8話 商店街(テル)

二階のベランダから陽の光が差し込んでくる。西に傾いた太陽の色は、ほんのり紅色だ。


「仕事をこなせたのはよかったが……」


 俺んちのダイニングのカウンターに肘をついてるハル兄は――今とっても苦い顔。肩にかけてる光線銃をしきりに撫でてる。

 俺はマグにどっぷどっぷお湯を入れて、インスタントな黒い豆茶をごりごり匙でかきまぜた。ことりとハル兄の前に置いて出してやると、深いため息をつかれる。


「まさか銃がいかれるとはなぁ」

「ご愁傷さまだよ、ハル兄」


 フリーの発掘屋で、向かいの工場棟に住んでるハル兄。

 ついさっき泥棒を追い払って、盗まれた機関石を取り戻したのはよかったんだけど。その直後、泥棒の翼を撃ち抜いた光線銃がうんともすんとも言わなくなっちまった。どうやら出力限界を越えて撃ち過ぎたみたいで、内臓されてる光線発生装置が不具合を起こしたらしい。それで今、俺のじっちゃんをインターフォンで呼びだしたところだ。

 

「うーん、俺が修理したかったなぁ」

「テルにはまだ無理さ。こいつは発掘品で、ヨコスカ上級者用遺跡の最下層付近に埋もれてたんだよな。俺が手入れして稼動できるようにしたやつだから、まあ、動くこと自体奇跡のようなもんだった」

「うわ。それって修理費、高くつくかもよ?」

「だよなぁ。警備だのなんだの、バイトかけ持ちでなんとかやりくりしてるってのに」 


 豆茶入りマグを口に持っていくなり、ハル兄は頭をがっくり。

 尊敬するこのかっこいい兄ちゃんをなんとか励まそうと、俺はあわわと言葉を並べた。


「じっちゃんなら完璧に直せると思うよ。古代の発掘品の部品を一から作るとなると、万単位でイェンがかかるだろうけどさ、支払いは月賦でいいし。だからそんなに頭垂れるぐらい落ち込まなくても……」

「まずい」

「え?」

「テル、まずいわ。この豆茶」

「ひい?! ご、ごめっ」

「砂糖くれーっ」

「はいーっ」


 あわてて砂糖壷を出す俺の横をすり抜けて、ハゲネコのプジがハル兄の足に自分のほっぺをこすりつける。匂いつけってやつだ。


――「テルの豆茶はどっろどろよ~。こないだもらった鳥はオーブンで焦がしちゃったし」

「なんだと? 家事能力ないな、おまえ」


 あたふたする俺をじと目で眺めるハル兄。よくそれでじいさんと二人、これまでやってきたもんだと哀れみの目を向けてくる。


「もっと稼げればなぁ。おまえにもこんな苦労はさせねえのに」

「え?」

「俺、テルはほんとの弟だって思ってんだ。はじめて会った時、おまえってばめっちゃちっさくて、いなくなったばあさんネコさがしてたろ。すっころんでわんわん泣きながらさ」

「ああ、タマがいなくなったとき……」

「親がいねえガキは、この街にいっぱいいるけどな。テルは俺にすがってきたからさ。あれ以来、面倒みねえとって思ってる」


 ハル兄は当時十歳ぐらい。幼児だった俺をおんぶしてくれて、一緒にネコをさがしてくれた。

 いやでも、俺はもう十四だし。コウヨウのドラッグストアにはインスタントものがいっぱい並んでるし。アーケード街の屋台でなんでも買える。それに……


「ハル兄には、病気のお母さんがいるじゃん。薬代稼ぐためにがんばってる人に、甘えるわけにはいかないよ」


 そう反論したら、だってテルはまだまだガキだから心配なんだと笑われた。でもたちまちその苦笑は、また苦い渋顔に変わる。


「はぁしかし、白昼堂々盗みに入るって、ぱねえわあの女。機関室の天井に大穴あいて、その修理費が俺もちになりそうになるとか。ほんと焦ったわ」


 現場にかけつけてきた工場長は、ハル兄以上に渋い顔をしてた。

 機関室は経費削減のために、人がいる昼間は結界を張ってなかった。盗賊はそこを突き、作業員になりすまして目的の場所に入り込んだ。おかげでこれからは、二十四時間結界を張るってことになるようだ。


