兄登場。



「ところで、なんか静かだと思ったら特別講師の兄さん何してんの?」


「ああ、あれは気にしないでください。なんかスイッチ入ったみたいで」


「スイッチ?」


「いわゆるトランス状態というか、異様な集中力を発揮中というか」


「『神様が降りてきた』ってやつ?」


「多分そんな感じだと――って、あ」


「――お前たち、俺のいない間に好き勝手してくれたようじゃないか」


「ぅえっ!?」


「……兄さん」


「うわ、来ちゃったよ……」


「想像以上にお早いお越しでしたね。……結局どうすべきかも結論が出ませんでしたし」


「……がんばるしか、ない」


「わが妹よ、よもや奴らに傷物にされていないだろうな。まあどちらにしろ今すぐ帰るぞこの奴らの巣窟から一刻も早く離れるべきだ」


「相変わらずですね、お兄さん」


「黙れ誰が兄と呼んでいいと言った。俺を兄と呼んでいいのは一人だけだこの腹黒が」


「来てすぐ帰るって、何しに来たの、兄さん」


「迎えに来たに決まっているだろう! この馬鹿どもに拉致られたと聞いて気が気じゃなかったんだぞ!」


「人聞きが悪いですよ。拉致なんてそんな」


「しらばっくれるな、というかお前は妹の半径一メートル以内に近づくな歩く猥褻物め」


「……猥褻物……」


「ミスミ、ショック受けるのはわかるけど、いつものことだよ」


「それよりどうやって説得するかが問題だと思うんだけど!」


「まず、話を聞いてもらえるか、が……」


「――っわ、……ちょっと、兄さん」


「さあ帰ろう今すぐ帰ろう俺たちの我が家に」


「お兄さん、その体勢でその言い方は何か誤解を招きます」


「何の誤解を招くと言うんだ」


「体勢的に人攫い、台詞的には新婚さんのようです」


「……新婚か……それも悪くないな。しばらく休暇が取れたんだ、二人で甘い蜜月を過ごそう」


「……見事に前半はスルーしたね」


「兄さん、それは妹に言う台詞じゃないから。とりあえず下ろして」


「何故だ。久方ぶりに会った妹を今すぐ連れ帰りたいという兄の心がわからないのか」


「いやわかるわからないの問題ではなく。初対面の人がいることに気付いて。今更だけど」


「初対面? ――何だ、奏の知り合いのお花畑脳じゃないのかアレは。確かに実際会うのは初めてだが、気にすることもないだろう」


「いや、スイッチ入ってトリップしてるから浅見さんは別にいいんだけど、もう一人が」


「もう一人?」


「ほら、そこにいる――」


「――あの年がら年中ヘラヘラフラフラしてる頭のネジ根こそぎどこかにやった変態を想起させるガキのことなら存在を認めていない」


「……兄さん、受ける印象が似てるからって混同するのはどうかと思う」


「…………」


「あの人ほど性質は悪くないから。そこそこ常識人みたいだし」


「えーと、嬢さん? それ何気に貶してない?」


「……む……お前がそう言うなら」


「わかったなら下ろして」


「だが、」


「下ろして。話がしにくい」


「……またスルーか嬢さん……」


「……仕方ない。わかった」


「――とか言いながら下ろしてなおがっちりホールドしてるのは何でですか、お兄さん」


「お兄さんと呼ぶなと言っとろうが」


「兄さん、苦しいから腕緩めて」


「ああごめんな。ついつい力が。お前がいつこのケダモノどもに襲われるかと不安で不安で」


「それはないから安心して。こいつらちゃんと別に好きな人が居るから」


「いや、男は文字通りケダモノだ。心がなくてもお前の愛らしさによろめいてやるだけやっておさらばなんてことも――」


「兄さん、ここ学校だから。教育上よろしくない発言は控えてね」


「っていうかオレたちそんな風に見られてたの!?」


「ユズ、違う。兄さんは世の中の男ども全員そうだと思ってるだけ。それと兄さん、前から言ってるけど一回眼科に行って検査を受けてきたほうがいいよ。もしくは脳外科。身内贔屓だとしてもちょっと異常だから」


「そんなことはない! お前は宇宙一愛らしい」


「……なんで宇宙なの、とか突っ込んじゃいけないんだよね?」


「だろうね。まぁいつものことだけど」


「溺愛っぷりに磨きがかかってますねぇ」


「……それ、あんまり……歓迎できることじゃ、ない……」


「そうですね。それはつまり、妨害がより一層強まるってことですし」


「何をこそこそ喋っている。我が妹を再びかどわかす算段でも立ててるのか」


「いや、奴らに誘拐された覚えは一度もないんだけど」


「俺の把握しないところで転校だのなんだのさせた時点で誘拐だ」


「いやそれは何か違う気がするんだけど」


「だから帰るぞ今すぐ帰るぞ。そして我が家で思う存分二人だけで過ごそう」


「……そこはかとなく犯罪っぽい香りがする気がするのは俺の気のせいじゃないよな?」


「気のせいじゃないですけど、これが通常なんですよ」


「ベタ甘も通り過ぎた何かになってるからね……」


「話聞いてもらうどころじゃないけど、ホントどうするの? 正直勝てる気がしないんだけど!」


「……為せば、為る?」


「――と、いいですけどね。はぁ……」

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