act3 覚醒

鬼門石

 朝陽を――つまりは今日を迎えようとする海は、とても静かで、穏やかだ。

 寄せては返す波から、渚が何度も姿を見せ、まるで誘う様で。

 少年のキミィは、呼び出された事も忘れ、その神秘的な、そして少し恐ろしさを感じる景色に目を奪われていた。


「ねぇ、キミィ……本当に行っちゃうの? 」

 その声の先に彼は向き直る。

 自分より頭一つ小さな、その少女はジッとこちらの瞳を見つめていた。


「うん。明日の朝。剣師と一緒に発つよ」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女は寂しそうに「そう」と言って、少し彼に近付き、砂場に腰を降ろす。キミィもそれに倣って、彼女の隣に腰掛けると、そっとその肩に彼女は頬を預けた。


「怖くないの? 魔族達と戦って……魔王を倒すまで、終わらない旅なのよ? 」

 ハッ――と、キミィは彼女に向きなおると、怯える様な悲しむその瞳から、零れる一筋の涙を拭う。


「大丈夫さ。剣師に弟子入りして、4年。俺も強くなった。ほら、アポトウシスから来た時は君より小さかった身長も、今では追い越した。それに……君のお父さん。カイイも一緒だ。それでも、心配なの? 」

 明るく笑う彼の金色の髪が、水平線から僅かに覗いた朝陽にキラキラと照らされる。彼女は涙を堪え、微笑み、首を横に振った。


「お父さんは、心配ないよ。だって、私が小さな頃から、色んな所に戦いに行って、そして帰って来てるもの……でも、貴方は違うわ。まだ、たった13の子ども。そんな貴方に人族の希望の象徴『勇者』を背負わせて、世界の全てを預けるだなんて、余りにも皆、身勝手だわ」

