第56話「一枚の写真」

『お前は何者だ!答えろ、返答によっては――』

建物を下りた瞬間に、そんな問いかけが投げられる。

彼女が去ってから、僕だけになった瞬間だから質が悪い気がする。

立場上しょうがない気がするが、僕だけ注意されるのは軽くしゃくだ。

『貧民街への立ち入りは禁止されている。列記とした条件下でなければ、罰を与えなければならない。覚悟は出来ているか?』

「……僕はただ、なんとなく気になっただけですよ」

警備兵といっても、全部の情報を共有している訳じゃないだろう。

オルクスの一件があったばかりで、まだ情報共有が行き渡っていないのだろう。

『――!』

何やら警備兵同士で、こそこそと話している。

僕の姿を確認しながら、警備兵同士で何かを話しているのだろうか。

「(そういえば僕、マナを放出したままだった)」

それが原因だと思い、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

落ち着いた事によって、周囲に漏れていたマナが身体に戻っていく。

『し、失礼致しました。貴方に無礼な事を言ってしまい、どうお詫びを申し上げたらよいか……』

なにやらそう言って、僕の目の前で警備兵たちが膝を地につけた。

面を食らってしまったが、僕は僕を見る彼らを見て気がついた。

彼らは今、僕の事を知ったんだろう。

『王室ギルド』というブランドが、僕のような容姿の少年に付いている事を。

その情報が遅れていたとはいえ、手に入れている者があの中にいたのだろう。

だがその態度が、後ろにいた彼の心を揺らす事になってしまったようだ。

『……あんた、何者なんだよ!そんな警備兵がそんな態度をするのは、王族か貴族だけだ!あんたは、いったいなんなんだよ!』

そんな風に大声を出して、憎悪に満ちた表情を浮かべている。

その表情は、僕も一度見た事のある顔だ。

自分の影とかもう一人の自分とか。そんな言葉が似合う物は、鏡だ。

その鏡で、僕は見た事ある。

憎悪に満ちた表情と、苦痛を耐えるような悲しい顔。

それらは全て、かつての僕そのものだ。

「…………」

『なんだよ、その目は!同情したような目しやがって!』

「同情なんかしてないよ。そうしてれば、楽なの?君」

『え――』

僕はその一言だけ言って、その場から離れる事にした。

警備兵が何やら後ろで、貧民街の人たちを怒鳴っているようだ。

耳に入るその声と内容から、僕は静かに遮断したのだった――。


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――シュヴァリエ城。

城内、スコーリア姫の寝室。

「姫様?起きていらっしゃいますか?」

「起きてるわよ」

机に向かって書類を確認していると、ノックと一緒に彼女がやってきた。

机上作業が多すぎて、ほとんど外には出ていない。

だけど外の情報は流れてくるし、王室ギルドへの新人加入の件も広がっている。

街の人々の中には、多少悪人もいるかもしれないが、手は出せなくなったはずだ。

少なくとも、今だけは……。

「紅茶をお持ちしました。そろそろ休まれてはいかがですか?昨晩も明かりが点いていましたし……あまり無理は」

「ルーシィ、気持ちは嬉しいけどそれは出来ないわ。今この時期だからこそ、休む訳にはいかないのよ。オルクスの一件から、皐月の王室ギルドへの加入。お父様のストラドからの帰省。……全ての流れが順調過ぎるのよ」

「姫様は、何かがあると?」

「可能性の問題だけどね。けどただの偶然にしては、出来過ぎな気がするのよね。ルーシィはどう思う?メイド長としてではなく、ルーシィ・アルケロイド個人としては――」

私は書類を彼女に渡して、これまでの出来事をまとめた物を提示する。

それを彼女は受け取り、書類を真剣な眼差しで見ている。

一枚、また一枚と……。

「――確かに彼の出現に合わせて、全ての事が起きてるように感じられます」

「オルクスの一件から、かしら?」

「いえ、あくまで私の見解ですが……」

彼女は何かを迷ったように言葉を選ぶ。だがやがて口を開いた。

「――オルクス・ゲーターではなく、私は皐月様の事を言いました」

「え?皐月?何で……!?」

そう思ったが私は、書類を見て一瞬だけ思考が停止した。

私は彼女を言葉を聞いて、彼の名前だけで何かが繋がった気がした。

いつかに彼女に見せた写真を取り出し、それを改めて眺める。

「ルーシィ、今すぐ出掛けるわよ」

そう言って私は、外出の準備をする。

「姫様、どちらに?」

「宿屋に行って、ディーネさんに話を聞くわ。今の彼女なら、もしかしたら何かを知ってるかもしれないから」

「……畏まりました。ですが内密に行きましょう。近頃、城内の動きが慌しいので」

「そうね。じゃあ裏道を使いましょう」

「はい」

そう言って、私たちは城内から移動を開始した。

全ての書類と一枚の写真を持っていく。

確かに城内はこの間から騒々しいから、秘密裏に行動する方が正しいだろう。

外に出るまでに、余計な事にならなければいいが……。


そう言っているアリアの手には、一枚の写真にゲートが写っている。

だがそのゲートの中には、落ちて来たように皐月の姿があったのだった――。

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