「工場長はしぶりまくってたが、まあ、必要経費だろうよ。賊を阻止できたのは、もっぱら夜間警備担当の俺が、たまたま発掘に出かけてなかったからだもんな」

「結界なしの時間を狙ったっていっても、警備ロボットとかは置いてたんだろ? なのに石をぶんどるなんてすごいな」

「たぶんライバル会社が、発掘屋ギルドから腕の立つ奴を雇ったんだろう。ぶっちゃけギルドは、発掘業だけで食ってるわけじゃないのさ」


 スプーンに山盛りの砂糖を何杯もマグにぶち込みながら、ハル兄は歯切れ悪くぼやいた。


「普通の用心棒やこそ泥を雇うより、日ごろ遺跡で鍛えてるハンターを雇った方が割がいい。おかげで裏稼業の方が本業になってるギルドなんて、わんさかある。俺もギルドに入ってたとき、とある会社の重役を襲えと命令されたことがあった。俺はそういうのが嫌でな……だから……」

「へええ。そうだったのか」


 てっきり、ピンはねシステムが嫌いで抜けたんだと思ってたら。そんな事情があったのか。


「宝探しのロマンを求めてギルドに入ったのに、人殺しをしろなんて……冗談じゃないだろ?」


 しごくもっともなハル兄の意見に、俺はこくこくうなずいた。

 宝探し。

 俺も毎日、どきどきわくわくしながらゴミ山や遺跡の壁を掘ってる。

 お宝を手に入れる。それで何かを作る。それが面白くてならないから、発掘屋兼技師見習いになった。時々機械獣とかに襲われたりとかもするけど、そいつらを殲滅しようとか、華麗に倒してまわろうとか、そんな風には思わない。もしそう感じるんだったらいまごろは、都市自警団の兵士にでもなってるだろう。


「それよりテル。あの子、いったいなんだ?」

「えっと……たぶん、天使? 落っこちてきた」

「どこから?」

「さあ? わかんない」


 俺はほっぺたを人差し指でひっかきながら、ベランダをみやった。

 そこには、しゃがみこんでる銀髪少年がひとり。

 まるで女の子みたいな顔をしてるアムルは、縮こまるように両膝をかかえ、たそがれの空をまじっと見上げていた。するどく蒼い瞳で、燃える太陽を睨みつけるように。

 



 アムルはずっとベランダにいた。


「ほうほう。この銃はあれじゃな、月光石が核じゃわ。月光をエネルギーとして蓄えるもんじゃよ」


 キッチンに上がってきたじっちゃんがハル兄の銃を調べる間も。


「こんなものを発掘してくるとは、たいしたもんじゃのう」

「ほんとハル兄はすげーよ」


 レアな宝石を使ってるめずらしい武器に、おれが「すげー」を連発して興奮してる間も。


「ヨコスカ遺跡いいなぁ。俺も行きてえ」

「はは、テルにはまだ無理さ。あそこは機械竜が出るんだぞ」

「そうじゃそうじゃ。まだまだ技師としての修行も足りんしのう」

「えーっ」


 銃が直り次第またヨコスカ上級者用遺跡にもぐると言って、ハル兄が向かいの自宅に帰っていくときも。アムルは、俺たちに一瞥もくれなかった。ベランダでずっと膝をかかえて空をにらんだままだ。 


「ねえ、中に入ってクッキーでも食べない?」


 ネコっていうのはおのが道をゆく生き物だってよく聞くけど。プジは世話好きで他人に優しい。

 気にする俺の視線の先を感知するや、するんとベランダに出ていって、アムルに話しかけてくれた。


「ねえ。返事ぐらいしなさいよ」


 プジがぱしぱし先がハゲた尻尾を打って、アムルの注意を引く。俺もそうっとベランダに出た。

 ほんとアムルは、きれいな顔だちをしてる。鼻も唇もちょうどいい大きさで、目はでかい。夕日を浴びて、銀の髪がきらきら光ってる。


「くっきーって……なんだ?」

「え?」「お」


 空から目線を外さないアムルの問いに、俺たちはたじろいだ。ここは天使たちにとっては下界。ごちゃごちゃしてて、格段に「汚い」。でも食べ物は、俺たちとそんなに違わないと思ってた。


「食べたことないの? おいしいわよ」

「下々の者が食べるものは口に入れるなと、アルが……くそ、見るな!」


 服が破けてる背中をのぞくと、激しく反応された。背中をかばうようにして立ち上がり、ぎゅっと口を引き結んでこぶしを振り上げてくる。でもぶるぶる震えるその腕は俺にふりおろすのをなんとかこらえて、まっすぐ天を指した。


