第20話 最終防衛ライン攻防戦(後編)

「間に合えーーー!!」


ジャベルの強い叫びも空しく。ヴァルゲェルミャンダの一撃を受け、飛ばされるティアナ。


「―――!!」

「いやぁぁぁ!!お義姉ねえちゃあぁぁぁん」


 飛ばされたティアナは、その先に立っていた木に叩きつけられる。召還者の意志が途切れた事で、主天使の動きが止まる。


「ティアナ!!」


 ジャベルは慌てて駆け寄る。意識は無いが、息はあるようだった。ダメージはジャベルの防具が損傷している程度だが、その後に木に叩きつけられたことによって、頭から血が出ている。


「ティアナさん、飲めますか?」


 ジャベルはティアナに回復ポーションを飲ませようとするが、気を失っているためか、口が開かない。すると、ジャベルはポーションの中身を口に含み、そのままティアナへ口移しで飲ませる。


「じゃ…ジャベちゃん!?」


 リアナも状況が深刻だけに、ジャベルが相当焦っている事は見て分かったが…。


(お…お義姉ねえちゃん…、羨ましい!)


 リアナはこんな状況でも嫉妬してしまったことを、慌てて首を左右に振って反省した。


「リアナ!」

「は…はい!!」

「ティアナを…頼む」

「ま…任せてください。」


「それとリアナ…頼みがある」

「はい?」


 ジャベルはリアナに耳打ちをする。


「―――!!。… … …わかりました。やってみます」


 ジャベルの言葉に、リアナはそう答えた。


「いくぞ!ぬこ…いや、ヴァルゲェルミャンダ!」


 ジャベルと暗黒龍は、ヴァルゲェルミャンダへ向かっていった。


「ジャベちゃんが時間を稼いでくれるんだもん。私も頑張らないと!」


 そう言うと、リアナは目を閉じ、大きく深呼吸をするのだった。


―――その頃ジャベルは…。

 ヴァルゲェルミャンダと空中の暗黒龍、そして地上のジャベルの戦いが繰り広げられていた。

 ジャベルは敵と距離を置き、暗黒龍に的確な指示を出す。暗黒龍はその指示通りにヴァルゲェルミャンダを攻撃する。ジャベルは精神力・魔法力の消費を考慮したうえで、回復ポーションをがぶ呑みしていた。


「げっふ!ここまでポーションがぶ呑みしたのは初めてだ…」

(うはははは。貴様は本当に面白いやつだ。我の維持のそこまで必死になるとはな)

「笑うならもっとエコにできないのか?」


 すると、ジャベルの体が急に軽くなる。


「な…どうした?俺」

(エコにしろと命令しただろう。従ってやったぞ)

「できるんかい!」

(礼ならそこのお嬢ちゃんに言えばいい。実は私も、貴様の召還では自由に力をコントロールできなかったのだよ)


 ジャベルは後ろを振り返ると、リアナがずっと目を閉じて何かを呟いているのが見える。


(まさか…リアナが?)


 リアナの成長に驚きながらも、今は身軽になった体で最善の対策を取る事にしたジャベル。剣を抜くと、まずは木の陰に身を潜めた。

 ヴァルゲェルミャンダは鼻も利く。すぐさまジャベルの方向へ向かってくると、鋭い爪で隠れた木ごと、ジャベルを切断しようとする。


 しかし、身を低くしていたので、なんとか回避することができた。


「ひゅー…あっぶねぇ」


 ジャベルはそう言うと、再び回復ポーションを飲み干す。


「火の球よ、ほとばしれ!火炎球ファイヤー・ボール!!」


 毎日、欠かせずに火を起こしていたジャベルは、魔法詠唱の短縮もできるようになっていた。火球は楕円を描き、ヴァルゲェルミャンダの前足に当たる。しかし、炎は毛の一部を焼く程度だった。


「ダメかー。あのくらいじゃあダメージにもならんのか」


 その頃のリアナは、まだ集中状態にあった。


(何故だろう。あの子の意識から悪意が感じられない…)


