第11話 はじめてのけいごにんむ

 この世界は様々な部分が日本とよく似ている。

 一年の流れ、季節感などもそうだ。日本ほど冬夏での寒暖差は無いが、それでもはっきりと四季は存在しているし、年間を通じて似かよった行事なども多い。

 朝日はアニメやラノベでかじった程度の知識でしかないが、この世界はきっと平行世界――パラレルワールドに近い存在なのだろうと自分なりに理解をしていた。


 暦は五月中旬。本日は朝日の身辺警護テストを兼ねた初外出の日である。

 ただいまMaps側リビングルームでは、五月と梅が何やら準備の真っ最中だ。


「しっかしコレ・・の許可が男性特区でよく出たもんだな?」

わたくしを誰だと思っていらっしゃいますの? それに朝日様の為ですもの。当然ですわ」


 そう言って胸をはる五月を横目に、梅が腰のベルトに装着しているのは銃のホルスターだ。

 男性特区では銃の携帯は厳しく制限されており、Mapsですら許可されていない。

 そして、今回は実弾ではなく、殺傷を目的としないゴム弾頭限定の条件付きとなっている。朝日の行動に予測不能な可能性があることを考慮し、五月が携帯の許可申請をしたのである。


「大和さん。貴女はともかく、わたくしは射撃が得意分野。それに深夜子さんも射撃技術は相当のものと聞いてますわ」

「ああ、そういやそうだった。けどよ、深夜子は別に銃なんか持たせなくても強えぞ。ぶっちゃけ出番はねえと思うけどな」

 梅は深夜子の腕に覚えあり。と言った感じだ。

「もちろん、貴女方がお強いのは存じておりますわ。けれど、万一に備えて損はありませんことよ」

 身だしなみと装備を整えつつ五月はさらりと言い切る。


 そんな五月の本日の服装は、控えめなピンク色のカッターシャツにダークグレーで薄手のスーツをチョイス。袖にMapsの腕章を通して準備完了。

 いつもより化粧に少しだけ気合いを入れ、上品なアクセサリーも数点。警護任務の邪魔にならない程度の着飾りなので、そこはご愛敬。


「ところで大和さん……貴女の服装ですけれど。私服警護担当の時はいつもそんな格好をされてますの?」

「あん? そりゃそうだろ。動きやすいし、何よりカッコいいかんな!」


 梅は満足気に慎ましやかな胸をはり、可愛い八重歯をのぞかせる。


「格好……いい……ですの?」


 眉間にシワを寄せた五月が、その姿を上から下までながめる。

 迷彩柄のズボンにミリタリーブーツ。上半身は薄紫の長袖パーカートレーナー、おまけに指無しグローブも装着済みだ。

 深夜子あたりに言わせれば、格闘ゲームのキャラっぽい格好と評価するであろう。

 しかし五月にしてみれば、なかなか理解に苦しむファッションである。

 Mapsの腕章を左足・・に括りつけているあたりも実に疑問に思う。かと言って、見た目がロリ猫娘の梅に似合う服装とは? 


「ま、まあ……人それぞれですし。よろしいのでは無くて?」


 ――――途中で考えるのを止めた。


「ごめん。おまたせ」


 そこに自室で着替えを終えた深夜子が入ってくる。

 梅と同様、私服警護担当らしく動きやすさを重視したスタイルで、ブランド物のレディーススニーカーに、腰が少し露出するスリムなダメージジーンズ。

 上半身は重ね着風のカットソーTシャツの上にカーキのジャケットを羽織っている。腰にかけた銃のホルスターとベルトは少し緩めに巻き、タイトな服装に合わせていた。

 五月に負けず劣らず化粧にも気合が入っている。目つきの悪さはともかく、なかなかの見栄えだ。


「あ……ら……意外でしたわね? いえ、失礼。深夜子さん、とても素敵ですわ。日頃の部屋着が適当でしたので驚きましたわ」

「ふっ、このくらい当然」

 さも当たり前、と言わんばかりの深夜子だが……。

「おいおい深夜子ー。おまえってば服のセンスそんなだったっけか?」

 そこに梅が食いついてきた。

「うぐっ」


 何やら痛いところをつかれたらしく深夜子は渋い表情をみせる。

 それとは正反対に梅はニヤニヤしながら、その周りをくるくると回って服装をながめている。


「どれもこれも新品っぽいじゃねえか? ……ははーん! もしかして? あれっ、あれあれあれー?」

「うぐぐっ」


 梅の追撃に深夜子は顔を赤くしてうつむく。

 そう、深夜子はファッションには全く頓着の無いタイプであった。普段は部屋着がジャージだったりと中々にひどい。

 しかし、朝日の気を引きたい一心からオシャレの研究をしていたのだ。

 それを冷やかしている本人のセンスは絶望的なのだが、自覚が無いだけに性質たちが悪い。ウザい煽りをしつこく続ける。


「あっれー、みやこちゃんはー、もしかしてー、あさひきゅんの――――へっ!?」


 瞬間、梅の眼前に銃口が向けられた。

 その速度はまさに電光石火。深夜子が銃を抜いたと同時に・・・・・・・・・発砲音も部屋に響いた!


「へっ? ……い、今……銃を抜く瞬間が見えなかった? ……ですわ……」


 あまりに一瞬の出来事に五月は呆然とする。深夜子の動きがまったく認識できなかった――って、いや、それどころではない。

 梅が頭を撃たれた!?

