第13話 王国統一

「そうか…我々は騙されていた…というわけか」


 国境の館が崩壊して三日が過ぎた後、両国の王子が事実確認のため、ジャベル達に面談を求め、会いに来ていた。


「マサラ兄さん。彼らの話は、私の兵が見たものと同一のモンスターで、間違いなさそうです」

「ふむ…ジャベルとやら、今回の件、ご苦労であった。そして、この国を代表して、私達兄弟から礼を言う」


 マサラ王子とササラ王子は、ジャベル達三人に一礼した。


「それで、この国はどうなるのでしょうか。」


 リアナが二人の王子に質問をした。


「その事なのだが…、実は我らを擁立した大臣の中に、今回の分裂を画策した犯人がいる。」

「兄さんの派閥にも…ですか…。実は、私を擁立した大臣の中にも…です」


 館事件の直後、二人の王子の側近が一人ずつ、姿を消していて、今も行方が分からないのだと言う。その大臣は、前王が亡くなる以前から、王の側近としてその手腕を発揮していた二人だった。


「王子殿、この私ジャベルに、二人の捜索依頼をいただければ、と存じます」


 ジャベルが進言すると、二人の王子は一旦お互いを見て、軽く頷くと、ジャベルに笑顔で答える。


「分かりました。それと、今後についてですが、弟と久しぶりにきちんと会話し、和平の方向で考えております」

「兄さん…」

「ササラ…今まですまなかった」


 兄弟二人は恐らく久しぶりであろう硬く、そして強く握手を交わした。


 ―――このあと、二人は互いの全国民に声明を発表。事実上の内戦状態解消となった。

 国名も従来の「ドゥルーディ」に統一し、国境を廃止した。兄マサラを代表、弟ササラは副代表に就任し、国王制度も廃止した。国民は歓喜に湧き、その余韻はしばらく続くことになった。


「ティアナさん、これでこの国は平和に向かって行きますね」

「はい勇者様。恐らく元凶が絶たれた事で、お二人に変化があった…ということは、何らかの魔力が作用していた可能性があります」


 宿に戻った三人は、次の目的を確認していた。


「次の目的地ですが、実は商人達の情報によると、元ドゥランダ領地内で、未だにモンスターの発生地域が確認されているそうです。」

「なるほど、元国境付近だけではなく、そこにも魔法陣がある…と?」


 ティアナは首を横に振った。


「いいえ勇者様。魔法陣は元々あの館には無かったと推測されます。」

「ええ!?」

「あそこにモンスターが多かったのは、館に化けたモンスター自身が生み出していたと考えるのが妥当かと…」


 ティアナは地図を広げると、とある町を指差す。


「元ドゥランダにある町『キリエラ』、ここの南西に『聖地』と呼ばれる山があり、そこにある神殿が、魔物に占拠されているそうです。」

「では、次の目的地は決まりましたね」

「はい。キリエラへ行き、まずは神殿の開放。魔法陣の破壊。あと、失踪した二人の大臣も、発見次第拘束いたします。」


 二人の会話をずっと聞いていたリアナは、終始無言だった。


「どうした?リアナ。」


 ジャベルの一言に、リアナがハッと我に返った。


「ん~ん、何でもないの」


 リアナは、片手を横に振って答えた。


「その…私も…犯罪人…なのに、二人と行動して良いのかな?って…」

「その事については、何度もお話したはずですリアナ。真実は私達しか知りません。母の暴挙は、近所の住人に知れ渡っているようですし、誰も彼女の死に同情するものはいなかったから、私は貴方を保護したのです」


 リアナにとっては、あまり良い母親ではなかったが、それでも実の母を手にかけたと言う「罪の意識」が残っている事は、ジャベルとティアナに痛いほど伝わっていた。


「それと、リアナ。貴女は勇者様が呼び戻したようなもの。本来『禁忌』とされる蘇生魔法ではないスキルでの復活が、体にどのような影響がでるのか。その経過を診る必要もあるのです」

「…わかりました。お義姉ねえちゃん…」

「それを言われると…私も複雑…ですよ。ティアナさん」


 ジャベルは苦笑いする。事件から数日、ティアナは毎日のようにリアナを診察しているが、今のところ、体内機能は正常値を示していた。


「お義姉ねえちゃん。私に何か起こったら…その時はお義姉ねえちゃんの手で…お願いします」

「…もちろん、できる限りの事はしますわ。貴女は…妹なんですから…」


 出発前に、ティアナはジャベルの能力検査を行った。


「これは…信じられません…」

「どうしたのですか?」

「勇者様のレベルが、既に70を超えているのです。」

「そ…それって、どういうことなんですか?」


 ティアナは、一冊の本を取り出した。それは、過去に存在している偉人の本で、人々の強さを『レベル』として評価できるスキルを開発した人物だった。

 その中にはこう書かれている。


『人に限らず、全ての生き物にはレベルが存在している。個人差はあるが、人の平均レベルは50である事が分かった。』


「え?ティアナさんは999って…」

「この人物は既に亡くなっておりますので、本を書いた当時はそうだった…と言うことです」


 現在もその常識は変わっておらず、平均を超えてレベルアップできる人物には、そのレベルよって様々な呼び名や階級が存在していた。ただし、ティアナの場合Lv999である事が、事実として認めるかどうかで、聖職者協会内上層部の意見が分かれてしまい、呼び名や階級は決まっていなかった。