 そう思っていた矢先だった。


「う…り…リアナ…」

「お…お義姉ねえちゃん?」


 ティアナの声がリアナの集中状態を解除した。


「おねえちゃん。おねえちゃん。大丈夫?しっかりして」


 リアナが声を掛けると、ティアナがうっすらと目を開けた。


「おねえちゃん。よかったぁ」


 安堵するリアナ。しかし…。


「リアナ…に…逃げて…」

「うん。ここは危険だから、少し離れるのね。大丈夫。モンスターはジャベちゃんがここから引きはがしてくれているから…」


 すると、ティアナは首を横に振る。


「ち…がう、リアナ…わたし…から、逃げて…お願い」

「な…何言ってるの?おねえちゃんを置いて逃げるわけには…きゃっ!」


 リアナの言葉が言い終わる前に、ルドルフがリアナを突き飛ばす。


「何を…!?」


 尻もちをついたリアナの目の前で、ティアナの体からどす黒いオーラが出始めていた。


「あああああああ!!!」


 ティアナの悲鳴が森に広がる。その悲鳴はジャベルにも届いていた。


「ティアナ!?… !! …なんだありゃあ」


 どす黒いオーラは、徐々にその濃さを増し、ティアナの包み込もうとしている。


「な…なんなの?これ」


 あまりの邪悪な気配に、リアナは動けなくなっていた。


(リアナ、まずいぞ。この気配は俺も一度感じたことがある物だ)

「ルドちゃん…それってまさか…あ、あ、あ」

(ああ…やはり彼女の内に、魔王がいるようだ…。どんな状態かは分からないが、彼女の内から外に出ようとしているんだ)


 すると、ティアナが立ち上がる。しかし、その表情はと戦っているような、そんな険しい顔をしていた。


「ま…負け…ない!!」


 ティアナがそう言うと、どす黒いオーラとは別に、キラキラと輝くオーラが溢れてくる。その光は、見ているだけで癒されるほどだった。


「戦っているんだ…おねえちゃんが…自分の中の魔王と…」

(しかし…リアナ、光のオーラよりも、闇のオーラのが強く感じられるぞ)


 ルドルフの言葉通り、聖なる光も徐々に光を失い、闇のオーラが濃くなっていく。それでも懸命にティアナは、力を出し続けている。


「レベル999のおねえちゃんが押し負けている…このままじゃ…」


 すると、遠くからジャベルの叫びが聞こえる。


「リアナ!!お前だけでも逃げるんだーー。」

「でも!!ジャベちゃんは!?」

「ルドルフ!!リアナを頼んだぞ」

(ふ…言われなくとも守るさ。ジャベルよ)


 ルドルフはリアナの服を甘噛みし、引っ張り、逃げるように促す。


「おねえちゃん!しっかり!!負けちゃダメぇ!」


 必死に耐えているティアナに、リアナの声が届いているのか分からなかった。しかし、徐々に光が失われていくティアナを見て、リアナもようやく立ち上がり、ジャベル達とは反対の方向へ走り出す。


(おねえちゃん!!)


 リアナの目に涙が浮かぶ。


(リアナ。今は彼女を信じよう…。彼女の意志の…強さを)

「う…うん。ありがとう。ルドちゃん…」


 リアナの背後から感じられる嫌な気配は、どんなに離れていても小さくなることはなかった。


「はぁ…はぁ…お…おかしいです。」

(どうした?リアナ)


 リアナが突然足を止めて振り返る。


「ここまで…はぁはぁ…走っているのに…はぁはぁ…おねえちゃんの気配が…まだ近くにいるような…はぁはぁ…」

(恐らく、力がどんどん強くなっているのだろう。だから、そう感じるのかもしれない)


 その変化は、一番近くで戦闘中のジャベルは感じていた。


「くっそ…なんなんだよ。この馬鹿でっかく邪悪なオーラは。ティアナさんに何が起こってるんだ?」

(お前も薄々気づいているだろう?これはもう、から発するレベルを超えている)

「分かってる!ティアナさんは元々レベル999を公言してたんです。それがに変われば…、このくらい私だって容易に想像できます!」


 ジャベルの言葉に、落ち着きが無くなっている事を暗黒龍は察した。


(こちらの状況はどうするんだ?人間の…お主の気持ちは分からん…が、今は眼中の敵に集中すべきだ)

「なぁ…フェルよ…」

(どうした?)

