第09話 危険なかくれんぼ

「お待たせしました」


 ジャベルが宿に到着する。ティアナはリアナの顔を見るなり―――。

「勇者様、その方はどちら様でしょうか?」


 と、険しい表情を見せる。すると、リアナもティアナの顔を見るなり―――。


「お…お義姉ねえさま!?」


 これにはジャベルも驚いた。


「ま…まさか、ティアナとリアナは姉妹きょうだいだったのか」

「え…ぇぇ…あの…お義姉ねえさまとは、歳が離れていますし、それに血も繋がっていないのですが」


 実はティアナの父とリアナの母が、お互いに子連れの状態で結婚したため、二人は姉妹きょうだいとなっていたのです。しかし、その時既にティアナは修道院見習いとして、各地を転々としている身だったため、実際に会ったのは1~2度程度。そのため、幼い頃しか顔を見たことが無かったティアナは、リアナの顔を覚えていなかったのです。


「まさか、勇者様が義妹いもうとと知り合いでしたとは驚きです」

「お久しぶりです。お義姉ねえさま。」


 ジャベルとティアナは互いに知っているリアナの情報を共有するため、食堂で話しをすることにした。


「―――なるほど、では勇者様は10年前に、リアナとお会いしておりましたのね」

「はい。で…あの頃はさほど疑問にも感じていなかったのですが、リアナ…さんは、魔物に襲われていたのではなかったように見えたのです」


「と…いいますと?」


 ティアナの疑問に、リアナは真実を語りだす。


―――10年前。その頃は今よりもモンスターの数は多くなかった。しかし、貧富の差が激しい国内事情では、満足にモンスター討伐依頼もかけられない現状は、今と変わりはなかった。

 その頃のジャベル親子はこの地を訪れて、無償でモンスター退治を行っていた。ある日、ジャベルの父はいつものように通報を受けて駆け付けると、そこにはモンスターと遊ぶ少女の姿がいた。

 ジャベルの父は、少女を説得しモンスターを森へ返すと共に、通報をもらった少女の母親には、退と報告していたのだ。


「ティアナさんにお願いがあるのです」

「なんでしょうか勇者様」

「リアナの能力を調べて欲しいのです」


 ティアナは軽く頷くと、魔法袋マジック・ポーチから紙を取り出し、リアナの能力検査を行った。

 結果は予想通り。リアナの特殊能力は動物愛護モンスターテイマーⅠ。主に動物系のモンスターを自身の支配下に置けるスキルである。


「確かにこのスキルを使えば、モンスターとの遭遇率を減らす事が可能ですね…しかし」


 問題はリアナ自身は戦闘経験が無い。そしてレベルも低いためあまり強大なモンスターを支配下に置けないことである。


「レベル上げが必要…か」

「しかし勇者様。国内でのモンスター討伐は、兵士に見つかれば攻撃される可能性もあります」


 悩む二人に、リアナがオドオドしている。


「あ…あのぉ…もし、よろしければ、"討伐依頼を私がする"…という形でよろしければ、国内で自由にモンスターの討伐が可能になりますが…」


『それだ!』


 いくら内戦状態の国内とは言え、モンスターの襲撃にも頭を抱えているため、町のギルドにはモンスター討伐の依頼が殺到しているのだ。


「内戦が行われているのは両国の国境付近。中立連盟との国境付近にいるモンスターを中心に討伐の許可をもらえれば、リアナのレベル上げができるか」

「しかし、勇者様。リアナにそのような依頼をかけるほどの手持ちがございませんが?」


 ギルドへの討伐依頼は、本人が直接出向き、いくらかの仲介手数料を支払わなければならない決まりがある。


「ティアナさん。別にリアナが直接持っていけばいいだけの話なら、我々がお金を持たせれば良いだけの事です」


 2か所の魔法陣を破壊した際、モンスターが集めていた金品は、根こそぎ二人が獲得していたので、実際いくらになっているか考えていなかったが、改めて数えてみることにした。


―――結果は…。


銅貨約58000枚に銀貨7500枚、そして金貨500枚。一般的な商人の1か月の売り上げが銀貨1000枚だとしても、数年は遊んで暮らせるほどだった。


「改めてモンスター退治さまさまだな…」

「では勇者様、早速リアナにいくらか持たせて、依頼をかけに行かせましょう」

「ああ、リアナ、たのむ。」


 リアナに手数料分を持たせると、早速リアナはギルドへ依頼するため外出した。


「よろしいのですか?勇者様」

「ティアナさん…どうしたのですか?」


「――このような進言はあまりよろしくないのですが…、義妹リアナはこの町の良いところも、悪いところも見て育ちました。」

「何が言いたいんだ?」


 ティアナはリアナが居ないことに少し後ろめたさを感じつつも、ジャベルに小声で言う。


「あの子がお金のためなら、何か良からぬ事もしかねないと心配しております」

「まさか…俺が知る限りのあの子は、純粋で良い子だけどなぁ」


 ジャベルは悩んだ末、ティアナの提案で先に同行していた商人2人に、リアナの身辺調査を依頼することにした。


―――しらばくすると、リアナが宿へ戻ってきた。


「ジャベちゃん。言われた通りに依頼してきました。これ、討伐依頼承認証です。」


 ジャベルはリアナから承認証を受け取った。とはいえ、承認証はあくまで首からぶら下げて分かりやすくするためのもので、依頼内容を書いているわけではなかった。


「ありがとうリアナ。今日はゆっくり休んで、明日、この宿の前で集合しましょう」

「はい。」


 こうして、バルバドの町初日は更けていった。


―――翌日。


 宿の前でリアナと合流した二人は、目的の場所へと向かって歩き出した。現地のモンスターは予想通り、リアナのレベルを上げるには丁度良いレベルのモンスターが多く生息していた。


