六十一「左足喪失も気のままに」
「もっと撫でなさい」
「……はい」
俺は何故、倒すべき相手の頭を撫でているのか。つーか、なんで抱きつかれてんだろうな……
遡ること数分。
俺は今は肉塊となってしまった兵士に連れられ魔王妃と邂逅した。
しかし、魔王妃は冷徹な妖艶で俺を陥落させようとしている。
そして、ふと殺されないように相手の言うことを卒なくこなしている。
……うん? なーんでこうなったかな……今思えば人に好かれすぎて異世界最高なんだが。
パーティー三人を抜いても妖艶のマリーや懐かしの猫耳ツンデレヒイラギとか色々と好まれやすい体質なのか? それとも前の俺が好感度上げを頑張っただけなのか。
「ふふふ……もういいわ。さて…………ヤリ合いたい?」
言わずもがな下ネタではない。
こんなところに侵入するのだからタマ取り合戦はお互いの命を賭けた争奪戦。
魔王妃も分かっていて悦に浸っていたのだ。
……うぅ、溢れ出る冷たい魔力が足を冷やしてくれる。それどころか身体中冷えてきた。
けど、そんな事で引いてちゃダメだ。
「……勇者アサヒ、魔王妃様のお命頂戴に上がりました」
「あっはは! いいわぁ。素敵。来なさい。どこからでもね」
魔王妃は悠々たるまでに体制を変えない。
おちょくられている気がするが……好都合。
俺の剣はよく切れるぜ? ……前の俺が頑張った経験値と今の俺の鍛冶屋様ナビィさんお手製の業物だからな。
……今の俺なんもしてねぇな。
「シッ! っらぁ!」
俺は足を切断するようなフェイントを入れて首元へ光一閃。
しかし、青の魔王妃は欠伸を片手で隠しながらもう片方の手で刃を掴む。
……メーデーメーデー。至急応援頼む。
「んもう。からっきしじゃない。剣はね、こうよ」
指先だけで剣を奪われ、次の瞬間には俺の左足は飛んでいた。
……はっ?!
「あああああぁぁ! ぅぅゔぐっぁぁ!」
「アハハ! いい声で鳴くわね。いいわぁ、もっと鳴き喚きなさい……けど、赤色は解せないわね。ふぅっー」
俺が片足を失って悶え苦しんでいると、氷の息吹が左足の切断面を凍らす。
青い絨毯を赤く染めようとするものを氷で遮断していた。
俺は失血死の恐れを回避できてラッキーだとは思ったが、片足はないまま。
……義足生活か。堪えるなぁ……けど、冷やされて痛覚もねぇ。ありがとよ。色んな意味で。
「……あっ、くっ! ……うぅ」
俺は勇敢にも立ち上がろうとする。
けれど、失ったもののバランスは取れない。
何度も立ち上がる事に失敗して、地面を殴って、惨めな自分が情けなくなる。
魔王妃から冷たい嗤いが飛んできて、涙を零す。
こんな俺にもプライドだけはあったようで。空回りした勇気が冷たく青白くなってしまっていた。
「……筋肉はあるけれど、使いきれてないわね。ふふ、糸人形の操り糸が一つだけ切られたみたい。素敵」
青白い恍惚とした表情を見返してやりたいと思った。
けど、このままじゃなす術なく殺される。
だから、俺は。
「はぁっーーっ! はぁっ! ふぅーーー……オラァァァ! あああぁぁぁああ!」
痛みで意識がチカチカとする。
けれど、魔王妃の顔を歪めさせてやった。
ひひ、痛え。けど……まだ戦える。
「貴方、傷口に剣を刺すなんてどうかしてるわよ……」
まさしく顔面蒼白ってか?
俺は剣の持ち手部分を足の切断面に突っ込んでやった。
立ち上がると奥深くまで刺さる持ち手に苛つきを覚えながらも、立ち上がれた。
……これは俺の左足だ。サッカーは得意だっただろ。壁とよくパス回ししてたからな。
「はぁ! はあっ! これで、戦える!」
俺は右足で思い切り踏み込み、驚いている魔王妃の顔面目掛けて左足を振る。
すると、防がれてしまったが、魔王妃の左手から紫色の血を出させる事には成功した。
……一発は返したぞ、クソ野郎。
「ふんふんふ〜ん。やるじゃない。久々に見たわ、私の血。……忌々しい妹にも流れる、同じ血ィ!」
ペロリと自身の血を舐めた魔王妃は突然激昂した。
その怒りとともに魔力も爆発的に伸びる。
……ブチギレモード突入ってか。ヤバイなこれ。
「ルッカス」
指先から放たれた魔法は俺の手を拘束し、右足も地面と拘束され、身動きの取れないまま、地面から伸びた氷の板に張り付けにされた。
「……あぁ、イライラする。いい? 貴方のコレは、こんな事も出来ちゃうのよ?」
グリグリと俺の左足となった剣を捻る。
痛みで悶絶しているのを見て、ボソリ何か呟いた。
「ライルバ」
「うぐぁああぁ!!」
瞬間、俺の全身に雷が走る。
比喩ではなく、本当に電撃が回る。
「剣は金属、電気を通すのは必然。どうかしら、身体の中から浴びる電気は。さぞ、気持ちがいいでしょう?」
「んなわけがねぇ……だろぉぉお!」
依然、電気は止まない。
そろそろ痺れも痛覚もナリを潜ませるとその電気は消え、俺の口から黒い焦げた煙が舞い上がる。
我ながらよく死ななかったと思う。
けれど、ダメージは相当で、身動き一つも取れやしない気がした。
「あぁん。ダメダメ。そんな簡単に堕ちないでよ。よいしょ、よいしょ。ホラ、ヒリラル!」
魔王妃は俺から剣を引き抜き、手を伸ばして取った俺の切断された左足を断面に付けて、魔法を唱えた。
すると、全身が優しい何かに包まれ、戦闘意欲が湧いた。
「ごふっ!」
そして、魔王妃は吐血していた。
俺の左足は完璧に繋がっていて、神経すらも通っている。
若干、右と左の足の体温差が気になるが、魔王妃は俺の足及び全身の傷を治してくれた。
「……なんでこんな事……つか、血……」
「ふふ、私がしたいから。私がしたいから。それだけでいいでしょう。この血はそれの為の代償。知らないの? 自分が苦手とする属性の魔法は体を蝕むって。私は悪魔だから、天使が使う回復魔法系はダメなのよ」
そこまでする執念に敬意すら覚えた。
やりたいことをやる。その考え方はどこかのマリーに似ていて、二人はきっといい酒が交わせるんだろうななんて思ってみた。
けれど、今回は俺を助けただけ。もしかしたら自分が殺されるかもしれないのに、!
「いいのか、俺はお前を殺すんだぞ?」
「いいのよ。私が貴方を殺すんだから」
魔王妃はまた余裕そうに笑っていた。
しかし、その後にけどと付けた。
「けど……死なれたらドレインが出来ないじゃない。啜ってあげる。何もかも。空っぽになっちゃうまで」
俺は全身の震えを隠して、血だらけの剣を握り直した。
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