第57話 餡子の理由

 廊下の陰から、朝日たちを見つめる三つの視線。その一つがぼそりと呟く。


「ねえ、さんちゃん……マジでやんの?」


 三人のうち、一番上に頭を出している細身で黒髪ロングの女性。

 胸の名札には、BランクMaps門馬もんまと記されている。


「何言ってんの、あたしの仕入れた情報通りっしょ。今なら矢地課長も大和の奴もいないし、ワンコ・・・一人だけのここしかないっしょ?」


 そう意気込むのは、真ん中にいる中肉中背の金髪ショート。

 名札には同じくBランクMaps三条さんじょうと記されている。

 その口ぶりから察するに、彼女がリーダー格のようだ。


 ちなみに、『ワンコ』とは餡子のあだ名である。

 犬顔で名前が餡子あんこなことから、一部の連中に『ワンコ』と呼ばれているのだ。


「で、でも、あんまり乱暴なことするの……い、いけないと思うけど」


 最後に気弱そうな発言をしたのは、一番下にいる背が低くゴツゴツとした女性。

 四角い体格で黒髪おかっぱ頭。弱気なそうな雰囲気とは正反対のゴツい顔立ちをしている。

 これまた名札には、BランクMaps鹿松しかまつと記されていた。


「はあぁ……、もんちゃん。鹿しかっち。二人とも見たっしょ? 食堂での光景。あんなドジかましても優しくされてさ、その上――」


『あ、そうだ。餡子ちゃんにも僕の卵焼きあげるね。はい、あーん』

『はふわあっ!? あ、ああああーんっスか? これが伝説のあれっスか? ふおおおっ! もう自分、今が最後の食事でも悔いなしッス!!」

『あはは。もう、大袈裟だなあ。どうぞ――って、ちょっと餡子ちゃん!? あっ……あーあ、お箸の先まで食べちゃった……』

『むっはあああっ! この卵焼き、具にが入ってるんスね。これ、歯ごたえあっておいしいっス』


「――とか、神崎さんの竹箸までバリボリ幸せそうにかじってやがったっしょ。ふああああっ! なーにが『食物繊維たっぷりっスね』だああっ!? こんなおいしいヘルプ役を、ワンコなんかに取られてどうすんの? そもそも、あたしらが一番先に立候補したっしょ」

「ちょっと三ちゃん静かに、落ち着いて! 気付かれるわよ」

 興奮気味の三条を、門馬がなだめる。

「ともかく、ワンコにゃ不慮の事故で退場して貰って、あたしらが代わりにあの素敵な神崎さんのヘルプにつく! これしかないっしょ」

「でも、実際どうやって交代するのよ?」

「ふふん! ほら、見るっしょ。ちょうど今、ワンコたちが向かってる先は突き当たりになっていて、左にまがれば階段、右にまがれば通路。そこで、あたしらは右の通路側・・・・・に先回りして待ち構える。でもって、鹿っちが出会いがしらにショルダータックルをかませば、ワンコは階段落ちして退場。どう? 完璧っしょ」


 三条は実力行使で餡子を退場させ、交代要員として名乗りでるつもりらしい。

 なんとも体育会系な発想である。


「そ、それはちょっと……ろ、露骨だと思うけど?」

「何言ってんの鹿っち、構やしないっしょ! 通りすがりのショルダータックルくらい、警護課ここじゃ普通普通」

「三ちゃん。それはいいけど、どうやって神崎さんのヘルプにつくのよ」

「もちろん、階段落ちしたワンコの介抱と称して近づいて……後は、まあ、この”トークの三ちゃん”にお任せっしょ!」


 トークの三ちゃんがどうなのかはさておき。

 今現在、警護課で待機中のMapsの中にAランクはいない。

 なので、三条たちBランクは朝日のヘルプ対象として妥当なのは間違っていない。


 ――そんな三条らの企みも露知らず。

 案内と称した寄り道を繰り返す餡子の進行速度はとても遅い。

 あっさりと三条たちに先回りを許し、待ち伏せされてしまう。


 餡子が階段手前まで来た瞬間。

((よし、今だ。鹿っち行けえええっ!!))

 鹿松が通路から飛び出た。まさにその時!


「あっ、朝日さん。ちょっと喉がかわいたっスね。さっきの自販機コーナーに戻っていいっスか?」

「えっ???」

 まるで、鹿松の突撃に呼応するかのように餡子がUターンをした。

((何いいいいいいいっ!?))

「い、いやあああああっ!?」

 あまりにも絶妙なタイミング。鹿松の勢いは止まらない。

 そのまま階段から単独ダイブとなった。


「えええっ!?」


 もちろんびっくりの朝日。

 悲鳴といっしょに階段下へダイブしていった鹿松を、餡子の後ろで見届けてしまう。


「あ、餡子ちゃん……今、なんか……誰かがもの凄い勢いで階段から飛び降りていったんだけど……」

「ん? そうっスか? まあ、警護課ここではよくあることっスよ。普通普通っス」

「へえー、そ、そうなんだ……」


 ――それから、やっと寄り道の終わった餡子。朝日を調査課、広報課へと案内をする。

 そこへ、これまたしつこく背後を狙う三つの影。

 しかも、今度はなんと門馬の両手に小型のライフル銃が握られていた。

 Maps専用の対暴女鎮圧用麻酔銃だ。


「さ、三ちゃん……。ま、麻酔銃を使うのは、さ、さすがにマズいと思うけど……」

 アザだらけで、ゴツい顔立ちがよりゴツくなった鹿松が気弱そうに忠告する。

「うっさい! バレなきゃ犯罪じゃないっしょ。それに門ちゃんの腕なら、間違いなく一発で夢の中へ直行便さ。そこであたしらが颯爽と登場して、ワンコの代わりと称して神崎さんのヘルプにつく。完璧っしょ」

「静かに! 広報室からワンコが出て来たわよ。三ちゃん、鹿っち、後ろから人が来ないか確認よろしく」

「「了解」」


 広報室から数メートル離れた通路の陰から、三人が姿を現す。

 門馬は素早くライフルを構え、スコープをのぞき込んで餡子に照準を合わせる。

 そして――。


(今だ!!)

