最弱の陰陽師~いじめられ男がやがて世界最強に!

とら猫の尻尾

第一章 赤鬼

第1話 衝撃

 ここは関東地方の山に囲まれた、山林の中に建つ中学校――


 山水やまみず村立山水やまみず中学校は、各学年1クラス編成、3年生の在籍生徒数は僅か18名。来年度には隣村の中学校との統合が計画されている、小さな学校である。


 関東地方に梅雨入り宣言が発表された6月のある日のこと。

 午後の授業が終わり、いつものように清掃が始まっていた――



「おい最弱! ぼうっと突っ立っていないで俺たちの分までしっかり掃除しろよ!」

「最弱! ゴミ捨てて来いよ!」

「最弱君、それが終わったら流しの掃除もよろしくね」


 清掃活動を押しつけられている豊田庸平とよだようへいは、身長も体格も中学3年生としては平均レベルだが、どちらかと言えば頼りなく華奢な感じがする男である。短くカットした髪の毛はちょっと寝癖がついているが、身なりに関しては気にしていないようだ。二重まぶたの目は、いつも眠そうな表情に見える。全体的にパッとしない男である。


 唯一、彼を特徴付けるもの、それは――


 彼が『最弱』と呼ばれていることである。


 『最弱』とよばれた者は、誰の命令にも逆らうことは許されない。

 それは山水中学校においては、生徒達が学校という楽園を演出するための絶対的なルールになっていた。


 一度貼られたレッテルはそう簡単には剥がれない。

 庸平は素直に従うしかなかった。


 彼が最弱と呼ばれる由縁は些細なきっかけであった。

 昨年の秋、2年生であった年に豊田庸平とよだようへいは山水中へ転入してきた。

 当時の彼が目にしたのは同じクラスの女子、坂本佳乃よしのに対するいじめだった。

 いじめの主犯は当時の3年生を押しのけてボスの座にのし上がった2年生の吉岡。彼は少々太り気味ではあるが身長も高く、太い眉毛に鋭い目付きで他の者を威圧する。そんな彼は坂本佳乃を最弱と呼び、陰湿ないじめを先導していた。


 もともと正義感が強いわけではない庸平だが、自分はそのいじめに荷担することを拒んだ。


 それが山水中学校の絶対的な『ルール』に抵触することになった。


 ボスの吉岡は当然のように庸平を責めた。

 なぜルールを守ろうとしないのか……と。

 庸平は吉岡に反抗した。

 なぜそんなルールを守る必要があるのか……と。


 やがて、最弱の呼称は坂本佳乃から豊田庸平へと付け替えられることとなる。


 翌日から庸平に対する陰湿ないじめが始まった。

 そんな彼にとって最も驚いたのは、自分が救ったはずの坂本佳乃がいじめる側に回ったことだった。


 彼は人生に絶望した。 

 その日から彼は心を無にして学校生活を送ることを決意した。

 柳が風になびくように、誰にも逆らわず日々を過ごそうと……


 彼の唯一の支えは、陰陽道を研究すること。

 母と死別して、都会からこの村の祖父の家に父と共に引っ越してきたとき、祖父から聞いた『豊田家は陰陽師の末裔である』という言葉がきっかけだった。


 彼は三日三晩かけて豊田家の蔵から数冊の本を探し出した。

 その古文書には陰陽道に関わることが記されていた。

 最初こそ全く内容が読み取ることができなかった。

 しかし少しずつ理解できるようになっていく。

 それが彼の喜び。生きる支えとなっている。


 そして現在――

 転校してきてから半年が経ち、彼らは3年生に進級。

 梅雨の季節に入っても庸平に対するいじめは続いていたのだ。

 

 山水村は山林だらけ。

 生徒の家のほとんどは農業で生計を立てている。

 そこには村特有の人間関係が存在する。

 村の秩序を守ることがすべてにおいて優先される暗黙のルールがある。

 ルールは絶対。

 逆らった者は排除する。

 それが村で生きる賢いやりかたなのだ。

 村で生きる中学生の彼らにとって、それはごく当たり前のやりかた。


 だから、豊田庸平はいじめられていた。



 *****



 事件は突然、天災のように空から降ってきた。


 大地を揺るがすほどの轟音――もはや空気の振動と表現すべき轟音が、教室内に響き渡る。

 生徒は半ばパニック状態に陥り、耳を塞ぐ者や机の下に隠れる者が続出する。


 その音は5秒間続き、つぎの瞬間――


 何かが爆発したような音が聞こえ、校舎が激しく揺れた。

 その振動で教室の窓ガラスが木っ端みじんに吹き飛んでいた。


 女子は悲鳴を上げ、その場でうずくまり、男子は身構えた姿勢のまま呆然としている。吹き飛んだ窓ガラスは教室の中央付近まで飛び散り、衝撃の凄まじさを物語っていた。


 豊田庸平は窓に駆け寄って外を見る。

 ガラスがものの見事に吹き飛んだため、皮肉にも校庭やその周辺の見晴らしは良くなっている。

 彼はガス爆発か何かが校舎の外で発生したのではと想像いていたのだが、周辺にその形跡は見当たらなかった。


「い、隕石でも落ちたんだろうか?」

 ガラスの破片で額を切って血を流した男子生徒が言った。


(隕石だとしたら校舎の上か?)

 そう考えた庸平は窓から身を乗り出して、上を見上げた……


「――ッ!?」


 庸平ははすぐに身を引っ込めて、後退する。


 ――屋上から何か黒いモノが身を乗り出すように見ていた――


 彼にはそう見えた。

 確かに『見ていた』と彼は感じたのだ。

 しかも――それと目が合ったのだ。



「最弱……どうした? 何かが見えたのか?」


 庸平の挙動不審な様子に気付いた吉岡が声をかけてきた。

 吉岡は庸平を『最弱』と呼び、イジメに導いている張本人だ。

 しかし、このような緊急事態には頼りになる存在でもある。

 そんな吉岡本人は腕から出血している。

 衝撃音の瞬間、咄嗟に腕で顔をガードしていた結果であろうか。


「――分からない。でも屋上に何かがいる!」


 庸平はそう言い、再び窓から身を乗り出し上を見る。


「…………」


 何もいなかった……


「ちっ、頭でも打ってどうかしちまったのか?」


 庸平と同時に窓から身を乗り出して上を見た吉岡は悪態をつき、庸平を睨んだ。

 余計なことを言ってしまったと、庸平は後悔した。


「みんな、校庭へ避難するぞ! 怪我をしているヤツには手を貸してやれ!」


 吉岡の指示で3年生クラスが動き始める。

 幸いにして動きがとれないほどの重傷者はいないようだ。


 坂本佳乃は親友の長谷川智恵子に肩を貸しながら廊下へ出た。

 佳乃自身はかすり傷程度で済んだが、智恵子は転倒し足をくじいていた。


 廊下には1、2年の生徒達も続々と避難を開始していた。

 途中、避難誘導する先生に出会ったが、先生にもまるで状況が掴めていないようだ。

 仕方なく、何も情報がないまま生徒たちは各々の判断で校庭へ向かうこととなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る