サーヴァイン・ジェイド

「サーヴァイン……サーヴァイン……! 」

 暖かな陽だまりの様な光の中、彼を呼ぶ声が聞こえる。

 懐かしくも甘い匂いがそれを包む。


「ああ……」

 何故だろうか。それを思い出そうとすると、涙が溢れ出てくる。


「ママ……」

 その囁きは、どこにも流れない。いつまでも、サーヴァインの傍をたゆとうだけだ。



 サーヴァイン・ジェイドは、産まれた瞬間から国の秘密を背負う事になる。


 サーヴァインとアルトリウスの母親は違う。

 だが、それだけなら、それは国の秘密としては余りにも不自然だ。


 サーヴァインは『存在してはならぬ子』なのだ。


 スカタ4世とその華も恥じらう乙女が出逢ったのは、サーヴァインが生まれる僅か4日前の事であった。

 その乙女は名を『オリシア』と言った。

 若かった2人は燃える様な恋に落ち、結ばれた。

 その翌朝の事だった。

 眠るスカタ4世の隣に、やかましく泣く赤子と、手紙が置いてあった。


 そこには、赤子――のちのサーヴァインの無事と、オリシアが自分の事を綴っていた。


 彼女は『半魔』と呼ばれる人族と魔族の交配種の末裔であった事。

 更に彼女にはその血が濃く、姿は人族のそれであるが、サーヴァインを一夜で産み落とした様に、内面は魔族に近いという事。

 つまり、その赤子の父親は正真正銘、スカタ4世である事。

 スカタ4世に近付いた本当の理由は、人族の王を謀殺せよとの指令を受けた故の事。

 しかし、殺せなかった事。

 そして、本当の自分の気持ちに気付いた事。

 意味するそれは、永久の別れ。


 人族の王と、魔族の血を引く者の子。

 この世界で、それは存在してはならぬ子であった。


 そして、その事を知るのは王族の中でもほんの僅かの者であり、何よりサーヴァイン本人に絶対に知られぬようスカタ4世は体制をとった。


「よいな、アリーシャ。サーヴァインとアルトリウスは兄弟として平等に愛を捧げよ」

 その最も大きな役割を担ったのが王妃であり、アルトリウスの実母、アリーシャである。


「いいですか、サーヴァイン。貴方は兄としてアルトリウスを支えるのです」

「はい、ママ」

 嬉しそうにそう近付く幼児を、アリーシャは睨んだ。

「母上――と呼びなさい、サーヴァイン」


 確かに、アリーシャは平等に兄弟を扱った。

 しかし、そこは人の親だ。

 アルトリウスを次期王にするべく、サーヴァインに「補佐」としての考えを刷り込まし続けた。そして、それはこの事実を知る者達、全てが賛成であった為、口出しをしなかった。

 やがて、幼いサーヴァインは自分の存在価値がそれだと疑わぬ確信を得る。


 そして、弟を次期王にする為、努力を始めた。

 それが、大きな不審を生んだ。


 それは、恐らく魔族の血を分けた影響か。

 およそ『天才』などとは表せない程の知力と、武力をサーヴァインは見せ続けた。

 スカタ4世は外にそれが漏れる事を恐れ、サーヴァインを幽閉する。

 そして、先の事実を知る者全ての口を封じた。

 キミィがアポトウシス王国に居た幼少時、戻ってきた7年間でサーヴァインにろくな面識がなかったのは、それが理由だ。


 しかし、サーヴァインは母への愛の誓いを。弟への愛の献身を。己の存在の意味を、決して止めなかった。


 その力は最早、国の資産と言えた。


 やがて、サーヴァインは闇に乗じる仕事を担う様になるのは必然とも言えた。


 キミィ・ハンドレットがその姿を消して、数年後。


 アルトリウスの白騎士襲名と同時に、サーヴァインの存在が全国民に知らされ、彼に黒騎士の称号が与えられた。


 その夜の事であった。


「南の丘に、魔族残党の集落あり」

 その任を受け、彼は単身でそこに攻め入る。


 まるで、草木を刈る様に、次々と残党を駆逐した時。

 美しい女性と出逢った。

 その姿は、まるで人族のそれであったが、彼の中にあるその血潮が語り掛ける。


 ――魔族を殺せ。と。


 だが、身体がその指令を受け入れようとしない

 ――何故だ?

 それに戸惑う漆黒の騎士に、怯えていたその女性も何かを感じ取った。


「貴方は……あの時の坊やなの? 」

 そう――その魔族の残党と共に隠居していたその美しい女性は、サーヴァインの本当の母オリシアであった。


 ――何故……俺を知っている?


「よかった……あの人が約束を守ってくれたのね……こんなに立派になって……」


 ――この魔族は、何を言っている?


「ああ……坊や……私の坊や……1日だって、貴方を忘れた事は無かった」

 立ち尽くす漆黒の鎧騎士に近付くと、オリシアは涙を浮かべ、その無機質な身体を抱いた。

 それは、言葉による真実の語りよりもサーヴァインの胸に焼き付いた。

 流れる同じ血が。

 語り掛けてくるのだ。


「違う」


 その顔を見上げたオリシアの顔から、血の気が引いていき、まるで雪の様な顔色に変わった。

「違う」

 その小さな背に、サーヴァインは短刀を突き付けた。

 決別の為に。

 認められぬ。己の尊厳と――愛する家族が認めてくれる自分を護る為に。


 頭の中を虫の大群が掻き毟っている。

 

 ――よかった。虫が食ってくれる。

 魔族達の躯の山に腰掛けた漆黒の騎士は、赤い月を見上げ高らかに笑った。

 ――要らない記憶は、全部頭の中の虫が喰い尽くしてくれる。

 その、不気味な笑い声は彼の慟哭だったのかもしれない。

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