2-6 予感 -Turning point-

 その日遅く俺は七番区のある屋敷に招かれた。赤の議員の一人であるユシミール氏の屋敷だ。


 ガブリエルによく難癖をつけるタコ頭のあの大難物の名を知ったのは最近の事だったが、向こうはこちらの事をよく知っていたらしい。


 自宅に使いなんか寄越して、出向けと急かされてしまったのが一時間前。何の用件か大体察しがつくが、あからさまなところが一連の手口とぴったりと一致していたのには笑えたが。


「剣をお預かりします」


 執事らしき黒スーツの少年がエントランスに入るなり要求してきた。剣が無ければそれ程脅威にはならないと探偵にでも吹き込まれたのだろう。まあ、それで話が出来るなら差料を預けるのもやぶさかではないが、聊か見くびっているとも言える。


 言われた通りにレゼルの魔剣を執事に渡した。途端に執事は腰を折って、地面に倒れた。


「おおぉぉぉ……重い! それに何だかビリビリと痺れる!」


 執事は悲鳴を上げて、周囲に助けを求める。手を貸した他執事とメイドが手を触れた途端に皆がたがたと震え出した。


 レゼルの魔剣は常に帯電している。これを使いこなすには幾つか方法があるが、彼等はどれ一つ手立てを持っていないようだ。それにこの黒の曲剣は重量が尋常ではない。筋力も重要だが、あらゆる技量を要求されるのだ。詳細は割愛するが。


「ふん。来たか」


 階段の上から尊大な声がした。俺は上を向いて、タコ頭の少年と視線を合わせる。


「本日はお招き頂きありがとうございます」


「おべっかは無用。お互い忙しい身だ。上がってこい」


 ユシミールが奥に引っ込む。俺はレゼルの魔剣をひょいと拾い上げて、階段を上った。


 廊下の奥に向かってメイドたちが左右に並んでいる。随分と贅沢な暮らしをしているらしい。流石は赤のトップファイブに入るだけの事はある。成功者ってこういうものか。


 少しだけ感慨に浸り、メイドが案内する部屋に入った。真っ白い石の壁に赤絨毯の床。天井には奇妙な星座らしき図が見えるが、視線はすぐにソファに向いた。ユシミールが座って、不貞腐れたような渋面をしている。


「座れ」


 凄まれて命令された。俺は鼻を鳴らして、どっかりと向かいに座った。


「何処まで掴んだ?」


 ユシミールにずばり聞かれた。


「ははっ、単刀直入って言葉思い出した」


「茶化すな! 俺が冗談を好むタイプに見えるのか?」


 ユシミールが若干赤くなる。


「俺よりグルーナス主任に聞けばいいんじゃないかな」


 ユシミールを鋭く刺すように見つめ、すぐに横を向く。


「奴は駄目だ。事の重大さを受け止められるとは思えん」


 ユシミールは深いため息をついて、額から一筋汗を流した。


「事の重大さって……あんたさ、地下でやってる事がまずいなら何でもっと上手く隠ぺいしなかったの?」


 失策を責める気は毛頭なかったが、ユシミールがあまりにも狼狽えているから少し話に付き合ってやろうかと思う。


「隠ぺいしたさ! ずっと隠して……俺たちも俺たちの前任者たちも死ぬ気で秘密を守ってきたんだ! それを何を勘違いしたのか馬鹿な出来損ないが議題に出しよって……。俺が終わるのはいい。でも、あの秘密だけは絶対に守らなければいけない。この村の存亡がかかっている」


 ユシミールは俺をじっと見つめて、瞬き一つしない。俺は話の趣旨を見失って、手掛かりを掴もうと少し手を考えた。


「地下ってさ、食糧作ってるわけじゃないんだろ?」


「そうだ。別のものを作っている」


「作っている? まるで今も稼働しているみたいな口振りだな」


「稼働しているさ。ずっと昔から休む事無く。あの遺産を守る事が俺たちの使命だった」


「遺産? 誰の遺産だ?」


「知らん。だが、間違いなく俺たちの神だ。いいか、絶対に地下の秘密を外に漏らすな。フゼも承知で我々に賛同してくれたのだからな」


「先生が? ちょっと待てよ。話聞かせて貰おうか?」


「明日、俺と一緒に地下に来て貰う。月から来たあの娘、あれも連れて来い。理解出来れば自分の立場も分かってくるだろう」


 ユシミールが手振りする。もう帰れという指図だろう。これ以上話を引き出すのは無理だ。大人しくソファから立ち上がって、扉の方を向く。足を前に進ませ始める。


「一つだけ忠告しておく。おかしな考えは起こすな。やっても無駄だったと後悔する羽目になる」


 足が止まって、背筋がぞくりと震えた。今のユシミールの言葉には本気の凄みがあった。


 嘘をついていない。俺は振り返らずに部屋から出た。メイドたちが勢ぞろいで頭を下げるのを見向きもせずに家路についた。


 明日リストと一緒に地下に行こう。そこで何を見たとしても俺は後悔するつもりはない。でも、気が変わってしまうかも知れない。そんな言い知れない恐怖が予感の殻を被って、俺の胸中で産声を上げていた。

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