急襲

 場の全員が暫しその出来事に呆然としていたのを見渡すと、シコクはその気を戻す為に宣言した。


「今、見た通りだ。これが――この答こそが、勇者、キミィ・ハンドレットを信ずる根拠。どうだジューク。どうだ、クリード。人族にも確かに存在する。別族との共存世界、その和平を望む者は」

 最早、反対を意志表示する者など居ない。

 勇者が。

 魔族の世を終焉へと導いた。あの勇者が。

 今度は、こちらの種族を護る為に味方に付くと言うのだ。


「何とも、憐れに惨めな世界よな……」

 クリードはそう呟くと、そこに集まっていた中から魔族の者にのみ視線を合わせ、頷いた。

「良いでしょう――我ら、同盟魔族は……勇者、キミィ・ハンドレットとの共闘を承知致しましょう」


 キミィは、瞳を細め、その言葉を聞く。


 ――もう……引き返せない。それでも……この子の為に……


「バカな……バカな……人族と魔族に絆だと……そんなものが……そんなものが在るのなら……何故……何故、17年前に……それが……」

 シコクはレギドを振り向かせると、瞳を合わせた。


「過去に囚われるな。レギド。

 時間を司るなど、魔王にも……勇者にも出来なかった事。

 だからこそ――生きとし生けるものは、進まねばならない。進むしかない。

 振り下ろした腕は、取り返しはつかない。

 だが。

 振り上げたままの腕ならば。

 何も傷つけずに戻す事が出来る」


 レギドがその言葉に、瞳を落した瞬間だった。


「大変です‼

 国主‼ サファテラの街が‼ 」

 入り口に駆け込んだ武装した魔族が駆け込み、場の空気が一変した。


「何事か‼ 」

 シコクのその声を待たず、彼は報告した。


「黒騎士、白騎士の競合魔族絶滅隊により、甚大な被害が‼ しかも、戦闘部隊はこちらに向け、戦力を移動させている模様です‼ 」

 全員に緊張が走る。


「サファテラには、人型の更なる血統を潜り込ませてはいるが、殆どがわしらに付いておる人族の筈……ここの情報を掴む為に、奴らは自分達と同じ人族を攻撃した。という訳か」

