第12話 新入部員説明会




 井田川高校での一件から数日が経った。その後は特に大きなトラブルに発展する訳でもなく、井田川側も概ね好意的に思っていてくれているそうで、みんなで安堵の息を漏らした。進むべきビジョンもおぼろげながら見えてきて、郷土芸能部は部員募集の案内を出しつつ、落ち着かない日々を過ごしていた。



「うぅぐぐがるうう○△◇✕☆……」

 志穂が机に突っ伏して、なにやら唸っている。


「おはよう、何なんだ?あの猛犬は?」

「おう、悠一ゆういち。登校中からあんな感じだ」

随分ずいぶんとやさぐれているじゃないか。大輝たいき、あれは近付いても大丈夫なのか?」

「……多分ほっといた方が良いと思うぞ」

 見学会が終わってからというもの、志穂しほはすこぶる機嫌が悪い。黒姫くろひめさんとのトラブルも売り言葉に買い言葉だった理由だし、そろそろ機嫌を直して欲しい。


「なあ、志穂……そういえば、お前確か環水公園かんすいこうえんのシュラバ行きたいって言ってたよな? 俺の事で黒姫さんとトラブった感じだし、週末にでも埋め合わせするよ」

少しの間沈黙が続いていたが、突っ伏していた志穂が口を開いた。


「……スコーン」

「えっ?」

「スコーンチョコとシフォンロールで勘弁してやる」

「ふ……二つも食べる気かよ」

「はぁ?!ショコラグランデも追加するわよ!」

「わかったから、ごめん、ごめん。おごるよ、俺に奢らせてください」

「解ればよろしい」

不機嫌な顔からコロッと得意気な表情になった志穂は、今までの事が嘘だったかの様に笑顔を見せた。

(喜んでくれるのなら、まあ……いっか)


「ところで悠一、今日の新入部員説明会どんな感じなん? 」

「ん? まあ新歓の時期を逃した割には、良く集まったんじゃないかな」

募集をかけて一週間が経っていた。入部希望者がそれなりに集まったらしく、オリエンテーションが必要だろうということになったのだ。

「大輝君、関部長、私の方でも三人紹介してあげますよぉ」

「え、ほんと!助かるなぁ。さすが灯里さま!! 」

「灯里、どんな人達なのかな?うちのクラスではないのだろう?」

「ふふぅ、まだ秘密でーす。でもヒントをあげましょう。わたしたは会ったことがあります」

「むむっ!有力な情報のようで、全くヒントになってない!」


 アンタッチャブルな志穂に、何処までも我が道を往く隆、今日も”ほわっほわ”な灯里。そして皆んなを何とかまとめようとする悠一を見て(嗚呼、なんかこういうの久しぶりだな)と思った。なんだかんだで朝の一時ひとときは過ぎ、いつもと変わらない授業風景が広がる。俺は放課後の説明会にどんな人が来てくれるのか、気になって仕方が無かった。


 放課後の郷土芸能部(同好会)の部室。俺は落ち着かない手を持て余し、ソワソワしていた。うん、かなりソワソワ。そんな俺をたしなめるかの様に隆が言った。


「何ソワソワしとるがけ!少しちんと大人しくしとられましてなさい!」

「おい!お前な、富山弁だからって何使っても許されると思うなよ!」

隆の上から目線を意識させるような物言いに、カチンと来て言い返した。しかし、隆の方も引き下がらなかった。

「こんのだらぶちがっ!馬鹿野郎が!富山のもんが富山弁使って何が悪いが! ちよっと、そこにおちんちんかいとかれ正座しなさい!」

「ふぁあ!そんな言葉使ってる奴初めて会ったぞ」

「なら覚えとかれま!何時いつも会話がだんこちんこ互い違いしとるやがいね。ちゃんとしられましなさい

「お前に言われたくないわ!何だよ、その熱い”ちんこ”推しは!わざと使ってるだろ」

(ああ、いくら方言とはいえど、隆からゲスなオーラが漂ってるのは気のせいでは無いよな。お前、女子がドン引きしてるの気づいてないだろ。なんか俺まで巻き添えくらいそうだ)

