終わる。

 

 「ふぅん。オタク思ったよりやるじゃな~い」と感心しながらも表情はニヤケている。

 万里にとっては少しイキのいい獲物に過ぎない。 

 「ちいいっ、ふざけんなぁ!!」

 今度は一転。特殊警棒のリーチを活かして、踏み込みながら万里の頭を徹底的に狙う。

 傍目には怒りに任せて左右から乱暴に警棒を振り回し、万里がそれを楽しむように捌いている。かのように見えた・・・・・・・・

 だが茶髪には狙いがあった。

 ただひたすらに、右横から、左横から、万里の頭を狙う。右、左、右、左、横のみ・・・の攻撃を繰り返す。

 「あれぇ~、もうヤケクソかい? つまんないねぇ」かわしながら万里がぼやいた。


 茶髪は内心でニヤリと笑う。ハマった、油断した、と。人間の目は左右の動きには強いが上下には滅法弱い。視野角、眼球の動き、身体の構造上そうなっているのだ。


 狙っていたタイミングが訪れる。充分に左右の動きに慣れたところで、今日一番高め・・に特殊警棒の攻撃を繰り出す。

 それを万里が軽くしゃがんでかわした。

 ――ここだ!!

 狙いすました茶髪の蹴りあげが万里の顎を真下から襲う。

 ガツンッ!! 鈍い打撃音といっしょに万里の顔が後ろに弾ける。

 蹴り応え充分。意識を刈り取ったであろう改心の一撃だ!


 「っ! ……あっはぁ~ん。今のはいい蹴りだったねぇ。ちょっと感じちゃったよぉ」

 なのに。ありえない。茶髪は混乱する。たった今、渾身の蹴りあげが決まったはずだった。

 だが結果は、万里に抱きしめられている・・・・・・・・・彼女がいた。


 ――蹴りが入ったその瞬間。

 万里は意識を刈り取られるどころか、お構い無しに間合いを詰めて羽交い締めに持って行ったのだ。茶髪はその耐久力タフネス、いや実力差を完全に理解して絶望する。

 「は、離せえ! どうする気だよお?」

 「……そうだねぇ。オタク、アナコンダって蛇を知ってるかい? 大型の奴になると獲物を締め付ける力は500キロを遥かに超えるってねぇ。いやぁ~あたいもさぁ、ちょっと自信あるんだよねぇ……し、め、つ、け」

 「っ!? ひいいいいいいいいっ!」

 本当の絶望はここからであった――。




 「あ、あの……万里さん。あの人たち放置して良かったんですか……?」

 「ん? あぁ、気にしない気にしない。うちの社長ボスお掃除・・・は頼んだからさぁ」

 ただいま万里が朝日に付き添い移動中だ。もちろん、目的地は五月が待っているであろうロビーである。


 例の不届き者二人は、社長ボスである海土路みどろ造船代表取締役『海土路みどろ竜海たつみ』に万里が片付けを依頼した。この物件へ出資絡みでの理由もあるようだ。もちろん竜海と電話でしている会話を朝日が横で聞いても内容はさっぱりであった。


 「それにしても、あの二人も運が良かった・・・・・・ねぇ。あたいじゃなくてオチビちゃんか、もう一人のお嬢ちゃんに見つかってたら殺されてたんじゃな~い?」

 「えっ? あっ、あー……、あはは……」

 もし、あの場に駆けつけたのが梅か深夜子だったならばどうだろう? ……先ほど以上の惨劇が容易に想像できる。ちなみに五月だった場合は社会的に抹殺されたと思われる。


 話途中ですぐに本来の待ち合わせロビーへと到着する。しかし深夜子、五月、梅の姿は見あたらない。


 「んー、やっぱみんな僕を探して――あっ!? そうだ……忘れてた……」


 朝日がポケットからスマホを取り出す。突然のピンチにその存在を忘れていた。画面を確認すると、三人からの着信履歴が表示されている。着信回数は二桁。朝日は苦笑いだ。


 「うう……やっぱり……でも、連絡しないと……五月さん怒ってるかなぁ――――?」そっと万里の手が朝日の頭に乗せられた。

 「なんだぁい? そんなこと気にするなんて本当に変わってるねぇ。うちらの坊ちゃんなら、ここは逆に怒りの電話をするところだよぉ。それにあのマジメなお嬢様のこった。どうせすぐにすっ飛んでくると思うけどねぇ。あっははは」

