20話 暗黒機霊 (テル)

 プジの機霊光はすさまじい出力だった。

 勝手に出てきた光体翼が、俺がシュミ全開でひっつけた竜翼をすっかり焼いて、どろどろにしちまった。

 その翼は高速で羽ばたきながらさらに広がってどす黒い竜の翼に変化した。俺がつけたのより、もっと骨格が複雑で筋がいっぱい。膜の部分が暗い紫色に光り、燃える街に大きな影を落としてる。


「でけえ! アホウドリサイズのミッくんの比じゃねえ。俺の体とまったく合ってねえ!」


 目をまん丸くして叫ぶ間に――俺は輝くアルゲントラウムのまん前に迫ってた。

 えっと思った瞬間、左肩に出てる黒髪おかっぱの少女が、どっと両手をつき出して。


「おいまてちょっと!」


 輝く太陽にどんと波動を飛ばした。巨大な暗黒球が太陽を包み込む。まぶしすぎてよく見えなくなってた皇帝機の中央が、紫色の光を通してあらわになる。

 アムルは、泣きじゃくる金髪の女の子を抱いてかばってるような格好をしてた。

 意識はなんとかあるみたいだけど、ぼたぼた額から腕から血を流してる。


「なんてこった! アムル、大丈夫か?!」


 ふっ飛ばされた衝撃で相当ダメージを食らってる。体を覆ってる光の鎧のおかげで、かろうじて手足はばらばらになってないって感じだ。もうろうとして、きっと俺の声は聞こえてない。

 金髪の女の子がなんか叫んでる。包み込むようにかばってる体勢のアムルにすがって……


『请出! 黑球!』


 おかっぱ少女の怒鳴り声が俺の耳をつんざいた。俺の頭上にまたでかい暗黒球が出現する。直後、そこにずどおと、ぶっとい光弾が直撃した。敵弾だ!

 身を縮めて頭を抱える俺の頭上で、暗黒球は盾のように広がり光弾を天に向かってはじいた。

 と思ったら。


突撃トゥー・チー!』 

「ちょ……ちょっとまて! まてーっ!!」


 次の瞬間にはもう、どでかい竜翼は目にも留まらぬ速さで飛んでいて、  


芭蕉扇バージャオ・シャン!!』


 横一列に並んだ敵の、一番はじっこの奴を紫色の閃光で吹き飛ばしてた――


「は、速すぎる!」


 なんてこった、頭抱えてる一瞬のうちに!?

 あ、敵の列が乱れた、アムルを狙ってた天使どもが散開、あっという間に俺たちの周囲をかこむ、相手がすげえ近い、全身超合金の戦闘装甲、左手に双頭の鷲紋の盾がくっきり見える、これみたことある、エルドラシアの帝国紋だ、天使たちの翼は白銀骨格、両翼の関節部に、蒼くてでっかい宝石装填されてる、ものすごくエネルギーが貯めこまれてそうな鉱石結晶、なんだあれ! うあ! 光弾の発射核か! 目の前の奴がけん制弾を一発ぼん、俺の竜翼、なんなくそいつをはばたきひとつで天にむかってはじく、うああ!! 速すぎて目で追うのもう無理! 

 しんどいちくしょう!!


――「何者か!」


 怒鳴ってくる天使、すぐ目の前、天使の左肩に奴らの機霊体、すげえ神々しい、島都市の端末網にお邪魔したとき、よくお目にかかるエルドラシア帝国軍の宣伝広告、帝国民向けのもん、そのイメージ画像とそっくり、羽がついた兜、鉄鎧に長い腰布、手には槍のごとき武器、長いストレートの黄金の髪……


――「識別信号が出ておらぬぞ、黒い機霊!」


 息が苦しい、返事でき……ねえ……! ぎゅんと羽ばたいて迫る天使、ごつい装甲、でも顔が外に出てる、碧眼のすんごい綺麗なお姉さん!


