第46話「衝突」

この世界の住人は、何を思っているだろうか。

空に浮かぶ彼の姿を遠くから、眺められる場所へと辿り着いた。

「眷属よ、もう眠っておれ。ご苦労じゃったな」

足元に魔法陣を広げ、黒龍の姿が徐々に消えていく。

妾が到着するより早く、彼はもうここに来ているようだ。

彼がしようとしている事は、文字通り世界の破滅だ。

それは世界の闇を知っている彼ならば、死は救済などという狂言を言うに違いない。

だが妾はそれは望まない。望みたくもない。

妾は夢を願ってはならないし、望んではならない。

羨望せんぼう、野望、欲望、希望、願望――その全てを叶えてはならない。

俗物な願いなど、悲しみを生むだけなのだと妾は知っている。

知りたくもないほど、知り尽くしている。

彼が創ろうとしているのは、その全てが叶う世界だ。

全ての望みが叶う世界……聞き覚えは良いが、それはとても恐ろしい事だ。

「やはり、ここにいらっしゃったのですね。私の事はご存知でしょうか?紅蓮の魔女さん」

「やはりという事は、お主は妾の事を詳しく調べた者か?わざわざご苦労じゃな、人間よ」

「私は獣族なので、人間と呼ばれるのは不適切かと」

「何を言うか愚か者。お主とて立派な人じゃろうが。種族など、妾にとってはどうでも良い事じゃよ。そうは思わんか?フランシェスカ・ライトロードよ」

彼女は頭上の耳をピクッと動かし、尻尾を微かに動かす。

まゆをひそめて、王都へと身体を向ける。

「どうしたのじゃ、ライトロードよ」

「王都の中が騒々しいですね。空に浮かぶアレと何か関係が?」

「関係無いと言えば嘘になる。じゃが今回、お主の出る幕は無さそうじゃぞ」

そう言って、妾は王都に近づいている砂煙を目にやる。

「なるほど。そのようですね」

彼女も納得したようで、小さく口角を上げていた。

さて、どうなるのやら。

この世界は一体、どのようにして安寧を選ぶかのう――。


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『選ばないのかい?この世界の住人よ。キミたちには、猶予を与えたはずなんだけどなぁ。まさか三日も与えたのにも関わらず、答えが出たのは「王都ドミニオン」の住人だけか』

アルフの森や、他の国でもこの姿が見えているのだろうか。

前にも同じ事を考えたが、改めてそう思う。

そして同時に、これを聞いている者たちは何を思っているのだろうか。

この世界の人たちは、何を願って、何を叶えたいんだろうか。

もしそれが、一つ一つ平和を望む物だけなら動く必要はない。

だけど、それだけじゃないのなら……は動くしかなくなる。

「君はどう思う?我が主」

周囲の人たちに聞こえないように小声になる。

「ディーネ、僕には選択する理由も権利も無いよ。この世界は僕の世界じゃない」

「……我が主?」

ディーネは、皐月の言う言葉と態度に疑問を抱いた。

だがやがて気のせいかと思い、再び空に浮かぶ魔法陣に視線を戻す。

「…………あれはではないね」

「ん?……どうした」

「何でもないよ、独り言だから」

皐月はそう言って、人混みの中をゆっくり進んでいった。

彼女はその背中にまた疑問を持ち、少し遅れて着いて行く事にしたのだった――。


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「……あれは」

上を見る人混みの中を、迷うことなく前へと進む人影を見つけて呟く。

私が視線を動かすと、彼女もまた気づいている様子だった。

「アタシはここにいるから、あっちは任せるわ。皐月の事、お願いしていい?」

「私が姫様の命令を拒否するとでも?」

「頼もしい返事をありがと、ルーシィ」

私は一礼して、彼の影を追う事にした。

命令というのは間違いな表現だ。そう思いながら私は人混みを進んでいく。

進んだ先には、上を見上げる彼と下を見下ろす彼の姿があった。

「(いったい、なにを?)」

私は自然に隠れて、見える位置でその場を眺める。

「――動くな」

「……っ!?」

後ろからの気配に気づけなかったのは、私個人のミスだ。

「(どうする……このまま反撃に出るか。それとも助けを呼ぶか)」

「落ち着け。私だ」

塞がれた口から手が離れ、振り向いたら知ってる顔があった。

「ディーネさん、何してるんですか?」

そう言っていると、口を指一本で塞がれる。ただ『静かに』という視線と共に。

「少々気になってな。我が主の動きが、いつもとは違うんだよ」

「それは私も気になってました。姫様から聞いていますが、皐月様は人混みに苦手意識があると」

「あぁ。苦手な理由で、この前の茶会で抜け出していたからな。だからという訳ではないが……何か違う気がするんだ、何かが」

そう思っている彼女は、彼から目を離さないように見ている。

私も姫様から頼まれた身だ。

何があるのかを見届けなくてはならない。


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見下ろす彼の姿を見た瞬間、仮説は確信へと変わっていく。

彼の姿は彼の物であっても、彼自身ではないと。

まるで別人という言葉が的を射るような彼は、周囲からおぞましい程の殺気を放っている。

真っ黒で、冷たくて、無意識な嫌悪感に襲われるぐらいの雰囲気だ。

「――君はオルクスではないね?」

「そういうキミも、鍵ではないね」

「鍵であって、キミ自身は鍵でない。まさかこの地に来て、最初にキミと言葉を交わすとは思わなかったよ」

彼が上にいると首が疲れるので、城壁へと瞬時に移動する。

空間転移とも言えるこの移動方法は、マナの消耗が激しい技だ。

「その技を見て確信したけど、何をしに来たんだい?キミはもうこの世界の管轄から外れているはずだろ?」

「僕が何をしようが、君には関係ないよ。だってこれは、僕個人でやってる事だし」

彼らはそれだけ言葉を交わした後、お互いの間に大量の魔法陣を展開させた。

誰もが見えるその光景は、誰にも入れる隙を見せない光景だった。

誰にも踏み込ませない領域であり、まさしくというべきだろう。

やがて誰もが瞬きをした瞬間、彼らは距離を詰めて拳を振るっているのだった――。

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