第四十話…「欲する強さと先を行く者としての背中」


『放てぇーッ!!』

 白い連中の集合体なデカブツが、家やら何やらをお構いなしに壊しながら、封印の杭の方へ足を進め続ける中、その声は、周囲の音という音を押しのけて響き渡る。

 瞬間、ドカンッドカンッ!と耳を塞ぎたくなるような爆発音が、何回も響き渡り、その度に空気を身体が痺れる程に震わせた。

 キーーンという音だけが俺の耳を支配する。

 痛みすら覚えた。

 だがそれ以上に、俺はその光景に目を奪われていた。

 あのデカブツが、見上げる程に大きく、その辺の家々よりもデカい奴が、爆音轟く中、爆炎と共に、その体が吹き飛ばされていく…その光景に…。

 あの白い連中…、今の攻撃で、一体どれだけの数が消し炭になったのかわからねぇ程…、だが相当量の連中を潰したのは確実だ。


---[01]---


「なんだ…何をしやがった」

 魔法か?

 この国にあれだけの魔法を撃てる奴が何人もいるのか?

 アレは、ただ火を付けるだけの魔法じゃねぇ。

 あの爆発は人にぶっ放す事を想定した威力じゃねぇ。

 俺は魔法に関しちゃ、まだまだ毛が数本しか生えてねぇ素人だ。

 だが、魔法を学ぶために齧った…、だからアレを魔法でぶっ放す事の難しさは、素人ながらわかるつもりだ。

「・・・。」

 ただただ重い剣を持つ手に力が入る。

 実際、今のが魔法なのか、そうじゃないのか、ソレはわからねぇ。


---[02]---


 だが、魔法だってんなら、その高みに上りてぇ。

 魔法じゃなく、何かしらの道具の力だってんなら、それが欲しい。


 あの爆炎は、デカブツだけを吹き飛ばした訳じゃねぇみてぇだ。

 デカブツに当たらなかったヤツは、その周りにあった建物も吹き飛ばしやがった。

 おまけに、爆炎だからこそ、火の手が上がって、黒い煙を空に立ち上がらせてやがる。

 だが、あのデカブツを止められるなら、そんなモノは些事…、あってもなくてもどちらでもいい…そんな考えか。

 家なんて建て直せばいいが、あのデカブツが封印の杭に何をしようとしてるのかは知らねぇが、何かをしようとしてんのは確か…、止めるのが優先なのは当然だ。


---[03]---


「・・・」

 四方に吹っ飛んでいった白い連中、まだまだ個としてはやる気満々らしい。

 近くに落ちて来た連中が、動き始めた

 もう1人で、デカブツを相手にする…だのと言えた状況じゃなくなったか。

「チッ…」

 ああ…わかってる…わかってるつもりだ。

 どうやったって、俺だけで止められた訳がねぇ。

 何回も足止めはした。

 1回…2回…、ガキが邪魔に入ってきやがったがその後は無かった…、あのメイドとチビを置いていった後も、何回も転ばしてやった…。

 だがそれだけだ。


---[04]---


 デカブツは個じゃなく多な魔物。

 どんだけ足をぶった切ったって、その部分の白い連中が潰れるだけで、他の連中がソレを補填しやがる。


「クソッ!」


 奥歯を噛み締める。

 結局この程度か…、自分は。

 騎士団に入る前は、自分が最強だとは思わないまでも、そこそこできる人間だと思ってた。

 実際、模擬戦になれば負ける事はなかったし、訓練として王都周辺の魔物狩りに同行すれば、誰よりも多く魔物を狩った。


---[05]---


 自分は強い人間だと自負していた。

 より上に行けると思っていたが…、入団試験に負け、デカいだけで進む事しかしねぇデカブツを食い止める事も出来ねぇ…。

 イライラする。

 自分が思い描いた状況にならねぇ事に腹が立つ。

 俺なら出来る…と信じ切っていた自分自身に呆れかえる。

 そこに怒りが沸いてこない事、口であ~だこ~だと言っておいて、結局、己自身が一番無理だと悟っていた…、その事実にはらわたが煮えくり返る…。

 クソクソクソクソ…。

 俺は弱くねぇ…、弱くねぇ…、弱くねぇ…。

 アイツは…、ガレス・サグエは…アリエス・ガヴリエーレと共闘したとはいえ、ドラゴンを討ち取ったんだろう?