「我こそは、大機霊剣の咆哮スクルカルドを駆りし者! エルドラシア皇帝親衛隊第三師団曹長、アーデルハイド・フォン・アウネリアなり! 信号を出さず参戦するとは国際法に反する! どこの国家の者か名乗れ! 島都市連盟に訴えてやる!」


 拡声マイクかなんかひっつけてる? 皇帝親衛隊? ミッくん、筆頭騎士団の騎士っていってなかったか? 何で所属名がちがう? あ、まさかトップの奴が変わったから、内部も変わったってのか?新皇帝ってのはいったいどんだけ――


龍之息ロンチー・シー!!』

「ぅぁぁぁぁあああああっ」


 俺の機霊またぞろすげえ速度で超反応、目前に迫る金髪お姉さんに手を突き出した、細っこい紫の光弾が放射される俺の翼、そいつが見事に天使の白銀の翼の青い結晶を貫く、銀骨格の翼を砕く、被弾した天使の戦乙女がザッとかき消される、


――「何奴! 卑怯な!」「おのれ、問答無用で交戦開始するっ!」


 慌てて後方に退く天使、猛り立つ左右の天使二騎、光弾バスバス!


反射翼フャンシー・イー!』


 俺の機霊目の前にでっかい結界展開、着弾音ばりばり、そこかしこに放電、光弾反射される、それが天使どもの翼を次々砕く……


「がはっ……!」


 むり……ついてけねえ、苦しい、死ぬこれ……!

 俺がひと呼吸する間にどんだけ動くんだこいつ!

 一体何体ふっ飛ばしたんだ、ああ、また一体飛んだ、すげえ勢いで天使が街外れに――

 

「うぐ……! うがぁ?!」


 耐えきれずにうつむいて胃の中のものぶっ吐いたら、なんか首がつっぱった。首に違和感?

 え? なんだこれ機霊機から変な触手が出てる! く、首筋にぶっ刺さってる?! ちょ……なんだこれ金属チューブ?! 俺こんなの作ってない・・・・・ぞ?! まさかプジが自分で金属片瞬時に編み上げたってのか!?


「ぷ、ぷ……ぷじっ! これなん……」


 おかっぱ少女はぎりぎり飛び交う天使を睨んでる。気づいてないのか? 夢中でわかんないのか? やめろおい、なんだこの触手どくんどくんってなんか吸い上げ……こ、これもしかして俺の血吸ってんのか?! 

 待てこれじゃ融合型と変わんな……あ、また天使がふっとんだ……お……


「落ち着けプジ――!!」


 ふるえる手でなんとか、触手を、ぶっこ抜けた。とたんおかっぱ少女がびくんとひどくわなないて。

 ハッと驚いた顔で俺を見た。


『て、る?』


 あ。俺の名前呼んだ。と、止まった? 速いの止まったか? よ、よかった。 

 竜の翼が、縮んでく。すげえ、あっというまにじわじわ、アホウドリぐらいに……。

 

『テル? テル?! い、いやあ! どうしたのテル!!』


 や、やっぱり自覚してなかったんだなこれ。マジで暴走? あ、あは。おかっぱ少女、み、ミニスカートじゃん。よくみたら耳、猫じゃね? あは、猫耳だよ。へ、へへ。かわいいじゃん。やっぱ猫だよ。猫なんだ。

 ああ……タマ……


『テルー!!』



 


 雨が降ってる。しとしと水の雨じゃない。

 ぎとぎと、真っ赤な火の雨。コウヨウの街の地下遺跡の入り口から噴き出してる、まっかな炎。

 黒い道路をどろどろ溶かしてる。なんて高温なんだ。道路のところどころが、黒い水溜りじゃないか。ものすごい数の人が集まって、わめきながら、消火器やら銃やら抱えて。みんなでいっせいに燃え盛る入り口にいるものに……


『タマ! タマああああ!!』


 泣き叫んでるのは、俺。ちっちゃいころの俺。

 

『離れろテル!!』


 泣きじゃくる俺を、真っ赤な地下入り口からずるずる引き離してんのは……


『やだあ!! はなしてよおハル兄! タマが! タマがああ!』

『ばか! あれはもうタマじゃねえよ!』


 ああ、そうだ。タマは見つかったんだ。でもすっかり変わってた。

 どっかの狂った技術屋が、俺の猫にいたずらしたんだ。背中に変なバクテリア金属植えつけて。

 機霊みたいな翼のついた化けもんにして。地下遺跡Bに放しやがったんだ……

 猫の化けものが出るって噂を聞いて、まさかと思ってハル兄と一緒に地下遺跡にもぐったら。

 