 波の音が、心地よく少女と少年を包み込む。


「ねぇ、エリス……? 俺はさ。

 この世界が好きだよ。

 物心ついた時には、戦争で生まれ故郷も、両親も居なかった俺だけど。

 代わりに、国王が居た。

 剣師が居た。焔の都の皆が居た。

 エリス、エリカにも……逢えた」


 二人の瞳が結びついていく。決して解けない様、強く。強く。


「だから、この世界を守りたい。

 俺が好きな、綺麗なこの世界を守りたい。

 それは、俺が勇者とか、運命とか。そんなものじゃないんだ。

 俺。俺自身の確かな想いなんだよ」


 真直ぐだった。

 言葉も、視線も。その全てが。


 それを、しっかりとその胸で、そして心で受け止めると、エリスは立ち上がった。


「あーあ‼ なんだかなぁ‼ 来た時は、弟みたいな奴だと思ってたのに‼

 こーんな立派な事言われちゃった‼ 」

 朝日に照らされた、彼女の影を追う様に、キミィも立ち上がる。


「キミィ」

 振り返ると、エリスは、自分の首元から、赤い石が飾られた首飾りを外し、キミィに近づく。

 そして、彼の首に手を回すと、その首飾りを後ろで結んだ。

「これは? 」

 キミィがそう尋ねると、エリスは背伸びして互いの額を合わせた。

「封邪の巫女様が代々受け継いでたっていう、鬼門石の首飾り。様々な邪の力から持ち主を守ってくれるって言い伝え有るの。きっとキミィの事も守ってくれるわ。

 でも、それは、焔の都の宝物だから」


 エリスは、口を閉じ、ジッと瞳を合わせる。

「絶対に、返しに帰ってくるのよ? 」

 波の音にたゆとって、二人の鼓動が聞こえそうな程高鳴る。

 僅かな二人の距離が。更に狭まっていく。



「おねーーーーーちゃーーーーーん‼ おにーーーーちゃーーーん‼ どこぉーー⁉ 」


 その声と同時に、二人は互いに背後に飛びのいた。


「あ~~、こんなとこに、いたぁ。おにーちゃーん、ごはんだよ。はやく、おうちにかえろぉ? 」

 そう言うと、その少女はキミィに飛びつき、頬を胸にぐりぐりと押し付けてくる。

 その頭を、優しく撫でると、恐る恐るエリスの方を見た。

 彼女もまた、何とも言い難い表情でキミィを見ていた。

 見下ろすと、その少女はまだ、顔を押し付けている。不意に視界の中に、赤い石が入る。






 その赤い石の首飾りを中心に、世界は――現在いまときへと戻る。



「随分と、大事な物の様だな。あれだけの高さから落ちながらも、それと……」

 上半身は、獅子、しかし体躯は人族に近いそれは、窓の方に視線を向けた。

「あの毛皮のフード、あれも離そうとしなかった」


 その言葉に、その首飾りを見つめていたシオンは寂しそうに眉を下げた。

「はい。とても大事な物だから」

 それを、言い終わって彼女はようやく、自分がそして、目の前の……獣人と言う表現が一番解りやすいだろうか? その者が居るこの状況の不自然さに気付いた。


「そ、そう言えば、あたしは……どうしてここに……そして、何故そこにシコク様が……? ここは? 」

 一度に、3つの質問が口を突く。


 シコク、とシオンに呼ばれたその獣人は、腰掛けていた所から立ち上がると、天井に頭がぶつかりそうな程の巨躯をシオンに近付ける。

「勇者に、無事会えた様で何よりだ……だが……里の者達は残念だったな……」

 それは、どの質問の答えにもなっていなかったが、シコクはその肉食獣と人族が合わさった様な腕をシオンの頭に優しく置くと壊れぬ様、静かに撫でる。


「お前がここの海辺に流れ着いているのを集落の者が見つけたのだ。運の良い娘だよ、全く。その肩に受けた矢傷以外はほぼ無傷なのだからな」

 その言葉を受けて、再度シオンは左肩を見た。そして、あの落ちる間際、漆黒に落ちていく自分を思い出し、背筋を震わせ――が、直後、その直前、瞳に映った人物を思い出し、叫んだ。

「キミィ様‼ シ、シコク様‼ キミィ様は……キミィ様はこちらに居られないのですか⁉ 」その可愛らしい顔が鬼気迫る表情に変わり、シコクに迫った。


「残念だが……ここ……パレスに流れ着いたのは、お前以外には居なかった」

 シコクの獅子を思わせるたてがみを掴んでいたシオンの手が震え、力なく落ちる。

 するとシコクは、シオンの肩を優しく抱いて、ベッドに横にすると、立ち上がり、その大きな背を向けた。

「お前も魔族と言えど、多大なダメージを受けている。休息が必要なのだ。今は何も考えず、ゆっくりと休め」

 そうして、部屋を後にした。




「若‼ 」

 その言葉を空中より放ったのは、今度はコンドルと人が合わさった様な異形の者だった。

「レギド、人族共の動きに何かあったのか? 」

 歩きながら、そう言ったシコクに低空飛行をしながら、レギド。と呼ばれたその異形の者は並び続けた。

「ああ。奴らすんげー武装した兵隊を集めて移動してやがる」

 シコクは、その鋭い眼光を更に高める。

「指揮しているのは、黒騎士か? 」

「驚くな。なんと、白騎士と黒騎士、両方だ」

 シコクの顔に多大な皺が寄る。

 ――どうやら、向こうも我々を本気で滅する気の様だな。


「それと、例の泳がせていた淫魔の小娘。どうだったんだい? 勇者の野郎を見つけたってんだろ? 若、あんた尾行つけてたんだろ? 仕留めたのか? 」

 少し、間を空けると小さく「いいや」とだけ返事をする。


「なんだと‼ 冗談じゃねぇ‼ あの野郎は、協定を結ぼうとして向かった先代を……」


 その、狂気にも似た怒りを、シコクは無表情で受け止めつつ、歩を緩めない。


 ――そう……シオンが先代の長、バティカを訪ねて来た時からこの計画は進んでいた。勇者、キミィ・ハンドレット……先代と共に魔王を倒し、世界に和平を齎した英傑……確かに噂に違わなぬ力――そして……

 握った拳から血が滲む。


 ――シオンを見つめる眼差し。そして、護る為に使用した力。あれは偽りのそれではない。だとしたら……

 シコクは、天をその鋭い眼光で捉える。


 ――やはり……われが直接対峙して見極めねばなるまい……勇者キミィ・ハンドレット……その真意を……‼

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