美少女魔導書(略して美少書)曰く、俺はイケメンらしい。
宇宙ヒモ理論者
俺が無職になった理由
真っ暗な部屋の中で目を覚ます。
手探りで枕元にあったスマホを引き寄せる。
現在時刻は朝の4:30。5分後に鳴る予定のアラームをオフにする。
「ふわぁ……ねむ」
就職して5年、すっかりこの時間に起きる習慣が染み付いてしまった。
この時間に起きないと始発に間に合わないのだ。
布団から這い出て、壁にかけてあるスーツを手に取る。
そしてスーツに着替えようとして――
「あ……そうだ。もう着替えなくていいのか」
仕事を止めたのをようやく思い出したのだった。
■■■
俺の名前は吉田三郎。ごく普通の人間であり、ごく普通の学生生活を経て、ごく普通の就職活動に取り組んだ。そしてごく普通の会社に勤めることになった。ただ一つ違っていたのは、会社がごく普通のブラック企業だったのです! マジで笑えない。
そんなわけで普通のブラック企業でいわゆる社畜となった俺は、5年間、クソみたいな上司の下で馬車馬の如く働いた。文句も言わずに、ただひたすら働いた。雨の日も、風邪(誤字に非ず)の日も、台風で電車が止まった日も、隣の部屋に住む大学生の火の不始末で部屋が燃えた日も、元カノに包丁でグッサリやられた日も……1日も休まず働いた。
始発電車に乗って、終電で帰るのは当たり前。残業代なんて出ないし、休みの日でも突然呼び出されるから、スマホの電源も切れない。クソ上司に仕事を急に押し付けられ、会社に泊まることになったことも多々ある。
辛い日々だった。忙しすぎて、友達と遊ぶ時間も作れず、仲の良かった友達とは疎遠になった。彼女もいない。趣味に費やす時間もない。
ネットのまとめサイトで、ブラック会社自慢を見ては『自分より劣悪な環境で働いている人間は、まだまだいるんだなぁ』なんてあまりよろしくない喜びを感じて、留飲を下げる日々。
そんな普通のブラック会社に勤務していた俺だが、どうやらストレスは気づかない内に溜まっていたようで、先日、とうとう爆発してしまった。
クソ上司のミスを補填する形で残業からの会社に宿泊コンボを決めたのだが、翌日当のクソ上司が出勤してきてこう言ったのだ。
『なにお前? また会社泊ったの? クセーわ。つーか無能過ぎ。自分の仕事くらい就業時間中に終わらせろよ。だから5年働いて、平のままなんだよ』
と。
その瞬間、俺の中で何かが切れた……決定的な何かが……。
あとは野となれ山となれ、俺はプッツンした。
そのあとの事は覚えていないが、同僚に聞いた話によると、上司のカツラを奪い取りモップに装着して会社中を掃除、掃除のおばちゃんと不倫をしている秘密を社内放送でぶちまけ、止めに来たハゲ上司に熱烈なディープキスをお見舞いしたらしい。そして双方、盛大にリバースした後、俺はあらん限りの罵詈雑言を吐き捨て、スキップで家に帰ったらしい。
翌日、部屋で目を覚まし同僚からその経緯を聞いた俺は、辞表を出した。流石にそれだけの事をやらかして、普通に出社できるほど肝が据わっていない。
上司に辞表を叩きつける際に訴訟やら何やらされることも覚悟されていたが、何故か特に何もなかった。それどころか、今まで聞いたことのない優しい声で引き留められた。更に俺を見る目が何だか熱っぽかったので、これヤベーやつだわと思い、そのまま辞表を押し付け逃げ帰った。
以上、俺が無職になった一連の流れである。
■■■
「さて……どうするかねぇ」
仕事を止めた俺は、暇を持て余していた。
幸い、仕事漬けの毎日で金を使う暇はなく、しばらく新しい仕事を探さなくても問題はないほど貯金はある。
だが、やる事がない。時間はあっても、それに費やす趣味がない。
昔はマンガやアニメとかを楽しんでいたが、ここ数年は全く見ていない。
一緒に遊ぶような友達も彼女もいない。
これは……あまりよろしくない展開だ。
何かをやろうって気が起きない。仕事から解放された事で、気が抜けてしまっている。
このままだと、いずれ色々な物に対する意欲が無くなっていきそうだ。最終的には食に対する意欲も無くなり、誰もいない部屋で1人孤独死……。
「完全にバッドエンドだな……」
取り合えず、何かしないと。
せっかく辛い仕事から解放されたんだから、楽しいことをしたい。
楽しいこと……か。
自分の人生を振り返ってみる。
社会人になってからは、楽しいことなんて1つもなかった。
大学生活。友達と毎日酒飲んで、バカ騒ぎをして、初めて彼女が出来た。楽しかった。
高校生活。部活をしたり、初めて告白して振られたり、友達とバイトして貯めた金で旅行に行ったり。とても楽しかった。
中学生活。野球部に入って、そこそこいい所まで行った。エースとかでは無かったけど、レギュラーとして最後の試合にも出ることが出来た。とてもとても楽しかった。
思い出す記憶が昔になるほど、その輝きは鮮明だ。思い出補正ってかもしれない。でも確かに、昔は楽しかった。
その中でも一番鮮明な記憶。一番楽しかった記憶。
――祖父母が住んでいる田舎で過ごした日々。
小学生の頃、毎年夏休みになると祖父母が住む田舎で過ごした。
山でカブトムシをとったり、川で泳いだり釣りをしたり、縁側でスイカを食べたり、初めて会った近所の子供と遊んだり……人生の中で一番楽しかった記憶だ。
「田舎か……」
小学生の頃は毎年帰っていたが、年々、その頻度は減っていった。
最後に行ったのは……中学2年生の頃だったか。それ以来、祖父母には会っていない。年賀状のやり取りはしているので、存命ではある。
「行ってみようかな」
あの楽しかった日々に戻ることは決してできない。
それでも一番楽しかった時期に過ごした場所に行くことで、気分転換にはなるだろう。幸い、時間ならいくらでもある。
そんなわけで俺は田舎に帰ることにした。
この決断が全ての始まりだった。
先にネタバレをしてしまい申し訳ないが、この後、俺は異世界に行くことになる。
変なおまけ付きで。
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