---[06]---


 ふざけんな。

 ドラゴンは最強の生物だ。

 当然個体差だってあるだろうよ。

 だがそれでも最強だ。

 それだけ、すげぇ魔法使いなのかもしれねぇ。

 それだけ、すげぇ騎士なのかもしれねぇ。

 だが、かたや田舎の魔法使い、かたや貴族の血の流れてねぇ貴族モドキ。

 なんでてめぇらがソレを成して…、俺は結果を出せねぇ…。

 自分がやるべき…、自分にだって出来る…なんて事は言うつもりはねぇ…が、その事実に自分が敗者であると突きつけられ、苛立ちを覚える。

「クソッ!」


---[07]---


 負ける事に対しての怒りではない。

 自分にソレができない事実に、燃えるものだった。


 それはまさに八つ当たりだ。

 少しでも、自分には力がある…と、ソレを証明しようとするかのように、迫りくる白い連中に対して、俺は剣をがむしゃらに振り続けた。



『先生ッ!!』

「…ッ!?」

 一瞬だけ、意識が飛んだ。


---[08]---


 シオの声に薄れかけていた意識が、再び目を覚ます。

 頬が焼け、熱い…なんて感覚はとっくに通り過ぎて、痛みが骨の髄まで響き渡る。

 白い奴らの寄せ集めであるドラゴンの、その中心であろう少年を守る様に抱く男と女。

 その両者が、片手ずつ俺の首を絞める。

 自分に襲い掛かる炎に加えて、首を絞められたせいで、意識が飛びかける…、いや、今まさに飛んでいたと言っていい。

「…ぐッ!」

 それでも、俺は少年の手を離す事はなかった。

 声として聞こえてくる訳ではない。

 こうして手を掴んでいるからなのか、おぼろげながら何を思っているのか…ソレを感じるような気がする。


---[09]---


 来るな、触るな、どこかに行け、ほっといてくれ、手から伝わってくるモノは、そのほとんどが俺を拒絶するモノだ。

 だが、その拒絶の言葉の中に、助けを求める声も、同時に聞こえてくる。

 それは決して、俺に向けられたモノではない。

 助けて…、そう叫ぶ子供の声には、必ず父親と母親、そのどちらか…はたまたその両方を呼ぶ声が混じっている。

 声が強くなればなるだけ、炎に対して目を開けていられず、細めた視界の隙間から見えるモノ…少年を抱く白い奴らの手に力が入る様に見えた。

「離さ…ない…。」

 少年からしてみれば、むしろ俺は敵だ。

 この白い男女がどういう存在なのかは知らない…、知らないが、状況からして多分…いや、きっと、この少年の両親だろう。


---[10]---


 少年の過去は知らない、知らないが、ソレは違うだろう…と、オカシイだろう…と…、歯を噛み締める。

 この状況では声を出そうものなら喉が焼けるせいで、少年に言葉を届けるために口を開く事すらできない。

 だが伝えなければ。

 その異質な形を。

 白い奴らは人ではない。

 それはもしかしたら、俺がそう思っているだけかもしれないが、今の俺はそう思っている…そう考えている。

 入団試験の時、この街に奴らが溢れた時、どれも、奴らから人間性を感じなかった。

 感じたのは、魔物魔人のソレ、中でも魔人である腐人のソレに近い。


---[11]---


 何も無い…ただ動くだけのモノ、獣の獲物を狩ろうとする鋭さも無く、野盗達のような殺気もない…、でも人を襲う…、ただ襲う…。

 人と同じ体で、人と同じ暖かさ…温もりを持ち合わせながら、その中には何も無く、その冷たさは腐人のソレと同じ。

 ソレを人と思う事は、俺にはできない。