『タマだよお! あれ、俺のタマだああっ』

『テルだめだ! ギルドのやつらが排除作業始めた。あきらめろ!』


 まじでそいつは俺の猫で、ゴロゴロのど鳴らして飛んできたんだ。

 ほんとだよ。体は化けものにされたのに、脳みそは改造されてなかった。ちゃんとタマのままだった。なのに大人たちが……


『モンスター狩りだ!』『ひゃっはー!』

『歯ごたえねえなぁ』『そりゃあ、ほんものの遺跡獣に比べればなぁ。あはは』


 やめろよちくしょう。俺の猫になにすんだよ。撃つなよちくしょう。


『あれ、だいぶ人間を食ったってな』『ドラゴギルドの若頭が、腕食いちぎられたってよ』

『はは、馬鹿だなぁ』『お、おいなんか吐いてきたぞ』

『うあ? 火炎ブレス?!』『うあああ!』『ぎゃああー!』


 タマは強かった。狂った技術屋は洒落にならない改造をほどこしてた。

 地下遺跡は丸こげ。狩人もたくさん丸こげ。多くのギルドハンターが、入り口まで命からがら退避した。

 正直ざまみろって思った。あいつらが焼かれたのは、面白がってタマをいじめたからだ。

 逃げるタマを追い詰めて、バスバス銃で撃ったからだ。

 

『いい気味だちくしょう!! みんな焼かれちゃえ!!』


 ちっさい俺は叫んでた。火を吐くタマを入り口で必死に食い止める大人たちに、怒り心頭で怒鳴ってた。

 

『みんな、みんな焼かれちゃえ! 死んじまえ!!』

『バカテル! だまれこら!』

――『テル!』


 ハル兄が必死に抑えても暴れる俺を。


『なんてことをいうんじゃ!』


 駆けつけてきたじっちゃんがバキリと、殴り飛ばした。

 生まれてはじめての。鉄拳……。

 

『そんなことは言ってはならん。たとえどんなに極悪で邪悪な奴に対してもじゃ。命あるものに、言ってはならん!』


 あのバキリは。まじで痛かった。じっちゃんの真剣な目も、ものすごくこわかった。


『命はかけがえのないもの。なにより尊く大切なものじゃ。それを軽んじることは、罵るなんぞは、決してしてはならん! 命をないがしろにすれば、おまえもタマを化け物にしたやつとおんなじじゃ!』

 

 俺はふるえあがって泣きじゃくった。悔しくて。哀しくて。タマがかわいそうで。

 どうしよう。タマはもうたくさんの命をとっちゃったんだ。大事な命をとっちゃったんだ。

 退治されるのは仕方ないってのか?

 ああなったのは、タマのせいじゃないのに……!

 

『テル。わしらは飼い主として、タマに引導を渡してやらねばならんよ』

『そんな……やだ! やだよおじっちゃん! うああああん!』

『泣くなテル。タマは大丈夫じゃ。タマは人の命をとった罪は償わねばならんが、大丈夫じゃ』


 じっちゃん。じっちゃんの手はあったかかった。俺の頭に乗っけられた手。ものすごく、あったかかった。

 


『大丈夫じゃ』





『いやあっ! 起きて! テル!』

「う……おかっぱ……ぷじ?」 

『ごめんね! ごめんね! あたしカッとなっちゃって。よかった目を開けてくれて。よかっ……きゃああ! 吐かないで!』

 

 黒髪のおかっぱ少女が、心配げに俺の顔をうかがってる。紫の光が、目を覚ました俺を包む。なんかアムルが身につけてた光の鎧みたいなのになった。色は紫色だけど、しっかり鎧だ。


『ごめんね。結界と保護鎧つけるのすっかり忘れてたわ。これで音速飛行も耐えられるはずよ。言語も今の共通語に修正したから。ほんとにごめんなさい!』


 怒りに我を忘れてやっちまったってか。血を吸われたのはびびったけど、あれ、音速で飛んでたのかよ。しかも結界なしで? 死ぬってそれ。まじ死ぬわ。気持ち悪すぎてまだまともに声が出せねえ……。

 

『テル、もう少し辛抱して。あと三機よ!』


 うわ、さっきと同じ速さで飛びだした? まてプジ、おまえまだ全然落ち着いてないんじゃ……

 ごうごう燃えて倒れる黒ビルの上を、俺たちはぎゅんとひとっ飛び。すげえ速さ。

 でも結界と鎧のおかげで、あんまりしんどくなくなった。呼吸がすごく楽だ。

 

芭蕉扇バージャオ・シャン!

