第二章 白虎

第17話 昼休みの屋上にて

 赤鬼騒動から1ヶ月が経った――


 赤鬼が降り立ったことによりできた屋上の陥没は防水シートによる応急処置が施され、教室と廊下の窓ガラスは全て新しく張り直された。庸平達が戦った音楽室は手の施しようがなく封鎖されたことを除けば、学校は平常を取り戻していた。


「ああやっぱり屋上は気分がいいわ。ねえ、このまま午後の授業サボっちゃおうか?」


 防水シートに油性ペンで描いた魔法陣の中心で、仰向けに寝転がった坂本佳乃は呟いた。彼女は中二病を患っており、屋上に描いた魔法陣を使って黒魔術の研究に余念がない。


「これ以上厄介ごとを増やすな! 飯食ったら戻るぞ」


 フェンスにもたれ掛かり、握り飯を頬張りながら豊田庸平が言った。

 

「だってさぁ-、豊田があんなに頑張って皆を助けたのに、相変わらずあなたを最弱呼ばわりしているような人達と一緒に居たくないじゃん? 豊田はもっと怒っていいと思うよ。あっ、そう言えばさ――」


 サンドイッチを仰向けになったまま口に入れながら、佳乃は――


「下級生達が私たちのことを何と呼んでいるか……知っている?」

「ん? 知らん。何て言っているんだ?」

「最弱カップルだって!」


 庸平は握り飯がのどにつかえそうになった。

 確かに2人は赤鬼騒動以来、行動を共にすることが増えていた。特に昼休みはこうして2人で屋上で過ごすことが多い。だから噂になってもおかしくはないかも知れない。しかしあくまでも庸平は彼女の黒魔術を監視しているだけ……決して二人は付き合っているわけではないのだ。


 庸平は水筒のお茶で握り飯を流し込み、魔法陣の中心で寝転がっている佳乃を見る。彼女はサンドイッチをもぐもぐと食べ、喉をゴクリと動かして飲み込んだ。


(坂本って、改めて見るとそこそこ可愛いんだよな。ぱっちりと開いた目にすっと通った鼻すじ、笑ったときにできるえくぼも可愛い。全体的に細身だから胸は……今後の成長に期待するとして……問題は性格だよな……)


「えっ? どうかした?」


 庸平の視線に気付いた佳乃が目を合わせる。

 庸平は慌てて視線を逸らし――


「べっ、別に……あっ、そうだ。赤鬼に付けられた腹のマークはもう消えたか?」

「うっ…… 見せないわよ」

「なぜそこで警戒する? もし痕が残っているなら回復呪文を試してやろうかなと思ったんだけど」

「実は赤い痕が少し残っていて……親にも見せられずに困っているの。あっ、でも大丈夫だから気にしないでね」 


 佳乃は魔法陣の真ん中で上体を起こし、お腹付近をガードするような体勢で後ずさりする。そして――

「これ以上セクハラ行為をしたら警察に届け出るからねっ!」

 と念を押した。

「あのさ、坂本は俺のことを誤解しているようだからこの際はっきりと――」

「ふふふ、冗談よ。傷跡はもう諦めたから……」


 そう言って、佳乃はまた仰向けに寝転んだ。

 魔法陣の中心で寝転び、青空を眺めるのが相当気持ちがいいらしい。


「こんな日常もいいな……」


 庸平はそんな佳乃を眺めて思った。


 しかし――


 不幸は突然やってきた。


 佳乃のお腹の周辺が炎のように赤く光り出したのだ。


「おい、坂本! お腹お腹! お腹がぁぁぁー!」

「えっ、なっ、なっ、何なの?」

「お前はそのまま寝ていろ! 俺が何とかしてやる!」


 そう言って仰向けになった佳乃の上に覆い被さり、庸平は――


「きゃぁぁぁぁー! ななな、何すんのよぉぉぉ――!?」


 佳乃のブラウスのボタンを『熱っ、熱っ!』と熱さを堪える仕草をしながら外していく。


「ヘンタイ! やっぱり豊田はヘンタイー!」


 佳乃に付けられたマークから赤い炎が吹き出している。

 一方、佳乃自身にはその炎見えていないし、熱さも感じていない様子だ。 


「お前、熱くないのか?」


 庸平は佳乃のむき出しになったお腹を見下ろしながら尋ねる。

 佳乃は涙目になって睨んでいる。


「……あれ?」


 庸平が身の危険を感じた瞬間――

 上空から空気を切り裂く爆裂音が聞こえ――


 ぐしゃりと、庸平の頭の上に何かがのし掛かってきた。

 衝撃で庸平は佳乃のお腹の上にぐしゃっと顔を埋めた。


「――――ッ!」


 佳乃の怒りが頂点に達し、殴る蹴るの反撃が暫く続いたが、彼は全てを受け入れるしかなかった――


 *****


「よう、ご両人、お久しぶりだのぉ」


 体長30センチメートルのミニサイズの赤鬼が甲高い声で言った。


「ちょっと待ってて赤鬼さん、今このセクハラ男を懲らしめているところだからっ!」

「ふーむ、若造は相当に不幸な運命に下に生まれてきたようだのぉ……まあ、今回は小娘のお腹の上で不幸中の幸いじゃろ。胸だったらクッション不足で顔に怪我をしていただろうからな、フハハハハハハ……」

「はぁー? あんた久しぶりに顔を出したと思ったら、ケンカを売りに来たのー?」   


 庸平によって打ち負かされた赤鬼は、彼の式神になる約束をして一度魔界に戻り、こうして帰ってきた。帰るためには佳乃の魔法陣が必要となるらしい。佳乃の黒魔術もあながちインチキとは言えないようである。


「はぁ、はぁ……で、今日の用件はなに?」


 庸平に対する報復攻撃が一段落し、佳乃が息を切らしながら訊いた。


「用件は2つあるのだが、まずは小娘、お前の腹につけたマーク痕を消してやろうと思ってな。先程そのための呪術を送ったのだが……」

「えっ? 全然気づかなかったけど……」

「そりゃそうだ。魔界から現世に送る呪術は普通の人間には見えんて……そこに倒れている若造には炎が吹き出しているように見えたようだが。見てみろ、きれいさっぱり消えておるだろう?」

「えっ? あっ、ホントだ! きれいになっている。ありがとう赤鬼さん!」

「おっ? おう…… それより若造の介抱をしてやれ! 小娘の蹴りがみぞおちに入り気を失っているようだぞ?」


 赤鬼は自分がゲームと称して死のマークを付けた相手からお礼を言われて戸惑った。

 涙目になって庸平を抱き起こしている佳乃の様子を見ながら、こうやって人間と関わっていく時間も悪くないと思っていた。

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