「とにかく……今すぐあそこへ戻りたい。天へ」

「う、うん。気持ちは、わかる」

「だから早く作れ」

「え? なにを?」

「島都市にいる知り合いと連絡をつけたい。端末フォンがほしい」

「端末なら、店の貸すよ?」

「バカ言うな、履歴が残るじゃないか。盗聴もデータ取りもされたくない。だから僕専用のを作れ。もちろん報酬は褒賞と一緒に支払うから、安心しろ」

「わ、わかったよ。でもさ、その前に」

「ひくし!」


 そんなかっこじゃ風邪ひくぜっていうセリフを言う前に、アムルはくしゃみをかましてきた。だまって上着を脱いで差し出すも、目つき悪男はそっぽを向いて受け取らない。


「テルの服はだめよ」


 プジがぱしんと尻尾で俺の上着をはたきおとし、ダイニングの床に広げてその上に座る。前足をそろえて隠す、香箱座りってやつだ。


「だってアタシの匂いがしみついてるもの」

「え、それどういう意味さ?」

「こういう意味よ」

「はぁ?」

「ほうほう、タマはテルが大好きじゃからなぁ」

「じっちゃん、こいつはタマじゃないってば。プジだってば」

  

 訂正する俺を無視して、じっちゃんがニコニコ顔でベランダに入ってきた。


「アムルどの、端末フォンなら、もう作りましたぞ」 


 なんと作業エプロンのポケットから小さな板状の端末フォンを出して、アムルに手渡す。


「ご必要かと思いまして、せんえつながら作らせていただきました。まっさらつくりたて、お好きに設定なさってくだされ」


 目をまんまるくした銀髪少年は、端末の電源を入れた。光がともる板を指でせわしなくさわり、まじまじと検品する。


「さすがだシング。褒賞として勲章をやろう」

「それはありがたい思し召しですなぁ。それにしても寒そうにしておられる。これをちょっとお飲みになってはいかがですかな?」


 じっちゃんはこきこき肩を鳴らしてカウンターに座り、はしに置いてる急須と湯のみをひきよせた。

 湯のみに入れた急須のお茶から、なんとも甘い香りが漂う。


「シング。僕は下界のものは……」

「島都市へ帰るまで、何も飲まず食わずというわけにはいきませんぞ? 大丈夫です、品質は保証しますので、ぐびっと一献」


 断るかと思ったら。アムルは意外にも、すんなり湯のみを手に取った。


「泥水のようだが、薬か? 成分は?」

「主に糖分が入っております」

「糖……ならば身体にさしたる影響はあるまい」


 アムルは行儀よく卓にすえた背もたれ椅子に座り、しばらくじっと湯のみを見つめてた。それから思い切ったように深呼吸して、口をつけたとたん。


「なんだこれは」


 くわっと目を見張った。


「おいしい……」

「よかったですなぁ。さてはて、お迎えをお待ちになる間、ちと外出なさってはいかがかな?」


 じっちゃんは、この街にはたくさん店があるんじゃと微笑んだ。 


「実は島都市から流れてきた物品も多いんですぞ。新しいお召し物をお求めになってはいかがですかな? うちの孫とタマが、護衛しますでのう」





 アムルがすんなりじっちゃんの言うことを聞いたのは。

 端末フォンを渡したこともさることながら、背中の傷をすっかり治してやったからだろう。

 ここで唯一信用できる人、という位置づけのようだ。その孫の俺は単なる半人前で召使同然て言いたげなのが、ちょっと悔しいとこだけど。これでようやくアムルは、すけすけのすうすうじゃなくなった。


「本当にお店がいっぱいだな」


 街の中央にある商店街には金属のアーケードがかかっていて、両脇にこちゃこちゃずらりといろんな店が並んでる。アーケード街は街にいくつもあって、ここはもっぱら衣料系のシマ。細い路地で、となりの食料品系のシマとつながってる。路地は細くてまさに迷路だ。


「いい感じじゃない?」


 俺がテケテケの後ろにアムルを乗せて、コウヨウの商店街にくりだした結果。アムルはうすい白シャツに革ベストといういでたちになった。それからベルトで締めた革の短パンに、膝下までのちょっと短い革長靴。

