裁判

「武器はこちらにお預け下さい」

 アジトの入り口の門番は、狼と人の合わさった様な姿だ。入ろうとすると、それをせき止め、先の言葉をキミィに投げかけた。


「それと……勇者殿には、こちらも装着けて頂きますぞ」

 奥から、年老いた人狼が姿を見せると、キミィの両手に石の腕輪を丁寧に嵌める。


「これは……幻朧石げんろうせき……⁉ 」

 キミィの反応に、老いた人狼は、首を一度縦に振った。

「左様。貴方様には、剣や刀は武器の一つにしか過ぎません。一番恐ろしきは、精霊術ですからね。申し訳ありませんが、これにて精霊力を断絶させて頂きます」


 幻朧石……かつて、精霊使を恐れた人族が製作した、自然エネルギーである精霊力を体内に取り込ませない為の人工物質。


「心配するな。お前の返答次第では、それもすぐに外してやれる」


 それは、つまり、返答次第では外される事は無い。という意味でもある。


 キミィは、葛飾一茶をシコクに差し出した。

 シコクは、一瞬目を細めたが、その理由を悟る。

「よかろう、我が預かる」

「大切な養父の形見だ。丁重に頼む」

 最も、力の高いであろうシコクに唯一の武器を渡す事により、抵抗の意が無い事を伝えたのだ。


 それを受け取ると、シコクはアジトと呼ばれる、歪な形の建物へと歩を進めた。

 先の人狼の門番達もキミィの後ろから続く。どうやら、逃げないか監視しているらしい。


 少し、歩くと、広い場所に着いた。そこでは、幼い更なる血統や、魔族達が武術の稽古をしている。皆、その瞳に純粋なそれだけでは無い。狂気を思わせる色を帯びている。


「彼らの中には、親や、仲間を人族に蹂躙された者も珍しくない」

 シコクが、それを見切った様に、説明を加える。

「こんな、子どもまで……」

「そうだ、皆、必死で闘っているのだ。明日を……

 明日のその遥か先を失わない為に」

 そして、キミィがそこを通ると、全員が手を止め、彼を見た。


 やはり……そこに在るのは憎悪。憎しみの感情だ。


 ――私達が齎したのは、平和ではなく……混沌と、彼らを追いやるものだったのか?

 自問自答に、進む歩の足取りが重くなる。


「さぁ、入れ。ここから先は――口を無暗に開くのは止した方がいいぞ」

 そう言って、シコクが先にその巨大な扉を開き、進んでいった。


 そこは――アポトウシスで見た事の有る『裁きの部屋』に似ていた。いや、恐らくは同義の用途で使われる部屋なのだろう。

 中央に、一つ置かれた椅子を囲む様に、十数人の恐らく、このパレスの上に立つ者と思われる者達が、着席している。

 その瞳は、先のパレスの住人の者とは、文字通り桁が違うものだった。全員が、思わずキミィが身構えてしまいそうな程の闘気を纏っている。

 中には、明らかな殺意をぶつけてくる者も居た。


 ――更なる血統だけではない。鬼人サイクロプス首無し騎士デュラハン……上級魔族もこんなに集まっているとは……


「……レギドが、まだ到着していないのか……仕方が無い奴だな……これより……‼ 勇者キミィ・ハンドレットの裁判を始める‼ 陪審員は、パレスの幹部10体と、我。パレス当国主、シコク=リュウミャッコが、執り行う‼ 異議の有る者は‼ 」

 全員が、静かにシコクを見て、小さく頷く。


「では、まずは……」

 シコクがそう言った時、首無し騎士が、右手に抱えた己の首から言い放った。

「まずも何もない‼ 我ら魔族の世を破壊し、世界を人族という悪魔の手にもたらしたこいつは、重罪人。死刑を要求する‼ 」

 開始直後だった――その言葉を皮切りに、場は熱狂と言っていい程の狂乱の叫びが飛び交う。

 シコクは、腕を組み、その様子を観測する。


「待ってくれ、私へ、恨みがあるなら、その罰を受けるのは構わない。

 だが、私がここに来たのは理由がある。ここの者から、シオンが……私と旅路ではぐれた魔族の女の子が、ここに保護されていると聞いた。頼む。私は、彼女の安全が知りたいだけなんだ。彼女に一目会わせてくれ。そうすれば、君達の言うとおりにする」


 場が一瞬、水を打ったように静まり返った。

 彼が、何を口走ったのか。それは、全く予想も、理解の範疇も逸していないからだ。


「こ、こいつは。な、何を言っている? 」虎と人が混じった更なる血統が、思わず口に出したところで、シコクが続けた。


「本心だ。確かにこの者は、その魔族の子どもの為に、アポトウシスの王と、黒騎士サーヴァインと戦闘を行い、二人を殺害。その後、救出している」


「理解出来ん‼ 何故、人族の味方である勇者が、魔族の子どもを助けるか‼ 」鬼人の男が、椅子を倒し、激しく立ち上がった。


「まさか、そういう趣向者か‼ サキュバス、インキュバスをそうやって利用する変態の人族は、少なくないと聞いたぞ」

 場が、嘲笑と怒号で収集がつかなくなる。


「私語を慎めぇえええ‼ 」

 窓が数枚、パリンパリンと破損した。皆の視線がシコクに移る。


「我の見解を言う」

 割れた窓からパラパラと雨粒が鈴音の様に、耳障りに音を放つ。


「勇者キミィ・ハンドレットは、前パレス国主、バティカ=シュツーデントの蒸発には、関りが無いと判断。キミィ・ハンドレットは無罪とし……」


 全員の毛が逆立ち、目が血走った。


「更に勇者キミィ・ハンドレットを食客として、パレス戦闘部隊、副隊長として迎えいれたいと考えている」

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