第56話 老婆の正体

「佳乃、俺が張った結界がもう限界だ! お前の母ちゃんをおぶって脱出するぞ!」

「えっ!? あ……はいっ!」


 庸平の言葉に戸惑いながらも同意した。


 庸平は壁際に横たわる佳乃の母の腕を持ち上げ、首に回す。それを佳乃がサポートするのだが、気を失っている母の身体は想像以上に重い。


 赤鬼がいれば少しは手助けにもなったろうが、彼は既にここにはいない。


 母の両腕と肩をそれぞれが持ち上げ、庸平がその下に入り、母の両腕を庸平の肩に乗せることにようやく成功した。

 

「結界が解けた瞬間に、窓から脱出するぞ!」

「うん、わかった」


 庸平が立ち上がり、佳乃はそれを補助する。

 ふらつきながらも、二人は窓のそばへ歩いて行く。

 途中、ふと何かに気付いたように庸平は立ち止まる。


「あのさ、佳乃の母ちゃんって、けっこう……胸大きいのな」

「……は?」

「ということはさ……おまえも将来はさ……あの……」


 庸平は佳乃をチラチラみながら顔を赤らめていた。

 佳乃が何かを言いかけたその瞬間、結界が解けた。

 結界によって支えられていた落下物が一斉に動き出す。


「今だ、脱出するぞ――!」


 庸平は佳乃の腕を引っ張り、割れた窓ガラスの空間から外へ飛び出した。


 庭の泥濘んだ地面にダイブする覚悟でいたが――白いフサフサがふわんと彼らの体を包み込み、足を地面につけることができた。


「やっと出てきたか主様ぬしさまよ。ずいぶん遅かったではないか!」


 白虎のハリトンボイスの低い声。

 外は雨が止み、星がまばゆいばかりに輝いていた。

 青く幻想的な夜空の下、白虎がやさしい眼差しで2人を見ていた。

 

「戦況はどうだ? もう白い婆さんは正体を現したか?」


 背負った佳乃の母を佳乃に預けながら、庸平は白虎に問いかける。


「うむ……主様の言っていたとおりになっておるぞ。あれを見るがいい」

 

 白虎が指し示すその先は、住宅街の道路。


 そこには体長20メートル級の白蛇がいた。

 胴体の上半分をコブラの様に空中に持ち上げた頭は、2階建て住宅の屋根よりも高い。


 黄龍と黒龍は白蛇の周りを泳ぎながら、交互に攻撃を加えている。

 ときには火を噴き、ときには鋭い牙でかみつこうとする。

 しかし、白蛇には龍の火炎攻撃は全く効果がなかった。

 噛みつき攻撃は多少の効果はみられたが、それでも弾力のある蛇には致命傷とはならない。


「よし、俺らもいくぞ!」


 庸平が白虎に声をかけるが――『ガッ』とその腕を佳乃が掴んだ。


「白虎さん……ちょっと庸平を借りるわよ!」


 そして――


 バチ――――ン!  

 

 夏の夜空に雲が浮かんでいた。

 ここはのどかな山間部の田園地帯の中に作られた住宅地。


 その家々の壁面にビンタの音が乱反射してエコーがかかったように響いた。

 白蛇と2匹の龍の動きが止まり、視線が坂本家の庭に集まっている。

 

「あなたっていう人は……どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からないのよ!」


 佳乃が叫んだ。

 佳乃のビンタを食らった庸平は頬を押さえながら、


「俺はいつでも本気だけど……」


 震える声で答える。


「だ、だってさぁ……佳乃って普段から胸が小さいのを気にしていそうだったからさぁ……それに俺だってどちらかというと……い、いや、どちらかというとだぞ? む、胸は大きい方がいいなぁと思っているしさぁ……」


 佳乃はこめかみを指で押さえ、大きな溜息を吐く。

 百年の恋も冷めるほどの彼のダメッぷりを見せられて頭痛を感じていた。


「おい、我があるじをなぜ攻撃した? 事の次第によっては――」

「そんなの庸平がセクハラ発言をしたからに決まってんじゃないの!」

「ん!? せ、せく、せくは……おい、何と申した?」


 体長5メートルの白虎が佳乃の剣幕に押されている。

 二人と一匹の間に微妙な空気が漂い始めたそのとき、

 

「この大変なときにお主ら何をしておる!?」


 坂本家のフェンスに腰をかけ戦況を見守っていた赤鬼が、甲高い声で言った。


「よし、白虎、突撃するぞ――!」


「お、おう――!」


 庸平は白虎の背中に飛び乗り、2人は白虎の見事なハイジャンプでフェンスをひとっ飛び。白蛇退治へと向かって行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る