「なんなら、”アレ”の方も教えてやるちゃよ。お⚫️ん、☆っちこうし……は甲州弁だったの。富山弁には”くじ引き”の事を『つ⚫️ん……』」

「成敗!」

「ごふっ!!」

 そんな”ちんこ教”に入信した信者の暴走に、志穂からの鉄拳制裁が。昇天…… いや、アレは地獄に落ちた類だと思う。ただのむくろになった。塵となれ。

 部室の空気が最高に気まづい感じになって、これどうするんだよ的なタイミングでピンチは続くものである。新入部員の人達が入ってきたのだ。


(俺だったらこんな雰囲気の部活、不審がって逃げちゃうね。速攻で入部取り下げちゃうかも。”ちんこで廃部”…… なんとしても避けたい!)


「し、失礼しまーす」

 入って来たのは大人しそうなポニーテールの女の子だった。キョドキョドして落ち着きがない。思いっきり警戒されてる…… ごめんなさい、変な空気で。


『ようこそ、郷土芸能部へ。じゃあ好きな所に座って下さい』

 悠一と灯里の誘導で、新入部員が席に着いていく。心配を他所にパイプ椅子を並べた部室内がどんどん賑やかになっていった。知った顔もちらほら来てくれて、嬉しくもあり期待で胸がふくらんだ。


『皆さん、我が郷土芸能部に入部してくれてありがとうございます。部長の関 悠一せき ゆういちです。』

 悠一が部長として、簡単な挨拶と創部のいきさつ、目標など必要な情報を説明している。勿論、ことの始まりが小寺澤 麗奈こてらさわ れなに対してリベンジする為に立ち上げたなどとは言えないので、そこらへんは上手く濁した。まあ今はそれだけじゃなくて、”フェスティバル”への出場が俺や悠一達の目標になって来ているのだ。

 

『じゃあ皆さん、自己紹介をしていきましょう。私は副部長をしてます一年A組朝比奈 灯里あさひな あかりです』

 灯里に続いて部長の悠一、俺の後に志穂、隆と当たり障りの無い紹介が進んでいき、いよいよ新入部員達の番となった。俺は書記を買って出て議事録の様な物でも書き留める事にする。最初に入って来た女の子から始まるようだ。

「一年C組の種田 真由美たねだ まゆみです。踊り手希望です。よろしくお願いします」

(C組といえば、隆と同じか)


 ――城華高校は特に進学校という訳ではないが、A組とB組が進学コース、C組とD組がその他のコースに分かれている。これは成績等ではなく、入学時に希望を受けて分けているそうだ。


「同じく一年C組の羽島はしまみのりです」

「同じクラスの飾西 燕しきさい つばめだよ」

「蓮華寺 れんげじ すみれでっす!ここに来たら天下が取れるんだって?踊り子王にオレは成る!!」

「ちょっと、すみれちゃん!変な事言わないの!……すいません、私達も踊り手希望です」

(はい、バカ枠一人確定……っと。ある意味間違ってはいないが…… 灯里が三人に声をかけてくれたようだ。即戦力に成りそうで助かる。どうせ蓮華寺を焚き付けたのは志穂だろうが。羽島は三人のまとめ役なのか。飾西はマスコットだな。踊り子王って何だよ?)



「一年B組、野方 のがた ごう地方じかたが良いです」

(…………やたら香水の匂いしてますけどぉ。パーマがカチッときまって怖そうだな、おい。机の上に出してあるGUCCIの財布パンパンだよ。FENDIのマフラー巻いてるし……これ見よがしなバブリーかっ!)


「チョリーッス!一年の府川 学ふかわ まなぶでっす。マジ、パーリーな部活したいんでよろ〜。あ、D組っす!マジ卍」

(チャラいの来たなぁ。もう疲れた。ドロンしていいですか?)


「二年D組の井手内 健一郎いでうちけんいちろうじゃ。踊りをやりたいんで、頼むわ、ワレ」

(背が高いなぁ!何処の方言?滅茶苦茶怖いんですけど、先輩!)