 

 翼が小さくなったせいで、攻撃の威力は半減したみたいだけど。それでも紫色の羽ばたきの光は、すさまじい威力。光弾を撃ってくる天使が、紫の光に巻かれて吹き飛ばされる。ばきりと、銀骨格が折れる音があたりに鳴り響く。


『あと二機よ!』


 獲物を追ってはばたく竜翼。楽になった俺はようやくのこと、後ろを振り返る余裕ができた。

 暗黒球はアルゲントラウムの光をおさえきれなかったようだ。暗い煙のような球はあとかたもなく、輝く太陽はゆっくり西の方に流れていってる。幸いにしてもうほとんど街を出かけてるが、大地はその軌道に沿ってずぶずぶ切り裂かれてる。赤い大地ユミルが、すさまじい悲鳴をあげてる…… 

 べきりと、すぐそばで破砕音がした。ハッと前を向けば光の槍を投げつけようとしていた天使が、おかっぱ少女が放った暗黒球を腹部に喰らっていた。

 悲鳴をあげ、きれいな顔だちの天使が鎧を散らして墜ちていく。ごうごう焼けて爆煙を上げてる、コウヨウの街に。ああ、こんだけの高度だったら、きっと助からないだろう……。 


『あと一機!』


 おかっぱ少女がしゅんと上を向く。

 俺の血を喰らったにしても、プジの出力は普通じゃない。

 相手は皇帝親衛隊って名乗ったよな? エルドラシアの一番強い騎士、なんだよな?

 なのにプジはいとも簡単に……最後の一機にみるみる迫った。 

 相手はもう逃げ腰だ。何枚も結界を張って後退してる。容赦なく近づく俺たちの頭上にまた、暗黒球が現れる――


『あ――』


 そいつが天使に向かって飛び出す寸前。おかっぱ少女の姿が大きく揺れた。

 ざざざとノイズが入って半透明に薄れる。

 

「プジ!!」


 これ! まさか燃料切れか? 俺の血のパワー、ここまでか! やばい、光体翼がどんどん縮んでる! 浮力が……!

 俺たちのパワーダウンを察知した敵が、逃げの体勢から一転、攻勢に変わった。

 やばい、こっちに飛んでくる。結界だけではじけるか? うわ、結界も薄れてきた! まじでやばい!

 装甲天使が目前に迫っ……


白銀の、剣シルバースォード――!』

 

 あ! うわあああ、天の助けだ……!!

 青白い機霊光を放つアホウドリサイズの機霊が、俺たちの前にザッと現れて。

 

「うっりゃあああああ! 砕けなさいー!」


 俺の目の前で、真っ赤なさらら髪がかっこよくたなびいた。ピンクのワンピースから、ピンクのガーターをのぞかせながら。

 そうして最後の天使の翼が、白銀色の光の剣にぶったぎられた。こいつらが断罪した、燃え盛るコウヨウの街の真上で。

 



「さすがっす! ロッテさんほんとさすがっす! 助かりましたっ!」


 俺と元に戻ったプジは、赤毛の人が機霊に展開させた青白い結界網の中に入れられて、郊外へ運ばれた。プジはちょっと疲れてしなびてる。大丈夫だろうか。

 俺たちが目指すは、ふらふら流れて街から出ようとしているアルゲンドラウム。

 夜に昇った太陽の光量はまったく落ちない。おかげで下はひどいことになってる。街は盛大に燃えさかり、大地はどんどん裂けている。どこまで斬れていくんだろう。

 光の筋を避けて、人々が街の外へ逃げてる。徒歩と乗り物が入り乱れるその群れは、まるでざわざわ広がる影のようだ。やっぱり怪我人は、ものすごく多そう。速度はとろとろの大渋滞。

 

「メイ姉さん!」


 その避難の波の中に運よく、流線型のごっつかっこいいメケメケを見つけた。ショージの会社の新車だ。中にメガネかけたお姉さんが乗ってる。あれ? 運転してるのメイ姉さんじゃないや。

