第16話


 世界中の時が止まったかのように思われた。




 瞠目したまま動きを止めたマユリ。

 達成感に息を呑んだ陽來。

 足元が崩れるような衝撃に襲われた俺。



 何も視えないサッカー部員たちだけが土埃をあげて校庭を何事もなく駆けていく。ざああ、と桜の木々がざわめく音と部員たちの声が遠ざかっていき、




「……………………………あら?」



 一番最初に声を発したのはマユリだった。

 左半分だけ前髪で隠れた顔がゆっくりと左、右、と首の体操でもしているかのように動く。


「マ、マユリ……?」


 俺がゆっくり近付くと、マユリは銃弾に穿たれたはずの額を手でごしごしと擦るような仕草をして、



「はっはっはー、ほらみろ、ざまあみろ! ヒロインは無敵なのさあっ! 思い知ったか、脇役めっ!」


 高らかに勝ち鬨を上げた。


「そ、そんな、銃が効かない……!?」


 顔色を失った陽來がもう一度、銃をマユリへ向ける。

 パン、パン、と銃声が響き、マユリの身体に銃弾が吸い込まれていった。


 けれど、マユリは何らダメージを負う気配がない。虚空を滑るように駆け、空中でスカートをはためかせながら一回転。華麗なアクロバティック飛行を披露すると、勝ち誇った笑みを浮かべた。


「無駄無駄無駄無駄ぁ――っ! そんな銃じゃ完全無敵のあたしは倒せないわよ!ふはは、甘かったわね! あたしとハルのトキメキラブキュンスクールライフに割り込んできた罪は重いんだから!」


 トキメキラブキュンスクールライフって、何だ?


 叫んで高度を落としたマユリは校庭の端に置いてあったライン引きの蓋を開けた。そこに手を突っ込み、両手いっぱいの石灰を取り出す。



「さあ、今度はあたしの番よ! 邪魔者は石灰にまみれて消えてしまいなさい!」

「いやあああああぁぁぁぁあああ――――!!」



 石灰を抱えたまま鷹のように空中から迫るマユリと、銃を握り締めたまま脱兎のごとく逃げ出す陽來。


 もう俺が口を挟む余地はない。


「こらっ! 逃げるな! 大人しくヒロインの制裁を受けなさい!」

「なんで、なんで、なんで銃が効かないのよお……!」


 涙目になりながら校庭を駆ける陽來。その前に唐突に女子生徒が立ちはだかった。


 腰まであるストレートの黒髪。とんでもない美少女のはずなのにどこか恐い感じがするのは、研ぎ澄まされたナイフのような鋭さを帯びた瞳のせいか、一欠片の笑みも浮かべていない表情のせいか。

 だが、俺はその容姿よりも、彼女の持っているものに目が引きつけられていた。


 いきなり現れた女子に陽來が驚いて立ち止まる。と、女子生徒は腕を真っ直ぐ持ち上げた。

 その手にあったのは、横三メートルはある巨大な漆黒のクロスボウ。


「――それは、その子にまだ未練があるから」


 女子生徒がマユリに矢を向けた。

 ヒュン。


「きゃうっ!」


 知らない女子(しかも武器持ち)の登場に中空で動きを止めていたマユリが、飛来する矢に驚いて身体を竦める。その拍子に手の中にあった石灰がバサッと落ちた。

 女子生徒は腕を下ろすと、呆然としている陽來、マユリ、それから俺を順番に睥睨してから、不機嫌そうに顔を歪ませた。


「どういうこと? ここに私以外の死神がいるなんて報告は受けていないんだけど」

「あの、あなたは……?」


 陽來が俺たち三人の疑問を代表して訊く。

 女子生徒は右腕にあったクロスボウを腕の一振りで消すと、つまらない映画のタイトルでも言うみたいに言い捨てた。



「死神コード〇一〇一二。〈桜花神和(おうかかんなぎ)〉に所属する死神よ」


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