怪物《フリークス》どもは地獄にて笑う

HiroSAMA

プロローグ

 アッシュはまだ幼い少年であり、ゲリラに参加する兵隊であり、そして魔法使いでもあった。

 迷彩柄の戦闘服で月明かりに照らされたオフィス街を子供の歩幅で歩く。ヘルメットを着装していない小さな頭からは短く刈られた灰色の髪。腰には魔術の施されたコンバットナイフとハンドガンがひとつずつ。

 帰路につくまばらな人々は場違いな少年の姿に好奇を誘われるが、誰もその凶器が本物であるとは思わなかった。

 何故なら、この国では法律で危険な武器の所持が禁じられているからだ。また魔法に至っては一般的には認知すらされていない。


 魔法という概念が世界に流入して多くの月日が流れているが、いまだにそれは秘匿され続けている。

 その理由は各国政府がその強烈な存在を嫌ったのだ。

 魔法で研磨・強化された品々はどれも効果的だが劇的すぎる。特に銃器に施された定着魔術と呼ばれる亜流の技術では、その威力と戦果を跳ね上げさせるほどである。また魔法で精製された麻薬は使用者を確実なリピーターにし、聖人の魂ですら汚染する。魔法の薬品・物品の使用は誰にでもできても、魔法そのものの認識はごく一部の者にしかできないため取り締まりも難しい。それら制御困難で悪質な呪いを社会から隠そうと統治する側が考えるのは当然のことだろう。

 また魔法を行使する側も、技術の秘匿により自らの権益が守られることを歓迎した。

 時に魔法使いの素材集めによる被害が表に現れもするが、それを黙認したほうが社会的にはマシであると判断されているのだ。


 アッシュは街の中央にあるひときわ大きなビルの前に立つと足をとめた。

 出入りしやすい下層には飲食店やコーヒーショップや雑貨屋、ブティックなどが入っている。中層はおそらく企業に貸し出しているのだろう。一見すると上質ではあるが普通のビルにすぎない。だがアッシュの鼻はそこに薄く魔力が漂うのを関知していた。魔法使いの領域を守護する結界が施されているのだ。防衛力よりも関知されなさを優先したものだが、関知されないから気づかれにくく敵を寄せつけない。それでいて魔法効果である人払いは確実に行われていた。

 まるで来客の質を計るためのテストのようだとアッシュは思った。

 同時にそれは施した側の力量の高さをうかがわせる。それでも彼はためらわなかった。ビル周りに巡らされた結界の継ぎ目をみつけるとそこから忍びいる。それとともにアッシュの姿は周囲から見えなくなる。時々彼に視線を送っていた者たちはその様子に驚きはしたが、見間違いだろうと自らの信じる常識に判断をゆだねた。

 人目から解放されるとアッシュは己の身体を巡る魔力をたぎらせる。

 魔法は魔力を糧に効力を発揮し、主にほ乳類の血液に宿りやすい。人類であれば誰しも魔法の素養があるといえるが、その発動には独特のセンスが必要となる。それが希有な能力であることは魔法を秘匿させるのに一役かっている。中には道具に特殊な文字を刻むことでそれらを必要としないやり方もあるが、魔術と分類される亜流技術は「魔法の真似ごと」と、万能たる魔法使いたちからは軽視されがちだ。

 アッシュは魔力が十分に高ぶると自らの魔法を解放した。

 アッシュにとって魔法は技術ではなく体質である。彼の魔法は己を半獣へと変えるものだった。

 迷彩服に包まれた体躯が灰色の獣毛に覆われていく。また大ざっぱに切られた髪の隙間から一対の耳が生えた。それとともに五感と身体能力が劇的に向上する。それは小さいながらも伝説の人狼であった。

 変化を終えたアッシュは向上した膂力で分厚い扉を蹴り破る。そして非常階段を見つけると、最上階を目指して駆けあがりはじめる。

 そこにいる魔法使いに死という名の贈り物を届けるために……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る