 クリードの言葉はまるで、その罪深さの意味を周囲に認知させるかの様な説明口調である。


「こちらの場所が、特定されたと判断‼ これより、こちらに向かう魔族絶滅隊の先陣を迎え撃つ‼ 全戦士を準備させ‼ 非戦力は、直ちに後奥の屋敷に避難させよ‼ 」


 その場の全員が慌ただしく動き出す。周囲を伺うキミィに、シコクは近づくと胸元のシオンにも瞳を向け言った。


「シオンは、非難させる。そして……キミィ。お前には早速だが戦力としてこの窮地。脱する力になってもらう」

 シオンが、キミィの胸元から顔を挙げると、真っ赤に染まった瞳をシコクに向け、すぐにキミィに心配そうに向き直った。


「心配いらない。今度こそ。すぐに戻る」

 優しい微笑で、キミィはシオンの不安を取り除く。その様子をシコクは見守ると、すぐにジュークに指示を送り、シオンを保護した。

「キミィ様‼ キミィ様‼」

 何か、それに続く言葉を探すが、シオンは俯いてしまい、そのままジュークに手を引かれていく。


「よし、我が部隊は既に集まっているな‼ 行くぞ‼ どの隊よりも、先んじて武勲を挙げるのだ‼ 」

 キミィ達と少し離れた場所。鬼人の男が叫ぶ先には、屈強そうな鬼人属の魔族が数体並んでいた。


 ――次の瞬間だった。


「ストン」


 それは、割れていたあの窓からまるで吸い込まれる様にその場に降り立っていた。

 数秒、そこから、その影が落ちて来た事に、その場に居た者達は気付く事すら出来ない。

 その数秒の一時で。

「なんだと……」

 鬼人の男を含める、数体の鬼人達は、致命傷を負わされていた。


「下がれ‼ 」

 鬼人達の鮮血の雨が、割れた窓から入る雨と重なった一瞬。そう言って、真っ先にその人影に飛び込んだのは、戦闘態勢をとったシコクであった。


 対し人影は、纏っていたローブを投げ捨てると、整ったその輪郭を露わにする。


「……‼ アルス‼ 」


 キミィの驚きと共に、アルトリウスは、首飾りを引き千切ると、前空に手刀を切る様な構えを見せ高らかに咆哮した。


白銀鎧はくぎんがい――喚ッッ装インッッセレイション‼ 」


 瞬間、アルトリウスの身体が眩い光に包まれ、飛び込んだシコクの視界を一瞬にして奪った。


「なにぃっ‼ 」

 直後、その巨躯が遥か後方まで吹き飛ばされ、巨大な十字架の掛かった壁を砕く程の威力でシコクは叩きつけられる。


「シコク‼ 」叫び、その方向へ視線を向けたキミィの背後に彼は降り立った。二人の視線は恰も螺旋構造の様に、複雑に重なり合う。その相手が、変わり果て老い、汚れた姿であっても。

 その相手が、蒼銀の鉄仮面によって隠された表情であっても。


「アルス……」

 その呼びかけに応える様にアルトリウスは、兜を外した。

 黒髪が雨に濡れ、更にその黒を強めて主張する。だが、本当にそれを強く表すのはその奥に光る赤銅の瞳。

「キミィさん」

 何か言葉を交わそうとしたアルトリウスの背後から、ジュークと首無し騎士デュラハンが同時に襲い掛かる。

「止せ‼ アルス‼ 」

 キミィが止めたのは、襲おうとした側ではない。

 それを迎え撃つ――白騎士の反撃を。


「来い……‼ 魔殺の槍セイントグングニル‼ 」


 その言葉の刹那の後……‼


 アジトの天井を破り、轟音と共に、身の丈を遥かに超す巨大な西洋槍ランスがアルトリウスを庇う様に、ジューク達の前に立ちはだかっていた。


「これは……まさか魔殺まさつの槍か……‼ 」

 驚愕する首無し騎士に対し、説明を求める様なジュークに、首無し騎士は、視線をアルトリウスに向けたまま続けた。


「最早、いにしえの歴史と言ってもいい。

 長き魔王の歴史にて、かつて――それは、勇者が生まれる遥か昔。

 人族の或る豪傑が、魔王との一騎打ちにて、それをギリギリまで追い込んだという事実がある。

 その者が使い、そして、あの魔王殿を徹底的に傷つけた武器こそが」


「そう――この魔殺の槍だ

 英傑騎士パラディン、ガラハッドの名の下に……来い‼ 人族を陥れる魔族共‼ 」

 そう言うと、兜を被り、同時に表情を隠す仮面が出現する。


「面白い‼ 名高き御伽噺の骨董品‼ 我がつるぎにて砕いてくれる‼ 」

 その動きをまるで頁を捲る様に――アルトリウスは容易く間合いを詰めた。


「止せ‼ 殺すな‼ 」


 キミィの叫びは、後から届いた。

 その様子を、理解出来ず、ジュークは、何故か熱を感じる己の腹を見る。

「な……んで……俺にまで……届いて……」

 ジュークが、己の腹に魔殺の槍が突き刺さっているのを確認した時、剣を振りかぶっていた首無し騎士は、大きな音を立ててその場に崩れ落ちた。


滅ッッ焼却オーーッッラスッッ‼ 」

 その言葉と同時に、魔殺の槍が燃えるが如く真っ赤に染まり始めていく。

 誰の目にも理解る。これは、死の宣告だ。

「あ……あ……や、止め……て……」ジュークは涙を浮かべた瞳で、それを否定する様に首を横に振るった。


「哀れな‼ 悪ならば、死する時まで悪を貫け‼ 」

 アルトリウスの怒号の後、ジュークは腹から弾けるように爆散した。


 血の雨は、遂に本当の雨を覆い隠す。


 まるで、悲しむ様な瞳を浮かべるキミィを見つめたまま、彼は近づいた。

「なっ⁉ 」

 次の瞬間、キミィが驚いたのは、彼がまるで忠誠を誓うがの如く、その場に片膝を付いたからだ。


「勇者、キミィ・ハンドレット……さん、貴方の罪を――僕は赦しに参りました」

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