 同時に、その白い奴ら…その男女を両親と思い、助けを求める少年の姿に、胸を締め付けられた。


 鉱山孤児、その話は聞いた。

 だからこそ、この少年の本当の両親がどうなったかを知らなくても、察する事はできる。


---[12]---


 察したモノが、真実と違ったとしても、大した差なんてないだろう。

 俺が今できる事は、少年にソレは違うぞ…と伝える事、そして少年自身を止める事だけだ。

 この子を止めたとして、白い奴らが止まるとは限らない、だが、少なくとも、このドラゴンモドキを、その体を作る白い奴らを止める事は出来るだろう。


 やらなければいけない。


 でも、お願いだら、最後の手段だけは、とらせないでくれ。

 その涙を溜めながら、怖いものを見たくないがために、ギュッと閉じられた目を開けてくれ。


---[13]---


 その男女を両親と呼ぶのなら、そいつらには何もしないから、止まってくれ。


 口が使えないなら、それ以外の方法で。

 少年の手を掴む自身の手から炎が溢れ出る。

 俺は敵じゃない…と、伝えるための炎。

 熱くはなく、むしろ春の陽光のように暖かい…、そんな炎だ。

「ぐ…。」

 子供を抱く男と女、俺の首を絞める男と女、その2人が、もし…もし…子供の両親だというのなら、自分が今やっている事をちゃんと見ろ。

 それは子供の為か?

 子供が化け物の中心にいる事を許容するのか?


---[14]---


 俺を襲う炎とは別の、俺自身の作る炎が、子供を包み、そしてその男女を包んでいく。

 怖いだろうよ。

 怖かっただろうよ。

 子供を1人置いて、消えなきゃいけない自分に怒りを覚えただろうよ。

 でも、だからって、まだ生きている…未来がある子供を、お前達が抱え込んでなんになる?

 置いていってしまう恐怖は、俺にもわかる…、ジョーゼを1人置いて死ぬような事があったら…、そんな事を考えれば、同じ事を感じるだろう。

 置いていかれる悲しみも、痛い程わかる…。

 俺は乗り越えた…いや、その谷を…山を見ている暇がなかった。


---[15]---


 だから俺自身が、気持ちがわかった所で、どうすればいいかなんて、間違いの無い答えを言える訳じゃないが、それでも、死者が生者の手を引いてその場に引き留める…引きずり戻す事はしちゃいけない。

 それだけはわかる。

 俺は生きている者として、生きている奴の手を引いて行かなきゃいけない…、時には一緒に歩いてやらなきゃいけない…、それか…こういう道があるんだ…と未来への道を教えてやらなきゃいけない。

 なに手前勝手な事を…と思われるかもしれない…言われるかもしれない…、だが、自分の後ろを付いて歩く奴がいるなら、周りの連中に何を言われようと、ソレが俺達大人の成すべき事のはずだ。

 少なくとも俺は、そう信じている。


---[16]---


 そうしてもらったから、前が何も見えなくなった俺に道を示してくれた人たちがいるから…。

 俺もそうあるべきと思っている。

 俺の後ろにだっているんだ。

 自分の命を賭しても守らなきゃいけない娘はいるが、ソレとこれとは話は別…。

 この少年だって…、シアだってそうだ。

 本当の名前は知らない…、それでもその子は生きている…、これからも、その子自身の足で歩いて行かなきゃいけない。

 事情は知らない…、未練があるかもしれない…、それでも、その子を大事だと思うのなら、両親であるお前達が、その子の足を引っ張るんじゃないッ!

 引っ張ったらいけないんだッ!


