第41話

「ハルー、見て見てー」



 放課後の理科準備室でぼーっとしていると、窓からマユリが侵入してきた。人魚が泳ぐように渦を描き机の上に躍り出たマユリは、黒いふわふわしたものを投げつけてくる。


「どう? それ、最っ高の戦利品じゃない?」

「なんだこれ」


 受け取ってみると、毛の塊だった。それは薄く延ばされていて……。


「ん? 校長のヅラ」

「返して来い!」


 マユリに投げつけ返す。マユリはヅラをひょいとキャッチすると、人体模型の頭に乗せた。


「絶対怪しいと思ってたんだよねー。一回触ってみたら触れられる部分があるわけ。ほら、地毛だったら、あたしたち触れないはずじゃん? これは間違いないと思って風が吹いたときにそっと取ってきた」


 ふふふ、とマユリがさも可笑しそうに笑いを零す。

 相変わらずである。死神がいるから学校には近付かなくなるのでは、と思っていたが、それは杞憂だったようだ。



「そういえばハル、陽來ちゃんと何かあったの?」



 人体模型を満足げに眺めていたマユリが、くるっと首を回した。


「……何でそう思うんだよ」

「だって陽來ちゃん、ここ数日、来てないじゃん」

「俺たちみたいに暇人じゃないんだろ」

「それに、陽來ちゃんに廊下で声かけたら微妙な反応されちゃった。どうしてかな?」

「知るかよ」


 ちょろちょろと目の前で動くマユリから顔を背けて言う。

 と、沈黙が降りた。逡巡しているような間。


「……ハル、あのさ……」

「ん?」


 目だけを向けると、マユリは床に足を着けていた。俯き加減の頭が揺れる。


「……返事、くれないの?」

「返事? してるだろうが」

「今じゃないよ! そうじゃなくて……告白の、返事」


 言われて俺は「ああ」と気の抜けた声を洩らしていた。告白の後にいろいろありすぎたせいで、そこまで頭が回っていなかった。というか、そもそも……



「返事っているのか?」



 瞬間、マユリの身体が電気を流されたみたいに跳ねた。前髪に半分隠された顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「おい、大丈夫か? おまえ、顔、真っ赤……」

「バカっ! ハルのわからず屋っ! 死んじゃえばいいんだ!」


 ビーカーが飛んでくる。咄嗟に避けてしまい、しまったと思ったが遅かった。

 ガラス製のビーカーは戸棚に当たって見事に粉砕する。派手な音と共に。


「マユリ! おまえ、何して……!」


 音を聞きつけた教師が来やしないかと慌てた俺は、マユリを見て瞠目した。

 立ち尽くした少女は妙に据わった瞳で俺を見つめていた。



「あたしが陽來ちゃんだったらよかったのに」



その声音は怨嗟にも似た重苦しいもので。

息を呑んだ俺にそれ以上言うことなく、マユリは背を向けた。そのまま壁をすり抜けていく。


 俺にはかける言葉も見当たらなかった。



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