1-4 来訪者 -Stranger-
廃墟の裏手に回って、そっと角から覗いた。
ちょうど壁の影になっている所だ。
一番闇の濃い所に何かがいる。
足が見えた。
鉄靴? 鎧の一部だ。
じっと目を凝らすとそれが人の形をしている事に気付いた。
「鎧?」
俺は軽く首を傾げながら目を細めた。
何故あそこに座り込んでいる?
疑問に対する答えの数々を矢継ぎ早に憶測していく。
行き倒れて瀕死、襲撃されて瀕死、事故に巻き込まれて瀕死、後考えたくないが、飢餓が極限に達して人喰いに堕ちてしまったとか。
とにかく中身を確認しよう。
俺は軽く屈みながら鎧に近付いた。
人の気配はしていないし、多分死にぞこなっているのだろうけど、それにしては随分と綺麗な鎧だからつい。
濃紺の地金の端々に金の装飾が施してあるのが印象的だ。
日差しが当たると表面がきらきら光って、目を釘付けにされ、心奪われる。
なるほどビッグボアが夢中になって漁っていたわけだと実感させられた。
あれは明らかに芸術品だ。
とりあえず手でも合わせて上げよう。
「南無」
唱え始めた所で俺は咄嗟に後ろに飛び退いた。
鎧が不意に動いたからだ。
「……ああ。すみません」
しゃべった! 鎧が! 正確には鎧の中身が!
「生きてるのか?」
自分でも驚くくらい冷静に即座に聞き返せていた。
「空腹で……動けなかった」
割と元気そうな返事が来た。
「そりゃ……いい所で来ちゃったのかな」
俺はゆっくりと鎧騎士に近付いて、目の前でしゃがんだ。
下から顔を覗き込んで、表情を窺おうと目線を上げる。
バイザー部の角度が絶妙で口元しか見えないが、すっきりとした頬と厚いリップに女性を感じた。
女の人? まさかね。
俺は鎧騎士の脇を持ち上げ、ゆっくり立ち上がらせる。
思っていたよりも遥かに重い鎧だ。
何の金属で出来ているのか分からないが、表面の滑らかさも尋常ではない。
思わず近場の木の根を掴んでしまった。
廃墟の残骸に割り込んだ大きいのがちょうどあって良かった。
「あんた何処の人? 俺赤の騎士団の雇われ剣士なんだけど」
「……」
返事が無い。つまりわけありという事だ。
「いいよ。言いたくなければ。とりあえず村に戻るよ」
こくりと鎧騎士が頷いた。
俺は腕時計を操作して、呪文を唱えた。
「ジャンプ」
俺たちは光に包まれ、一瞬で大空に跳躍した。
空の向こう側は幽世の森。
ランディングに注意は無用だ。
柔らかく、優しい着地。
何時も通りの見事な帰還だった。
「あ、ありがと」
鎧騎士が俺からゆっくりと離れる。
特にふらついてもいないし、動きに活気が戻っている。
ジャンプ機能が正常に働いたお蔭だ。身体は全快しているはずだ。
「ふぅ……」
鎧騎士が兜を脱いだ。
勢いよく広がった長い金髪が揺れながら垂れていく。
伏せた目……長いまつ毛の下に青い瞳が見える。
鼻筋がすっきりと通った綺麗な顔立ち。
憂いを帯びた表情に悲壮感があったが、その所為なのかぞっとする美人という印象が俺の心に突き刺さった。
「そういえば自己紹介まだだっけ……シドウって言うんだ」
「……リスト」
一応名乗ってくれたが、明らかに気が抜けている。
まあ、ここの子供にはよくある事だ。
歳は少し上……十四歳くらいか。
リストと聞くと著名なピアニストを思い出すが、この子もそちらの国の出身だろうか?
どう見ても地球人だから価値観に大きなずれは無いと思うのだが。
実際異星人の子供と話すと異文化の異質さに軽く眩暈を覚える事もあるから、その点において気遣いは無用だと信じさせてくれるとありがたい。
「地球人……だよね?」
一応聞いておく。
こくりと頷きが返ってくる。
よし。第一関門突破。
「俺、日本人なんだけど、故郷は何処なの?」
「生まれたのはフィンランド……」
「フィンランド人か」
「ドイツ人よ」
漫才のような調子で即突っ込まれた。
「左様ですか」
なかなかに手厳しい。性格強そう。
でも、それだけではなさそうだ。
じっと見下ろす目に優しい光が宿っている。
「帰る場所……無いんだよね、多分」
まさかおまわりさんに引き渡すなんて出来る場所ではないし、俺は一応ここの警察組織に雇われている身だ。
仕事をしなければ面目が立たない。
「で、何処の陣営の人なの? 黒? 白? 青? それとも塔の中の現地の人?」
村は均等に四つに切り分けられ、それぞれに色を冠した騎士団が存在するが、管轄外の住人に関与する事は基本的に禁じられている。
ガブリエルの体裁もあるし、俺としては慎重に扱うべきケースだと睨んでいる。
多分、黒の人じゃないかと思うのだが。
しかし、予想に反して、リストは困った様子で表情を曇らせた。
「あの……あれかな? 何かまずい事をして逃げたのかな?」
やや口調が尋問染みてきたが、自分が間抜けだったと後で恥を感じたくはない。
これは仕方のない事だ。
「実は逃げてきたの」
リストは俺から視線を逸らして、浮かない顔で目を伏せる。
「ああ……」
何てこった。俺は当たりを引いてしまったようだ。
運命力255は伊達ではないらしい。
「で、実の所何処の人なの?」
仕事が警察の業務へ推移している。
致し方ない。刑事部に引き渡す事をぼちぼち考えないと。
手続きだけは付き添って、見送りもしてあげよう。それから――
俺は考え事をしながらふと視界の端で何かが動いた事に気付いた。
目を向けるとリストの手だった。人差し指が上を向いている。
「え? 何? 上?」
俺は空を見上げた。
真っ青なキャンバスに三つの月が浮かんでいる。
「あそこから来たの」
リストが真顔でそう言う。
俺は一瞬呆気に取られて、リストと目を合わせる。
瞬きをぱちくり繰り返す。
「あの……あははっ、参ったな」
ここでそんな冗談を飛ばす子を見たのは初めてだ。
面白い子なのかな?
「冗談、じゃない」
リストは少し怒ったようだ。
膨れている。
「何か証拠になるようなものってある?」
俺は少しだけ冗談話に付き合ってあげる事にした。
女の子だ。そういうのあるだろうし。
「これ」
リストが俺に何かを渡す。
掌を見つめると玉が一つあった。色は黄色。
「黄色?」
知らない。黄色なんて色は。
玉は青、赤、緑。この三つしかないはずだ。
俺はにわかに信じられず、自分の腕時計で黄色の玉の中身を確かめた。
表示には『アイテム倉庫』とある。
説明によるとおよそ三百程度のアイテムを中に仕舞えるらしい。
この小さな玉の中にだ。
「君は……」
俺はリストを奇異な目で見ていた。
「私は、リスト・ブレイズ。塔の上から下りてきた」
リストは――外の世界を知る少女だった。
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