 高級衣料品店と革製品の輸入もんを扱ってる店を数軒はしごしたら、こうなった。

 コーディネートを請け負ったのはもっぱらプジで、支払ったのは俺。

 ぜんぶで八千八百イェンもかかったが、お金の出もとはじっちゃんだ。あとでアムルに請求するとつぶやいて、俺に結構な額の軍資金をくれた。


「絹製品がなかったのは残念だが。ファング帝国の綿製品があるとはびっくりだ」

「へへ。大体の島都市のもんが密輸入されてるぜ。パンツもそうだ……って、いてっ! はたくなよっ」

「へらへら笑うからだ。しかし……エルドラシアの属国製のはないな」

「あー、あのでかい国、貿易の規制がすんごく厳しいからねえ」


 俺と一緒にテケテケに乗ってるアムルは、さっきからしきりに端末をいじってる。知り合いに連絡をつけようとしてるようだが、首尾はあんまりかんばしくないようだ。ため息ばかり、俺の背中にかかってくる。


「大丈夫か? ちゃんと回線設定できてる?」

「う……いらぬ心配だ。それよりテル、香がほしい」

「お香?」

「衣に匂いをたきしめたい」


 アロマのお店にあるかしらねえと、俺たちの間に収まってるプジが首をかしげる。


「服に匂いをつけるなんて、ここの人はほとんどしないわよ」

「だろうな。僕の国でも、相当にやんごとなき人しかしない」 

「それ、自分はとっても高い身分ですって、言ってるようなものじゃない?」

「う?」


 ネコにつっこまれてアムルがハッと気づく。身ばれを警戒してるのに、しっかり自己紹介してるってことに。たちまち真っ赤になる顔をにやにやしてながめたら、また叩かれそうな雰囲気。俺は口笛を吹いてごまかした。


「で、でも、香りがないと落ち着かぬ」


 真っ赤な顔のままもごもご言うので、俺はアロマオイルの店に乗りつけた。目つき悪男はずらりとならんだガラス瓶を次々と嗅いで、とても微妙な顔をする。

 

「伽羅はどこだ? これは辛味があるな。ふつうの沈香か?」


 黒沈香はあいにく入荷できませんで、とお店の人が頭をぺこぺこ。地下市場になら、と声をひそめて言ってくる。


「地下市場?」

「あー、そこは危険。危険区域なんで、パス」


 俺はまた口笛を吹いてごまかした。地下市場って、ぶっちゃけヤミ市だ。世間知らずの天使なんて、絶対つれていけない。守れる自信なんてない。

 

「まあいい、これで妥協する。シングの孫、あと扇子もほしい」

「なんでそんなものいるんだ?」

「顔を隠したい」

「それなら、革マスクするか?」

「なんだそれは」

「鼻の下が隠れる、熱排気よけのマスクさ」


 小物屋はたしかこのアーケードの奥にある。衣装や靴や生活用品。そんなものがごちゃっと並べられた店は、一軒一軒の幅がすごく狭い。

 日がすっかり暮れてきて、軒先のちょうちんが一斉に点きはじめる。

 だいだい色や赤い色のぼんぼりが、まだまだ人の多い通りをやわらかく照らしてる。

 

「すごい人だ……」

「ひとつむこうのアーケード街の方が、もっともっと混んでるよ」


 晩ごはんどきの食料品街なんて、熱気も匂いもすごい。細い路地からほのかに、揚げ油の匂いが漂ってきてる。

 

「音が……してる」


 アムルがハッとアーケードを見上げる。ぼん、ぼん、とたしかに何かの破裂音が聞こえている。

 人の波が心なしか、北の出口にいっせいに流れていってるような……


「あ!」


 また、ボン、と大きな音がした。

 爆発音かと身構えるアムルが、ぎゅっと俺の腰をしぼるように、手に力をこめた。俺は急いでテケテケを方向転換させた。


「やっべー、今夜だったんだっけー!」

「おいどうした?」

「祭りだよ祭り! 三ヶ月に一回あるんだ」

「あっ、そういえば!」


 プジがしゅしゅんと目を丸くする。商店街にいた人が、どんどん外に流れていってる。入り口近くの屋台で、おっさんたちがちいさなうちわを配り始めた。

 

「蒸気祭りね!」


 うちわをもらってアーケード街から出るなり。黒いジャンクビルの隙間からみえる星空に、さあっと閃光がはしった。


 ぼん


 大きな大きな花火が、空いっぱいに広がる。針山のように黒い空を刺すビルに、降りかかるように。

 きらめく金色の火花が、俺たちの目を明るく焼いた。

 巨大な何かが、ビルの上を横切っていく。


「蒸気船だ!」

「わ……あ……!」


 アムルは光が炸裂する空を見上げた。口をほんのり開けて、空をずっとみつめてた。

 たそがれどきのせっぱづまった顔とは、だいぶ違っていたと思う。

 アムルの瞳はキラキラ輝いてた。空に輝く花火よりも明るく。

 そのまたたきは、小さな太陽のようだった。

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