破壊姫の涙

晴日陽気

第1話 理不尽な社会

 耳障りな機械音の鳴り響く工場内で、畏怖を宿す、数多の眼光が光っている。

 ここでもそうか――。

 もはや慣れてしまった状況に、海斗垂れるどころか苦笑していた。腕をぶらんとさせたまま数秒間の瞠目。短く息を吐いた後、無駄な言い訳を述べるまでもなく、淡々とした歩調で出口へ向かった。

 自分にとっての逃げ口はすぐそこにある。それでも、そのわずかな距離がとても長く感じてしまうのは決して錯覚ではない。どんなに無視しようとしたところでひそひそと耳にはいってくるのは、人間以外の存在に投げつけられる、侮蔑の言葉。


 獣人は消えろ――。


 海斗は分厚い鉄扉の前にようやく着くと、赤錆の付いたドアノブをゆっくり回す。早く帰ろう。ここにはもう、自分の居場所はない。


「あ、お疲れ」


 扉の奥に顔見知りがいた為、咄嗟に上擦るような声を出してしまった。

職場で一番仲の良かった、一つ年下の青年。よく焼けた肌に鍛えこまれた体躯を持ち、見るからに好青年の彼とは、口下手な海斗も、比較的早く親しくなれたものだ。


 しばしの沈黙。そして、思う。


 彼との数々の思い出が脳裏を掠め、もしかしたら彼だけは、と海斗は考える。否、望んでしまった。

『今日でここを退職する。今までありがとう』

 それを聞いて、『そうか、頑張れよ』と、そんな返事を貰えるのではないかと、期待してしまった。


 しかし――


 「寄るな獣人……」

 愚かな幻想だった。海斗の期待は、少年の怯えの前に霧散する。

 少年は途端腰を抜かして倒れ、逃げるように距離をとった。まるで化け物を見たかのような恐怖を張り付けた貌。彼の瞳には、目を丸くして唇を噛む海斗の姿が映っている。


 獣人――。

 遺伝子の改変によって作り出された彼らは戦時中、日本の最高軍事力として、国の威信をかけて戦った。しかし、戦争が終焉を迎え、世界各国が不可侵条約を結んだ現在。彼らの存在意義はとうに消え去り、世間は獣人を言葉通りの化け物と認識し、無慈悲な差別を向けている。

 時代が変われば立場も変わる。戦争が終わり彼らを待っていたのは、不平と言う名の平和だった。


 海斗は頭を抱えて地面に縮こまる彼から目を離し、帰るべき場所へとひた戻っていく。

 外の世界は焼けるように熱い。痛いほどの夏の陽光が、今日も海斗の心を抉っていく。

 

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