 運転席にいるのは……ショージ! あいつ、メイ姉さんを助けたのか。二枚目ショージ、すっかり王子さまだ。いいなぁ。ああでも、二人とも無事でよかったよ。

 なんだかうらやましい雰囲気の新車のかなり後ろを見て、俺はさらに安堵した。

 どつどつのろのろ進んでる黄色いメケメケ。あれ、じっちゃんのだ! 四人以上楽に乗れるそれには、中にも上の荷台にも怪我人がぎゅう詰め。

 ロッテさんに頼んで地べたへ降ろしてもらうと、その黄色い潜水艦みたいなメケメケは、ぶしゅうと蒸気の煙を吐き出して一時停止してくれた。 


「じっちゃん! 無事だったんだな、よかった!」

「ほうほう。わしにはまだまだ、やらねばならんことがあるからのう。おまえさんを立派に育てあげねばならんし」

「家は、焼けちまったみたいだけど……」 

「地下の工房は大丈夫じゃ。PPD-AGの機霊光は直撃しなかったからの」


 じっちゃんの顔は煤だらけ。でも怪我はないみたいで俺は心底ホッとした。


「じっちゃん。俺、今からロッテさんとアルゲントラウムの出力を止めにいく。ロッテさんが全面協力してくれるって」

「そうか。天使どもは片付けられたようじゃが、まだまだ後続がくるやもしれんぞ。気をつけるんじゃ」


 うんとうなずく俺のそばで、ミッくんを肩に浮かべる赤毛のロッテさんが、任せなさいよと胸を打つ。


「さっきの九体が帝国の最新鋭だったのよ。これから何か降りてくるとしても、あれよりは戦闘力が落ちる奴らだから、なんとかするわ」 

「ミケランジェロくんの調子は好調なようだが、しかしタマはまだ動くのかね?」


 タマじゃないよプジだよと、俺は苦笑しながら首を横に振った。プジは起きてはいるが動きがにぶい。青い目がしゅこ、しゅこ、とゆっくりにしか動いてない。するとじっちゃんは運転席の隣についてるケースをごそごそ。箱入り合成カリカリを出してきた。

 コレを食わせるといいって、真顔で言う。でも俺が作った竜翼は溶けてるし、あの光体翼はたぶん俺の血を吸わないと出てこないんじゃなかろうか。

 

「いつものとちがうカリカリじゃ。特別製じゃからきっとすごいぞ? また光体翼が出るかもしれん」

 

 そうなのか? てかじっちゃん、天使を潰した俺たちのこと見てた? 半信半疑で受け取る俺に、じっちゃんはぐっとこぶしを握ってガッツポーズするも。心配げに聞いてきた。


「しかしテルよ、おまえさん大丈夫かの? やれるかの?」

「めっちゃ平気じゃないしこわいけど。でも、俺があいつをコウヨウの街に運んだんだもん」

「そうじゃなぁ。これも何かの縁なんじゃろう」

「うん。拾った俺の責任だ。それにあいつがああなったのは、きっと俺たちの……いや、俺のせいなんだ。俺がしっかり、あいつを守れなかったからなんだ。だから俺があいつに……あいつに……」  


 言葉に出すのを躊躇したら。じっちゃんの手が、俺の頭にぽんと乗っかった。ものすごくあったかい手が。

 

「大丈夫じゃ」

 

 じっちゃんは俺ににっこり、微笑んでくれた。


「大丈夫じゃ、テル」

「いくわよテル・シング!」


 ロッテさんが青白い結界網を再び展開して、中へ入れと俺をいざなう。


「目標に接近する間に、その猫機霊にエネルギーを食べさせて。あの子の命、もういくらももたないわ。急ぐわよ!」

「はい! お願いします! アムルをスガモ遺跡に押してくださいっ!」

「了解。ミッくん飛んで!」

『了解した。我が愛しの――』

「愛しいは余計!」

 

 せつなげな顔銀鎧の騎士が、ざんと光の剣をまっすぐ構えるなり。アホウドリサイズの翼がふおんと羽ばたいて全展開。空に舞い上がった。結界網が俺とプジを引き上げる。


「プジ、いそいで食べろ! でも無理はするなよ」

「は、はいっ」 


 カリカリの箱を開けながら、俺は大地を切り裂きながら流れていくアルゲントラウムを見据えた。

 輝く皇帝機。待ってろアムル。

 ごめんな。

 ごめんな。

 いますぐそばにいくよ。そして俺が……俺が……


「俺がおまえに、引導を、渡すから」

 

 自分が言った言葉を聞きたくなくて、俺は同時に思い切り、カリカリの袋を破った。

 びりりと景気のいい音があたりに響いた。

 とても、甲高く。

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