 餡子の肩に照準が合ったところで、引き金を引く。

 ――が!

「へっ、くち!」

 これまた同時に、偶然・・餡子がくしゃみをする。

 オーバーアクション気味に身体を屈ませる餡子。麻酔弾はかするように上を通り抜た。


 キンッ!


 外れた弾丸は、たまたま・・・・通路に設置されていた消火器に命中。

 軽い金属音と共に弾き返された麻酔弾は……。


 プスッ。

「あいたっ!?」

「「………………あいた???」」


 門馬と鹿松が振り返る。

 そこには、左肩へしっかりと麻酔弾が突き刺さっている三条がいた。


「ちょっ? えっ? あ……、なんか……、眠いっしょ―――ふうっ」

「「さ、三ちゃーーん!?」」


◇◆◇


 ――それからも、懲りずにあの手この手で餡子を退場させようとする三条たち。

 だが、何をやってもことごとく回避されるか、ひどい時にはカウンターを食らう始末。

 ぐったりの様子な三人。三条は頭をかきむしってぼやいている。


「あーもう! 一体どうなってんのよワンコの奴? いくらなんでもおかしいっしょ」

「ねえ、三ちゃん。あの噂・・・、やっぱり本当なんじゃない? 絶対異常だよ……」


 あの噂とは――。

 実のところ、餡子はMapsとしての能力判定はDランク下位。

 さらにそそっかしくてドジっ子属性のサービス付きである。

それでも・・・・、彼女がCランクなのには理由があった。


 餡子は男性警護――つまりは男性の近くにいる時に限って、恐ろしい強運を発揮することが多いのだ。

 さらに、その強運は警護対象だんせいにも影響を及ぼす。

 例えば過去、警護任務中に餡子が突然お腹を壊したとトイレに駆け込み。警護対象の男性と電車に乗り遅れたことがあった。

 すると、乗る予定だった電車は、なんとその後に脱線事故を起こして乗客に怪我人が発生。

 結果的に、餡子たちは事故を回避する形となっている。


 餡子のこう言った類似案件は、枚挙にいとまがないのだ。

 その為、結果的にどうしても評価が上がってしまう謎のCランクとして、上層部から一目置かれている。

 『餅月もちづき餡子あんこ』――通称”激運ラッキー餡子ワンコ

 梅も餡子がただ可愛い後輩だから、と朝日のヘルプに指名した訳ではない。


「ラッキーワンコか……」

「どうすんの三ちゃん。まだ何か手があるの?」

「も、もう、あきらめた方がいいと思うんだけど……」

「いや、大丈夫っしょ! こう言った場合のセオリーは強運を発動させないこと。例えば攻撃・・を仕掛けずに、複数人で包囲をしてゆっくり拘束すれば問題ないっしょ、つまりは――」


 餡子の強運封じとして、三条は直接的な危害を加えずに、とり囲んでから交代を説得・・することを提案する。

 しかし、それを実行すればいっしょにいる朝日を怯えさせてしまうのでは? との意見もでる。

 ところが焦りからか、だんだんと自分たちに都合の良い方向へ話は変わっていった。

 朝日は従順そうだから、強引にお願いしてみるのもありじゃないか? などだ。

 その時――――!!


「ふぎゃああああっ!?」

「「っ!?」」


 突然、鹿松の悲鳴が響き渡った。

 驚いた三条と門馬が後ろを振り向く。すると、ガッチリ頭を掴まれて、宙に浮きながらうめいている鹿松の姿が。

 ――その手の持ち主はと言うと。


「ほう、三馬鹿ども……面白い話をしているじゃあないか? 神崎君はおとなしそうだから、なんだって……?」

「「や、やややややや矢地課長」」

 二人の顔が一気に青ざめる。

「三条……貴様。ヘルプ希望に来た時に、余計なことはするなと言っておいたハズだが……いや、何よりも食堂で私がした注意を聞いてないとは言わせんぞ」

「い、いやいや……あ、あたしらが……か、神崎さんに何かするわけないっしょ。そうで無くて、ああああああ」

 どうしたトークの三ちゃん。

「やたら餅月から不在着信が入っていたので早めに切り上げて来てみれば……貴様ら……余罪ありだな!!」


 ぎらりと鋭い眼光が輝く。矢地は、右手でビクンビクンと痙攣しながら泡を吹いている鹿松を投げ捨てる。

 そして、ポケットから黒色の革手袋を取り出し、装着した。


「「ちょっ、ちょちょちょちょ!?」」

「問答無用だ! 喜べ!! たっぷりと指導・・してやろう」

「「ヒイイイイイイイイイイッ!!」」


 現役時代に使っていた黒革手袋。指導と言う名の本気のアイアンクロー時に装着される為、Mapsたちの間では恐怖の対象である。

 元SランクMapsにして、警護課長兼戦闘訓練担当教官『矢地やち亮子りょうこ』。

 黒皮手袋をはめたその姿は、畏怖を込めて”黒の万力ブラック・バイス”と呼ばれている。



 ――その頃の朝日たち。

「餡子ちゃん、どしたの? 困った顔して……」

「やっちまったっス」

「え? 何を?」

「スマホのロックをし忘れて……矢地課長にポケット発信二十連かましてたっス……後で絶対怒られるっス……」

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