 方法はいたってシンプル。ジャベルがモンスターに石を当てて、攻撃してきたところを後ろからリアナが殴る。ジャベルのダメージはティアナが回復させる。

 単純な流れ作業ではあるが、タイミングが少しでもズレると、敵の攻撃対象が移るため、とても神経を使う方法だった。


「いててて。」

「ジャベちゃん大丈夫ですか?」


 しばらく戦うと、明らかに周囲のモンスターの気配が薄れているのが感じられる。それは、二人が隣国を苦しめていた魔法陣を破壊した影響が出始めている証拠だった。しかし、時間は限られているため、歩きながらティアナの回復を受けるジャベル。

 そして昼時になった頃、リアナが手荷物からお弁当を取り出した。


「これ…先にジャベちゃんからもらったお金で食材を買って作ったんです。お口に合うと良いんだけど…」

「おおう」


 弁当の中身は、様々な食材をパンに挟んで作ったサンドイッチだった。それ以前に、既にお金を渡していたことを話したリアナに、ティアナが反応しないわけがなかった。少し不機嫌そうな顔で、ジャベルを見つめるティアナ。


「美味しいよ。リアナ」


 ジャベルはそう言ってサンドイッチを頬張る。その姿をリアナは笑顔で見つめている。しかし、ティアナはそのサンドイッチを口にせず、持参していた自分の食事を食べていた。


(ティアナさん、まだ疑っているのかなー)


 ジャベルはそう思いながら、サンドイッチを完食した。


―――食事が終わり、しばしの休憩を挟んで再びモンスター討伐を再開する3人。リアナの成長は緩やかだが、順調に進んでいった。

 リアナの成長はティアナの能力調査のスキルでも確認は可能だったが、周囲にいる動物系モンスターに動物愛護モンスターテイマーⅠをかけて、その成功率を確認すれば大体の目安が分かった。


「凄い!こんなに成功するようになったよ!ジャベちゃん、お義姉ねえさま」

「そうですね。これなら十分いけます。」


 二人はリアナの成長に手ごたえを感じていた。


―――夕刻まで続いたリアナのレベルアップは、リアナの体力面も考慮して、早めに切り上げることとなった。ジャベルはギルドに向かい、モンスター討伐の報告を行った。


「はい。ジャベル様ですね。お請けになられた標的モンスターの数を考慮し、依頼主への報酬をお支払いください」

「分かりました」


 しばらくすると、精査結果を渡されるジャベルは、内容を確認した。


「な…ん…だとぉ」


 金額を見てジャベルは驚いた。そこにはかなり高額の請求が書かれていたためだ。もちろん支払えなくはない額ではあったが、ジャベルの想定を遥かに超えた金額。


(マジか…ティアナさんの言う通りになっちまったな…)


 しぶしぶ支払ったジャベルは、宿へ戻るとティアナの報告しに向かった。そこには、商人の二人も既に合流していた。


「戻りましたか勇者様。その顔ですと、やはり…?」


 ジャベルはギルドから請求された金額をティアナに報告する。


「やはり、そうでしたか…」


 ティアナはため息をつきながら、商人からの報告も説明する。


―――調査の結果、リアナの母には高額な借金を背負っている事がわかった。そしてリアナはそれを返済するため、どんな悪い事でもしてきたとの噂が、商人達の間で流れているそうだ。しかし、人前では持ち前の笑顔と優しい振る舞いで接してきたため、周囲の人々にはあまり悪いイメージを持たれていなかった。


「あの子は良い子なんでやんす。悪いのは親であってあの子でぇはありゃせん」

「俺も、そうであれば…」


「勇者様はお人好しすぎますよ…」

「しかし、ティアナさん。借金さえ返せば、元の優しいあの子になるのでは?」


 そんなジャベルに、ティアナは再びため息をついた。


「ところで、リアナはどうされたのですか?勇者様」

「あ~ギルドに入る前に別れたけど…こちらには来てないのですか」


「はい。」

「俺、自宅を見てきます」


 ジャベルはそう言うと、リアナの自宅へ向かった。


―――リアナの自宅へ向かう途中、奥で何やら町人が騒いでいる。


(なんだろう…?)


 ジャベルは、町人に話を聞くと、スラム街がモンスターの襲撃を受け、負傷者が出ていると言うのだ。


(リアナ…?)


ジャベルは急いでスラム街へ向かうと、そこはモンスターに逃げ惑う人々で溢れていた。そして目の前には子供が襲われそうになっている。


「くそっ!!」


 街中での戦闘は極力避けたいところだったが、止むを得ないとジャベルは剣を抜き、モンスターに切りかかる。


「あ…ありがとう…ございます」

「早くあっちへ走って!!」


 子供を助けたジャベル。それを見ていたのか、モンスターが一斉に飛びかかってくる。


「なめるな~~」


 ジャベルは次々とモンスターを倒し、リアナの自宅へ到着した。


「リアナーーーー」


 しかし返事は無い。家の奥へ向かってみると、そこには無残にもモンスターの攻撃を受け、絶命したリアナの母親が倒れていた。


「まさか…リアナも…?」


 ジャベルは室内をくまなく探したが、リアナの姿は見当たらなかった。


(リアナ…一体どこに行っちまったんだ)


「リアナーーーーー!!!」


 未だ騒ぎの治まらないスラム街に、ジャベルの雄たけびが轟いた。

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