 少し不安な気持ちになる大輝達。しかし気持ちを入れ替えて進めていかなくてはならない。


「こんにちは〜。二年A組の清水 茉莉花しみず まりかです。よろしくね。あ、みんな!井手内君は、見た目怖いけど優しいお兄さんだからねぇー」

「おう、ワレ!見た目怖いは余計じゃ!ワレ!」

「そんな怖い顔しないの!只でさえ河内弁と伊予弁が悪目立ちしてるのに」


(おおっ!こんな綺麗なお姉さんが毒吐いてるのか?でも良い人そうだな、二年生の顔役ってところか。先輩は清水さんに任せよう、くわばらくわばら……)


「なによぅ〜、超〜怖いんですけど……コホン!、私の名前は三城 花梨みき かりんよ。二年B組で学級委員長をやってるわ。私の事は”花梨さん”てお呼びなさい」

「ミッキーやろ?」

「う!……うるさい!井手内、覚えてなさいよ。あ、あんた達!”ミッキー”なんて呼んだら許さないんだからねっ!」

(つ……ツインテでツンデレだとっ!しかも”つるぺた”な体型で結構カワイイときた。どんだけ設定盛るつもりだ。でもこれは……使える!)


 これは思わぬ収穫だ。自然と笑がこぼれる。残りはあと二人、地方じかた希望だと聞いている。


「いっ……一年びぃ…………Bくみの……白鳥 美羽しらとり みはね…………です。……」

「大輝たいきくん、美羽ちゃんはかなりの人見知りなの。だけどね、胡弓こきゅうの演奏が凄く上手なんだよ」

 灯里が必死でフォローしている。前髪でほとんど顔が隠れてて、表情をうかがい知る事は出来ないが、ちらっと見えた耳先が真っ赤だったので本当なのだろう。真面目そうで期待出来る。

(さて、最後は……ん?、締太鼓しめだいこなんて準備して演奏しようってのか?いいねぇ、即戦力は大歓迎だよ)


「一年D組、マッド・スミスだ。聴いてくれ……」

「えっ?外国人?滅茶苦茶日本人ぽくて、ゴリゴリしてるけど」

「大輝君、人を見た目で判断しちゃ駄目だよぅ。きっとハーフかクォーターさんなんだよ」

「語るのではなく、演奏を聴いて判断しろって事だね。面白いじゃないか」


 オーディエンス?の興奮がどんどん高まっていく。締太鼓をこんなにも格好良くセッティングしている人を見た事が有るだろうか?『これはかなりの腕だ』と悠一が唸うなる。

『マッド・スミス……何処かで?はっ!ま、まさかこの俺が……』隆が動揺を隠しきれずにいる。


そんな地方じかたが我が部に入ってくれるのか。しかも国際化をちゃっかり果たしている。

 マッドが姿勢を正し、大きく息を吐いた……

「聴いてくれ、”KokkirikoこっきりこBUSHI”ぶし!」

(おお、なんかロックぽいな。しかし奏でる音色は伝統的なこっきりこ節を踏襲し、静と動を表現した格式高い演奏に違いな……)


 {タンタタ、タンタタ}


 ん?妙に軽やかな太鼓……


 《コッキリコッノゥー》


 ――魂を込めた太鼓サウンドが炸裂する


「なっ?!」『はぁ?』


 ――すっと目を閉じたマッドが力の限りシャウトした


 《オタケワァー》


「ちょ……」『ザワザワ……』


 ――マッドの心の声(愛してるぜベイベ達!)


 《サンシャクウ!ゴ・ス・ンー!》


「ちょっと待てーい!」『ストーップ!!』

 余りの演奏のぶっ飛びぶりに、マッドを除いたその場の全員がツッコミを入れた。多分、全米も入れた。

 強制的に止められたマッドは不機嫌そうな顔で、こちらの反応を眺めている。

「おい!なんでハイテンポのエイトビート刻んでやがる?」

 周りからの当然の指摘に、表情を和らげたマッドが得意気に答える。

「だからロッケンロゥールゥだろ!ヒャッハー!」


 会場が一体となった。


『うわぁー…… なんか変なのキター!』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る