第39話「ケモノ耳の少女」

山頂から見える景色は、白くふわふわしてそうな雲だ。

もし乗れたとしたらどんな感触なのか、と調べようとしても拒まれる。

見える景色だけが、その世界の全てだけではないと言われた事がある。

その言葉の意味を確かめる為、その山頂から勢い良く飛び降りてみた。

「…………」

下から押されるような冷たい風と音。

少し前に聞こえてきた話は、難しくて良く分からなかったけど。

一つだけ理解した事があった。

それは――。

「……フィリスには、信じられないだけ!」

着地場所の地面を砕き、衝撃で浮かんだ岩を思い切り殴った。

砕いたと同時に、少し遠くまで地面が裂けていった。

「フィリス、やり過ぎだよ!」

「なにさ、こうやってやるって教えたのはそっちでしょ」

そう言いながら、自分の尻尾を振る。

「はい。そうやって無造作に尻尾を振らないの。獣族にそれは求愛行動と一緒なのよ?勘違いされるわよ?」

「フィリスには関係ないもん。好きな人だっていないし」

あ、申し遅れましたけど、私はフィリス・フィーリアと申します。

小さい体と思って馬鹿にしたら……。

――その首、噛み千切りますね♪


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『フラン』と呼ばれた事は一度も無いが、私の名はそれらしい。

らしいと言っているのは、特に理由はありません。

特に愛称でもなく、気に入っている訳でもないただの名前です。

だけど時々、私はその名前を呼ばれる機会が増えた気がする。

「あ……フラ~ン♪」

手を振った後、ハイテンションで近寄ってくる人影。

フィリスという少女の姿だ。

私と同じ獣族であり、天真爛漫な性格をしている。

「――何してるの?」

勢い良く走った所為で、砂が舞い上がっているがケロっとしている。

住民たちが苦笑いしているが、怒ってはいないようで安心だ。

「ダメですよ?街の人たちに迷惑を掛けては」

「迷惑?フィリス何かした?」

首を傾げて、『ん?』という表情を浮かべている。

これが本当に悪気がないのが、皆が怒れない彼女の良い所なのだろう。

私が歩を進めると、一緒に隣で歩き始める。

「さっきの質問ですが、私は買い物に行っていたのですよ。今晩は魚です」

「えぇ~魚ぁ~?」

「文句があるなら、自分で作れるようになって下さいな」

「フランは意地悪だよ。フィリスに家事が出来ると思うの?」

「……――」

しばし考えて、今までの暮らしを思い出す。

皿洗いで力加減を誤って破壊し、洗濯をすれば服を破り、掃除は途中で壁を破壊という記録があったのを思い出す。

「――どう?無理でしょ」

腰に手をあてて、『えっへん』と自慢気にそう聞いてきた。

確かに無理そうだが、自慢になる事は一切無いと言った方が良いだろうか。

それか話題を変えた方が良いでしょうか。

「――そういえば、フィリス?あの話はどうなりましたか?」

「あの話?それって何の話?」

「ほら、例の三日後の話……」

「あ~、あれの事……」

そう聞いた途端、彼女は目を細めて言った。

「――どうもこうもないよ。フィリスには正直関係ない。世界が消滅しようが、あれの好きにされようが関係ないよ」

「……」

歩きながら話す彼女の姿は、今までの穏やかな空気を一変させる。

「フィリスが思った事を言うなら、フィリスの邪魔をする奴は許さない」

その言葉は冷たくて平坦な声だった。

やがて彼女は口角を上げて、言葉を続けた。

「――大丈夫だよフラン。フィリスは誰にも負けないから♪」

その真剣な眼差まなざしには迷いは無く、彼女の放つオーラは輝いていた。

「じゃあ行こうか!フィリスはお腹減っちゃった♪」

「はいはい。分かりました」

私は心底、彼女には勝てないと確信する。

彼女はあの小さな身体でも、各種族の中で名の知れた実力者なのだから――。


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オルクス・ゲーターという男は、オレと共に戦った友の一人だ。

戦友と呼ばれる彼らは、オレにとってはかげないの無い存在でもあった。

それなのにも関わらず、何故彼はこうも愚かな行動をしているのだろうか。

「愚かなんて酷いなぁ。キミも分かっているんじゃないのかい?」

「勝手に他人の思想を読むな。オレが何が分かっているって?」

ここは何処だかは、とっくに理解している。

この場所は彼が創り出した深層世界の一部。

かつてオレと彼が、住んでいた街でもある場所だ。

――バースティア帝国……円卓会議の席。

その中央の席で、彼は頬杖をしてこちらを見て笑っている。

「この世界の事さ。キミという者が、この世界に疑問を抱かなかった事など無い。そんな事を言う訳が無いだろう?」

「…………」

確かに無いとは言わない。

だが今の時代は、昔とは違うと思うのも事実。

オレが本来するべき事は、もう既に終わっているはずなのだ。

今更動いても、仕方がないではないか。

「――そんな事は無いと思うよ?キミが大事にしている彼女だって、その世界から護る為に命を捧げたのだろう?キミもお人好しだからねぇ」

「そういうお前は、今何をしたいんだ?」

「ボクがしたいのは、革命と言ったはずだろ?ボクらは本来、この世界に恨みを持っていた者たちだ。存在を知らしめる為に戦った結末が――『無』だよ」

座席から一瞬で姿を消して、オレの目の前まで距離を詰めて睨む。

「オルクス……お前が革命を望むのは昔から知っている。だがもう終わっているんだ!オレたちの役目はもう終わっているんだよ、オルクス・ゲーター!」

「ではこのまま、数百年待って埋まらなかった世界の理を!またキミは見逃すというのか!」

「そうじゃない!今はオレたちの出る幕は無いと言っているんだ!目を醒ませオルクス」

「……っ……」

腕を掴んだオレの腕は強く拒否され、彼は舌打ちをして離れて行った。

色の薄い記憶で創られた円卓会議は、徐々に消滅していき真っ白な世界になっていく。

それは彼の深層世界であって、オレの深層世界でもあった。

その世界は酷く真っ白で、冷たくて寒い世界。

それをオレが思った一言が、この世界に相応しいと思ってしまったのだった。


――『孤独』と。

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