「お義姉ねえちゃんって、実は凄い人なんですね…」

「私はどうやら100年に一度の逸材なのだそう。もちろん、平均を超える事ができた勇者様も、例外では無いと思います」


 ジャベルはしばらく沈黙していたが、ようやく考えがまとまったのか、口を開いた。


「その…私達が打倒を目標としている魔王も、Lv999…なのでしょうか」


 その質問に、今度はティアナが沈黙する。そんな二人をリアナも心配そうに見つめていた。


「分かりません。が、私がLv999に到達できている事をかんがみても、魔王自身も同様の状態(Lv999)である可能性を否定できません。」

「私も…勝つためには、その頂に立たなければならないでしょうか」


 重い空気が漂う。ジャベルは自分のレベルを自覚したことで、対峙すべき相手の頂点を見た気がしたのだ。すると、ジャベルの背中をリアナが思いっきり叩いた。


「いてっ…何するんだリアナ」

「しっかりしなさいジャベちゃん。ジャベちゃんは私を…この国を助けてくれた。その強い気持ちで、魔王なんかけちょんけちょんにしちゃえばいいの!」

「リアナ…」


 ジャベルがリアナの顔を見ると、元気づけている言葉とは反対に、眼には大粒の涙が今にもこぼれ落ちそうなほど溢れていた。ティアナもそんなリアナを見て、少し呆れ気味な笑みを浮かべる。


なんでしょ。ジャベちゃんは。勇者は…ん~ん。正義は絶対、悪に勝つの!」


 ついにリアナの眼から涙がこぼれ落ちた。それを見たジャベルの表情から不安が消えていく。


「そうだな…。その言葉セリフ。俺が昔、リアナに言った言葉セリフだわ」


 ジャベルの眼に輝きが戻る。拳を握りしめる。今すぐにでもリアナを自分の胸で泣かせたかったのだが、ティアナとの立場も考えたジャベルは、リアナに自分のハンカチを差し出すしかなかった。


「ありがとう。リアナ。魔王のレベルなんて今は考えない。俺は…勇者だ。もっと強くなって、必ず魔王を倒す!」


 士気を高めた三人は翌日、町を出発した。道中、館のモンスターがいた場所へ立ち寄るように言われていたので、まずはその場所へ向かった。

 現場は、統合軍による浄化作業が続いていた。


「おお。ジャベル殿、ティアナ殿。よく来てくれました」


 現場には、ササラ副代表が同行していた。


「実は、館のモンスターを討伐後も、この付近には瘴気が残っておりまして、浄化作業を進めているのですが、我が軍には優れた魔法技師が乏しく、ティアナ殿にもお手伝いをお願いしたく、お呼びいたしました」

「浄化作業ですか。もちろん、お手伝いさせていただきますわ」

「助かります。」


 ティアナは、自身の浄化魔法の行使と共に、統合軍随伴の魔法技師に、浄化魔法を指導してまわった。浄化作業は小一時間ほどで終了した。


「さすがです。ティアナ殿。浄化だけではなく、その技術も教えていただけるとは…」

「もちろん後程、報酬を請求させていただきますわ」

「ははは、これは手痛い。無論、それ相応の金額をお約束いたしますが、こちらも復興資金と言うものがございますので、お手柔らかにお願いします」


 ジャベルはそのやり取りを聞いて思う。


(お金なんていっぱいあるのに、そこは、建前上巧くやるなぁ)


 用を済ませた三人は、今度こそ目的地へ向けて馬車を走らせた。統一されて間もない影響もあってか、元国境は商人の行き来が増えていた。


「これはこれはティアナ様、お久しぶりです」


 声を掛けてきたのは、入国の際に世話になった商人二人だ。


「おかげ様で、私達もこの国で商いを再開できそうです」

「良かったですね。でも、まだ魔物の気配は残ってますので、お気をつけて」

「へい。ジャベル殿も道中気を付けて」


 二人は大荷物を抱えて、三人とは別の街へ向かって行った。


「リアナ、彼らは貴女の黒い噂のもみ消しに、一役買っていただいたのです」

「そうなんですか。本当に…お義姉ねえちゃんには…敵いません」

「そう思うなら、勇者様も私がいただきましてよ」

「恋愛なら、私とお義姉ねえちゃんは対等。私にだって勝機があります!」


「やれやれ、仲が良くなったのか、悪くなったのか分かりません」


 ジャベルは苦笑いする。そして思うのは、人間としてもし、どちらかを選ばなければならなくなった時、自分はどちらを選ぶのだろうかと言う事。

 この世界に一夫一妻と言う明確なルールは無いが、一夫多妻や多夫一妻で世帯を持つ者には王族や貴族が多く、一般家庭には普及していない。

 魔王討伐がもし現実になった場合、勇者に待っているのは当然のように平凡な日常生活。それを考えると、ジャベルは心が痛かった。


(今は…このままで良いのではないか。そして、この良好な関係がずっと続けばいいのに…)


 ジャベルの心に、また一つ心配事が増えた。

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