 「そ、そうですか……うん……じゃあ……」とスマホに手をかける。

 気に病む朝日の頭を優しく撫でる万里であった――。



 「うわああああさひさまああああああっ! ご、ごごごごごごぶじでええええええ!?」

 五月がすぐにすっ飛んで来ました。

 「さっ、五月さん。その、ごめんなさい。ちょっと道に迷って――――うわぷっ」

 その勢いのまま抱きつかれ、朝日の顔は問答無用で五月のやわらかな胸に埋められる。

 「朝日様っ! 大丈夫ですの!? 何がっ! 一体っ! お怪我はっ!? 体調はっ!?」 

 「あはは……」

 抱きしめながら、ぽんぽんハタハタと朝日の体中を触れまわる。撫でまわる。決して診察・・ではありませんよ。


 「わたくし一生の不覚ですわ。このような場所で朝日様を一人にして不安にさせるなど……五月は、五月は――――って、万里さんんんっ!?」

 とにかくせわしない。五月はやっと万里の存在に気づいて顔を見合わせる。

 「こりゃ~ご無沙汰だねぇ、お嬢様。ところで……どんだけ焦ってんやがんのさぁ」

 「これは? ……まさかっ!? 万里さん、貴女がっ」朝日を連れまわした。と言わんばかりの勢いである。

 「ちょっと待って五月さん! ち、違いますよ。万里さんは僕を助けてくれたんです」

 「えっ!? と……言いますと?」


 間を割って、朝日が危機一髪のところを助けられた説明をしようとする。が、さらにそこで万里が割り込みを掛けた。


 「そうそう。そうなんだよぉ、お嬢様。実は変な連中に絡まれてた美人さんをたまたま見かけてさぁ――」

 「「えっ!?」」ぐいっと朝日の肩に手を回して五月の元から抱き寄せる。

 「助けたお礼にって言いくるめてぇ。これからあたいの部屋に連れこんでお楽しみ・・・・の予定だったのにさぁ~。美人さんたら、先にお嬢様へ電話なんかしちまうから参ったじゃな~い」

 いや残念。そんな空気で万里はカラカラと笑いながらベロンと舌を出して五月におどけて見せた。

 「なっなななななっ、ばっ、万里さんっ!? 貴女と……貴女という人はああああああああっ!?」

 「ちょっ!? ふ、二人ともーーっ!?」


 ――怒りの五月とご機嫌な万里の実戦組み手|(らしきもの)が開始されること五分間。


 「はぁっ、はぁっ、くっ……本当に貴女は……何を考えてますのっ!」

 「あっはははは! いやいやいや、相変わらずお嬢様の反応は最高だねぇ~」

 「五月さん。本当に違うから! 万里さんも五月さんをからかわないで――――」


 『うおおおおおおおおおっ!! 朝日君いたあああああああ!!』

 『くぉらあデカ蛇女。なんでてめえがここにいやがるううう!!』

 そこに、それぞれ別の階を捜索していた深夜子と梅が絶叫しながら戻って来た。正面通路のはるか奥から突っ走ってくる。


 「ありゃあ。こりゃそろそろあたいにゃ分が悪いねぇ。小悪人はさっさと退場させて貰おうじゃない」そう言って万里がきびすを返そうとしたところで五月が声を掛けた。


 「はぁ……万里さん。暴力沙汰の事件ばかりで、野蛮で、粗野で、どうしようもない貴女でしたけど……男性に対してだけは誠実でしたものね。忘れてましたわ……」

 腕を組みつつ右手で眼鏡のフレームをカチャリと鳴らし、顔を伏せた五月がもごもごと続ける。

 「その……朝日様の件。ご協力……感謝……しますわ」

 「ぷっ、お嬢様。女のツンデレってのはあんまりいただけないねぇ」

 「はあっ!? いやっ! それを言うなら貴女も似たようなものですわよねっ!? 朝日様を助けたなら助けたで、変な照れ隠しをしないで欲しいものですわっ!」

 「照れっ!? んなぁ!? あ、あたいはたまたま暇つぶしの運動をしたくなっただけさぁね!」

 「「…………」」

 「「……ふんっ!」」


 そこに深夜子と梅も到着して、あれこれと騒ぎたてる。『やんのかオラ? くんのかコラ?』とやたらオラつく梅に、『ふしゃあああああっ! かふうううううっ!』とナワバリを主張する獣と化した深夜子。無駄に興奮する二人を朝日が宥めて何とか場を収めるのであった。


 「――万里さん。助けて貰って本当にありがとうございました」

 「まぁ、それじゃあ男性警護会社タクティクスを今後ともご贔屓に。ねぇ、美人さん」

 そう言ってうやうやしく一礼をする。結果、報酬を要求することもなく。終始飄々ひょうひょうとした態度のまま万里は去って行った。



 ――さて、程なくしてタクティクスメンバーの宿泊部屋に戻って来た月美が部屋へと入る。


 「主様は夕飯まで部屋で休むからって、姉者たちと交代したで――――うえっ!? ば、万里ねえ、鼻にティッシュなんて詰めてどうしたのですよ? 鼻血? 顔も赤いし。こんな時間から温泉で長湯とかしてたのですよ?」

 「うるさいっ、ほっときなぁ!」

 「もう……変な万里ねえですよ……?」


 蛇内万里、二十六歳。結構やせ我慢をしちゃうタイプである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る