第63話


「キミもどちらにつくのかよく考えた方がいい。神々廻紗夜の犠牲を無駄にしないためにもね」



「犠牲……? どういう意味ですか?」


 やっと話が核心に達した。陽來の姉のことを訊きに来たのに、随分余計なことまで聞かされた気がする。

 雲林院先生は倉庫をぐるりと見渡す。



「ここで起きた事件の発端は、神々廻紗夜が一人の男子について私に相談してきたことだよ。なんでもその男子は心臓病で入院していて、余命があと数か月らしい。彼女は〈桜花神和〉を裏切り〈永遠のアニマ・ムンディ〉に与してでも彼を死から救いたかった」



 ちりり、と頭の片隅が痛んだ。

 白いベッド、寄り添う彼女、雑誌、蕾だらけの桜の枝……。記憶の断片がフラッシュバックする。


「しかし、それには絶対に外せない条件があった。彼が自縛霊になっていることだ。魂が成仏してしまったら、私たちにもどうにもできない。自縛霊になるには現世に留まりたいという強い願い、未練が必要だ。ところが、入院中の彼はすっかり自分の死を受け入れていて、このまま死んでしまったら未練なんて残りそうにない。もうここまで言えばわかるかな?」


「……わかんねえよ」


 唸るように言った。わかりたくもなかった。

 紗夜と俺は付き合っていた。紗夜は俺を自縛霊にしたくて、何かは知らないが俺の未練を意図的に作り出させた。俺のせいなのか。俺のせいで紗夜は〈永遠のアニマ・ムンディ〉なんて組織に関わり、失踪したのか。


 苛立つ俺に雲林院先生は、やれやれという表情になる。


「考えた末、彼女は彼の未練を残すために一計を案じることにした。何人かの自縛霊に協力させ、彼女は彼が未練を持ちそうな状況を作り出した。ここで殺された彼は無事に自縛霊になり、彼女の目論見は成功した」

「それなら、彼女は今どこに……」

「死んだよ」


「ウソですっ!!」


 倉庫の後方。いきなり跳び箱の陰から陽來が立ち上がり、俺は頭を抱えたくなった。


「陽來っち?」


 片眉を上げただけで驚きを表した雲林院先生は次いで俺を見遣る。俺の気まずそうな顔を見て悟ったのか、「そういうことね」とだけ言って表情を緩めた。


 雲林院先生が紗夜を攫ったのだとしたら。身内の陽來ではなく俺になら真実を話してくれるのではないか。そう思って陽來を倉庫の奥に隠れているよう指示したのだが、陽來の性格を考慮できていない作戦だったようだ。


 奥から出てきた陽來は雲林院先生へ詰め寄る。


「お姉ちゃんが死んだなんてウソですよね、先生。だって、手紙には命が惜しければって書いてたじゃないですか!」

「うーん、陽來っち、とりあえず落ち着こうか。手紙に書いたことはデタラメだよ。私は紗夜の命を握ってもいないし、行方も知らないよ」

「そんな! じゃあ、なんであんなこと……!」

「陽來っちなら、ああ書けば増幅器を死神に渡すようなことはしないと思ったからね」


 困惑顔の雲林院先生を俺は睨みつけた。


「先生の目的は、陽來の増幅器ですか」

「そうだよ。本当は陽來っちに信頼されてるキミを仲間に引き込んで、キミに持ってきてもらう予定だったんだけど、陽來っちに全部聞かれていたんじゃ仕方ないね」


 言いながら雲林院先生は白衣のポケットから漆黒の紐を取り出した。それは死神が持つものと同じに見えた。


「少々手荒な方法になるけど勘弁してくれよ」

 ライターの火によって紐が燃えたと思った瞬間、煙幕のような黒い靄によって俺の視界は覆われていた。姫条たちが持つ霊装武器と同質の闇。


「先生! 何を……!」

「何ですか、これ!? 見えない……!」


 視覚を失ったのは陽來も同じだったようだ。真っ暗な闇に慌てふためく俺たちへ雲林院先生の声が響く。


「陽來っちはどうする? 大人しく増幅器を渡して〈永遠のアニマ・ムンディ〉に来る気はない? 幽霊を消すんじゃなくて、生き返らせてみる気はないの?」

「そんなのありえません!」

「頑固だねえ。でも、真実を知ってもまだそう言い切れるかな」


 びくり、と俺は身体を跳ね上げた。


 だが、真実を暴露されるんじゃないか、と恐れた俺の耳に聞こえてきたのはシャッターを動かすガラガラという音だった。同時に視界が晴れていく。



 西日が倉庫に射し込んでくる。雲林院先生の背後で開いたシャッター。オレンジの太陽を背に立つのはジャージに身を包む運動部と思しき生徒たちだった。その数はすぐには数えきれない。彼らの身体には一様に闇が纏わりついているようだった。

 黒い軍勢を従えた指揮官のように雲林院先生は言う。



「あの子を捕まえなさい」


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