「ぬこ…いや、ヴァルゲェルミャンダの動きが全然無いのが気になるのだが…どうなっている?」

(むぅ?)


 暗黒龍が視線を敵に向けると、先ほどまであれだけの猛攻をしていたヴァルゲェルミャンダが、動きを止めている。その視線の先には、どうやらティアナが見えているようだった。しかも、尻尾をフリフリさせている。


「なぁ…あの尻尾の振り…もしかして…」

(ああ…彼女が仮にだとするなら、あるじの復活を待っている…と言ったところか)


 すると、ジャベルは回復ポーションを3本も取り出し、一気に飲み干した。


「フェルよ!このタイミングを逃さず、破壊光線を奴に放てるか!」

(なるほど、自身の魔法力を顧みず、攻撃を優先させるか…面白い)


 暗黒龍はそう言うと、口を大きく開け、魔法力を集中させる。


「うぐぅぅ…意識してみると、すっげー吸われてる感じがする…」


 ジャベルは負けじと、カバンの中に入っている回復ポーションを次々に飲んでいく。


(はははは。貴様は本当に面白いやつだ。そのまま耐えてみせろ)


 暗黒龍は、ヴァルゲェルミャンダへ向けて破壊光線を放つ。


「あーーーたーーーれーーーーー!!」


 激しい衝撃波と爆音がジャベルの元へ飛んで来る。ジャベルは大きな岩陰に身を潜めてその衝撃と音、そしてそれらと共に巻き上がる土煙に耐える。


「あああああああああああ」


 しばらく土煙は収まらなかった。倒せたかどうかもわからないジャベルは、まずティアナのいた方向へと走り出した。


「げほっ…げほっ…ティアナーーー!!」


 土煙が酷いとはいえ、ジャベルがあちこち探してもティアナの姿は見当たらなかった。


「フェルよ。上から何か見えるか?」


 ジャベルの呼びかけに、暗黒龍からの返事が無い。


「フェル…?どうした?フェルよ!」


 ジャベルは慌てて、腕の紋章を確認すると、本来浮き上がっているはずの紋章が、かすかに見えるほどかすれている。


「ま…まさか…」


 その時、ジャベルに不自然までに強い突風が吹いてくる。その風は周囲の土煙を一気に吹き飛ばした。


「な…何が……!?」


 ジャベルの目の前には絶望が広がっていた―――。


 大きな躯体が地面に横たわる。その姿は暗黒龍、フェルニーゲシュ。その横にヴァルゲェルミャンダの姿。そして…。


 ティアナの姿がそこにあった。しかしその姿は、ジャベルが今まで見てきたティアナではなかった。


 美しかったロングの黒髪は銀髪へと変わり、目も真紅の瞳へと変わっていた。胸の大きさなど、プロポーションは変わっていないものの、闇のオーラに包まれたその姿に、ジャベルの足は震えていた。


「可愛そうにのぉ…私の愛しき子猫ちゃん」

「子猫!?その大きさでまだ子猫なの!?」


 つい条件反射でジャベルのツッコミが入る。


「や…やべぇ…ノリまで変わらないけど、勝てる気がしねぇ…」


 ジャベルは空になって軽くなったカバンを投げ捨てた。暗黒龍は生きているようだったが、紋章の状況からと言った感じだ。


(どうする…俺。戦えるのか…俺!?)


 魔王化したティアナを前に、ジャベルはただ武器を構えて立ち尽くしていた。

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