 言葉にはならない。


---[17]---


 その感情任せ説教を、自分の魔力を通して、手から溢れる炎を通して、目の前の奴らにぶつける。

 相も変わらずその目には何も籠っていない…、だが、変化があった…ように思う。

 口をわずかに開け、何かを言わんとしているかのような表情に変わった…ように思えた。

「…ッ!」

 瞬間、首に掛かっていた圧迫感が薄れる。

 今まで俺の首を絞めていた手が、動いた先、少年の手を掴む俺の手を、何かを訴えるように添えられた。

「…んぐッ!」

 同時に、その光景を見て、今しかないと思った。

 俺は出し惜しみなく、全力でその手を引く。


---[18]---


 ずるずる…と、その体が引き出される感触が、手に伝わってくる。

 いける…、そう頭の中で確証を得ているのに、限界を超えている体は、易々と俺の求める結果をくれやしない。

 少年の体が、半分ほど出た所で、何かが引っ掛かるかのように引き出せなくなった。

 魔力を高めて力を上げる…それすらもままならず、俺は右手を少年へと伸ばす。

 右手は魔力の保護ができない。

 何とか薄い膜のような壁を作って炎を軽減してはいるものの、右手はそれ以外の恩恵が受けられず、前に手を出しただけで激痛が走った。

「…あがッ! ああぁぁーーッ!」

 それでも、手を引っ込める気はなかった。


---[19]---


 右手も少年の手を掴む。

 ベチョ…という感触も気にも止めず、俺は少年の白い連中の集合体から、引き抜くのだった。


 左腕の無い少年、その無くなった腕の代わりに、引き抜かれた穴へ、木々の弦のようなものが絡まる様に繋がり、伸びている。

 だが、そんなモノは後でイイ。

 少年の体は抜けた。

 その弦が少年を引き戻そうとしているようにも見えない。

 ドラゴンモドキの頭部分から、下へと落下する中、ソレを確認し、体全体に浮遊感を帯びながら、俺の意識は薄れていった。


---[20]---


 まだ全てが終わった訳じゃない、寝てはいけない…、そう思いながらも、体は言う事を聞かない。

 体にはまだ魔力が残っている。

 余裕はないが、動けなくなる程の枯渇状態じゃない…。

 じゃあなんだというのか。

 下へ下へ、落下していく感覚が…、視界に映る流れがすごく遅く感じる。

 その感覚を自覚すると同時に、少年の手を掴む右手が、ビリビリッと痺れるような感覚を覚えた。

 その痺れが手を襲う度に、視界もチカチカと、元の状態と暗転を繰り返す。

「・・・な」

 それが何なのか、そんな事はわかる訳もなく、何が起きているのかを考える間も与えられずに、俺の視界は完全に暗転した。


「・・・」


---[21]---


 浮遊感は無くなり、少年の手を掴んでいたはずの手には、何も無い。

 暗転…真っ暗になったように思えた。

 確かに見渡す限りの黒さではあるが、俺自身、自分の姿を視認できる事に、暗い…という事ではないのだと、考えを改める。

 焼けた右手の感覚も、それ以外の肌の焼けた感覚も感じない。

 強いて言うなら、息苦しさを強く感じる程度か…。

 寝起きのモヤモヤ感が頭に残っていて、突然の視界の変化に、夢でも見ているんじゃないかと思える。

 いや、これは思える…んじゃなく、実際に夢を見ているのかもしれない。

 確証はないが…、そう思う。

 もしそうであるなら、早く起きてほしい。


---[22]---


 現実の俺は、絶賛落下中なのだ。

 早くしなければ地面に激突する。

 当たり所が悪ければ、ぽっくりと逝ってしまう…、いや、もしかしたらもう激突しているかもしれない。

 状況が状況だっただけに、悪い方向にしか考えられない。

「・・・」

 ここが何なのか、気にならないと言えば嘘になるが、動く気になれなかった。

 いや、動いちゃいけないとすら感じた。

 もう熱くはなく、暑くもないのに、額からは汗が流れてくる。

 口の中は…元々乾いていたが、ソレが過剰になって舌がどこかに当たる度に痛みを覚えた。


---[23]---


 意味不明な状態に、不安を覚え、視線を泳がせる。

 そして、今まで気づかなかった一点に、俺の眼が釘付けになった。


 俺の見上げる先、そこに金色の眼光が2つ、俺を見下ろしていた。

 遥か高みにあるはずなのに、その両眼事態もかなり大きい。

 大人1人ぐらいなら、軽く収まるんじゃないかと思えるほどの大きさだ。

 その目を視認した瞬間、その全貌が、真っ黒から浮き上がる様に現れた。

 黒き全身、鱗と甲殻に覆われ、人のように腕を組むドラゴン、その背中から生える翼は、七色に輝く。

 壮大な姿に恐怖を覚えつつも、立派で威厳のある姿に、惚れ惚れし、言葉を失った。

 相変わらず何が何だかわからない。

 そんな混乱状態も、言葉を失うのに拍車をかけただろう。


 見下ろしていたドラゴンの両眼が、さらに鋭さを増す。

 その瞬間、右腕に激痛が走るのだった。


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