 ところが、さらに信じられない光景が五月の眼前で繰り広げられていた。


「み、深夜子てめえっ!? なんてことしやがんだよ!!」


 ――ポロリ。

 開かれた梅の左手からゴム弾が床に落ちる。

 そんな馬鹿な。五月は理解に苦しむ……銃弾を手で受け止めていた?


「おいこら深夜子っ、俺を殺す気かっ!?」

「ゴム弾だから無問題」

 知らんがな、と言いたげに深夜子は半目でジトッと梅に視線を向ける。

「至近距離だろうが、当たり所悪けりゃ死ぬぞっ!」

「ふっ、急所ははずした」

 表情そのまま、深夜子はスッっと右手を上げてサムズアップ。

「嘘つけ! 思っいきり急所狙いだったよな?」

 そうだね。人中じんちゅう狙いだったね。

「梅ちゃんなら大丈夫。信じてた…………ちっ」

「残念そうに言うんじゃねぇっ!」

「いっ、いやいやいやいやいや! お二人ともおかしいですわよね? 特に大和さん。銃弾を手で受け止めるとか、どういうことですの?」


 まるで軽いお遊び。そんな空気で軽口をかわす二人に、我に帰った五月が全力でツッコミを入れる。

 深夜子の抜き射ちも凄まじいものだったが、梅のこれはもはや技術わざと呼べるシロモノではない。


「あん? 別にそうでもねえだろ。コツがあんだよ」

「そうでもありますし、コツで済んではいけませんわよねっ!?」


 良い子は絶対にマネをしてはいけない。


「ま、さすがにこのグローブが無けりゃちっとキツいけどよ。32口径くらいまでなら実弾でもいけるぜ」

「ちょっと何を言ってるかわかりませんわ!」


 そう豪語する梅が使っているのは、強化繊維ゲルを素材の中心とした特注の防刃グローブだ。

 最近開発された新製品で、耐久度、防御力、素手による格闘なんでもこいの万能さに加え、若干ながら防弾能力も有している。

 わざわざ指無しの特注をしているのだが、決して中二病装備などではない。ないったらない。


「おおぅ、梅ちゃんそれどこのヤツ?」

「おうこれな。ブレードウォーカーっつうメーカーのでよ。特注で高ぇんだけど――」

「つ、ついていけませんわ……この方たち……」


 言動のみでなく、物理的にもおかしい二人に頭を抱える五月。武闘派SランクMapsの肩書は伊達ではないようだ。


◇◆◇


「朝日君。お待たせ」


 全員準備完了。リビングルームへ集合となる。


「うわぁ、深夜子さん凄く格好いい……スーツや部屋着の時と全然違ってびっくりしました。素敵ですね!」


 さっそく朝日が目ざとく深夜子の服装に反応を示す。 

 深夜子。努力の甲斐あって見事にフィッシュオンである。


「えっ、ふぇ? そ、そそそそそうかな?」


 ところが、ここで深夜子は自分の誤算に気づく。

 着飾るのことに全力投球であったがため、こう言ったことファッションで過去男性から褒められた経験皆無であることが頭から抜けていたのだ。

 もちろん妄想の中では――。


『ありがと朝日君。嬉しいよ、フッ(キラーン!)』

『(ぽっ)はわわ、み、深夜子さん。す、素敵ですぅ』

『もう、照れちゃって! 朝日君は可愛いなあ』

『結婚しよ』

『いいですとも!』


 ――になるはずだった。

 どっこい現実はキラキラと目を輝かせている朝日を前に絶賛挙動不審中。

 急激に顔が熱くなる! 心臓がバクバクと波打ちうまく言葉が出てこない。


「あっ、深夜子さん。そのピアスもかわいいですね。三日月の形だから名前にもぴったりで……うん! 凄く似合ってますよ」

「ひゃぁ、こ、これ、そ、そうかな? ウェヒヒヒ」


 隙を生じぬ二段構え。深夜子の平常心はあっという間に危険水域へ追いやられた。


 女性のオシャレを察知して褒める。

 二人の姉に鍛えられた”敏感男子”神崎朝日とっては、息をするかの如き当然の行為。


 だがそれは、この世界の女性にとっては未知のモンスターの特殊攻撃。

 その言葉は、嬉し恥ずかしの精神的絨毯爆撃となって深夜子に襲いかかる!

 そんな馬鹿な? 先日格闘ゲームで超高難度の連続技を決め、朝日に褒められた時には余裕で対応できていたじゃないか。

 今だって服装やアクセサリーをちょっと褒められただけじゃないか。なのに何故?

 気がつけば深夜子はまともに朝日の顔を見ることすらできなくなっていた。


 いけない! これではまたしても拗らせ処女になってしまう。

 簡単なのだ。軽く『ありがとう』と言うだけで良いのだ。深夜子さんにおまかせなのだ。

 いくぞ! 心に活を入れて朝日へと目を向け口をひら――。


「えと、僕。今日の深夜子さんの格好……その、結構好きかも……」


 そこには少し頬を紅潮させ、照れながらそう呟いている美少年のけがれ無きまなこがあった。おっふ。


「いやあああああっ! 見ないで! あたしのこと見ないでええええええ!」

 悲しいけどこれ処女なのよね。

「えっ……えええええっ!? み、深夜子さん!?」


 両手で顔をおおい、耳まで真っ赤にして、深夜子しょじょは脱兎のごとく部屋から出ていくしかなかった。


「うぉーーい! チームリーダーがいきなり離脱してんじゃねえぞっ!?」

「…………少々お気の毒な気持ちになりましたわ」


 出発前からこれでは先が思いやられる。仕方なく五月が、深夜子復活まで代わりにと事前説明を始めるのであった。

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