第15話 もう一本、持ってかれる覚悟あります?
「――
「――
彼らが言葉を呟き、地を蹴り出したかと思えば――激突する。
「う、わ……っ!?」
「がっ……!!」
途端、小鳥遊もろとも地面から引っぺがされる程の嵐が吹き荒んだ。
俺達はゴロゴロと転がって、元の位置からかなり離れた所まで飛ばされる。
その強暴な嵐の発生源はまさにそこ。
そこで、老獪と男は剣と掌を打ち合わせていた。
「いや、違う……」
そして、直感する。
俺がただ追い切れなかっただけだと。
彼らの実力は、残像を残さないまでに純粋に速過ぎたのだ。
「「――――――」」
暴風の渦中でも、二人は双眸を細め、無言で腕を霞ませる。
フード男のフードも風に煽られ、いつの間にか彼の素顔は日の下に晒されていた。
彼は美丈夫と言うに相応しい顔付きをしており、稲穂の様な金髪は病的なまでに白い肌を際立たせている。しかしそれ以外に特筆すべき点は無く、人波に紛れ込めばすぐさま溶け込める――そんな感じの青年という印象を受けた。
彼はフードが脱げた事には気付いていないのだろう。金髪を荒っぽくなびかせ、深い黒に満ちた瞳には眼前の老躯しか映していなかった。町長もまた、その両の眼でフード男を射抜かんばかりの視線を浴びせている。
それを眺める俺は、恐れを通り超し感嘆の吐息を漏らした。
「……全く、凄いな」
その声を聞き取った小鳥遊は、隣にある俺の顔を心配そうに覗き込む。
「先輩、体の方は」
「悪い、もう大丈夫だ。ちょっと……目眩がしただけ」
俺は借りていた肩から腕を離し、落ち着く様に二、三度深く深呼吸をする。
……怖かった。
あのフード男に歩み寄られた感想はそれしか湧いてこない。
お兄さんを返り討ちにしたまでは良かった。まだ頭は正常に働いていたから。
しかし――あの惨状を見せつけられては。
漫画などで良くある、『身近な人間、もしくは優しいご近所さんが実は殺人鬼だった』パターンに近い。その事実を目撃してしまえば、登場人物を見る目はガラリと変わってしまう。
……にしても、ここまで自分の深層心理が脆いとは予想外だった。それなりにメンタルは強靭な方だと自負していたのだが。結局の所、動物の生存本能には抗えないという事だろう。
「……まあ、それはそれとして」
俺は意識を人外戦闘領域に改めて向けてみる。
仕込み杖と素手。何とも奇妙なカードだ。
普通に考えれば仕込み杖が有利だろうが……ところがどっこい、さっきも教えて貰った通り、異世界に常識は通じない。
そして俺には神速の戦闘がさっぱり視認できていない。刹那の内に何十手もの交錯があったのだろうが、内容は清々しい程に全然だ。
取り敢えず中身を確認しない事にはアクションも起こせないので、多分この場で唯一あれに付いていける人物に頼ってみる。
「……小鳥遊、お前、『集中』スキル持ってたよな。集中力を極限まで高めるっていう」
「? はい、ありますけど」
「それでさ、あの人外領域を視れないか?」
「え、あそこをですか……。うーん……ちょっとやってみます」
小鳥遊は俺の要求に素直に応じてくれた。彼女は一度瞑目すると、ゆっくりとした動作で目を開く。
瞬きもせず、ひたすらに人外領域を観察する。
「……どうだ?」
俺が問いかけると、小鳥遊は糸が切れた様に瞳をぎゅっと閉じ、しょぼしょぼとした目を擦る。
「あー……凄かったです」
「もっと具体的に言ってくれよ……」
あまりにも抽象的な小鳥遊の返答に、俺はげんなりとする。
「えっと……簡潔に述べるなら『カウンターの相殺』、ですかね」
「カウンターの相殺?」
「はい。図式としては、町長さんがまず打ち込みますよね? で、その後に、えーと……『
町長の攻撃 ➡ フード男の『
「で、ですね……ここからが信じられないんですけど……」
「うん、大丈夫だ。多分何があっても驚かない」
「……町長さん、そのカウンターを更に打ち込んで相殺してるんです」
「……うん?」
……あれ、おかしくないか?
ボクシングなんかだとクロスカウンターとか良くあるが……カウンターを相殺するには必然的に自分の攻撃を相手の攻撃にぶつける事になる。
それって無理があるだろう……第一、あの魔法を見た限りだと打ち込んだ箇所からカウンターが来るんだから、物理的に打ち込み&打ち込みを即行でやらなければ実行できない。
「町長さんはフード男に手だけじゃなくて、胴や顔面にも攻撃してます。まあ、当たり前の様に効いてません。でもカウンターが来るのは決まって掌からなんです」
「
「それと、反撃は何故か即座には来ないんです。原理は良く分からないけど、あの魔法には幾つか制限があるみたいですね」
成程……それがカウンター相殺の原理か。
つまり、 町長の打ち込み ➡ 『
……ちょっと長くなってしまったが、こういう一連の流れが領域の中で確立されつつある様だ。
ただ、それにしたって町長は凄い。『集中』で視たタイムラグなんて、通常の時間の流れからすればほんのコンマ何秒だろう。そこに合わせるなんて、もはや神業である。この『剣の街』で名を馳せていたというのはどうやら事実らしい。
「……俺達、凄い人に会ってたのな」
「人外ですけどね」
「生物学的には人間だろ……確かに人としてカウントして良いのかは疑問だが」
「いやあ、あそこまで行ったら人やなくて『
「おお、そう言われた方が腑に落ちるな。あれか、『東大生は宇宙人』みたいな」
「確かに異次元っていう点じゃ共通――」
現代の分かり易い例えを用いて納得しかけた所で、小鳥遊の言葉が不意に詰まる。
……今、変な台詞が混ざってた様な。
恐る恐る、後ろを振り返ってみる。
「よっ」
「「――――ぎゃああぁあぁああぁああーーーーっっっ!!!!????」」
思いがけない介入に、俺と小鳥遊はテンパってヤケクソに剣を抜き放った。
もっと驚いたのはその張本人だ。まさかいきなり斬りつけられようとは予想だにしなかった様で、すんでの所で上体を逸らして躱す。
「ぅわったあ!? ちょ、ちょお待ってぇな!! 人の話を聞かんかい!!」
「今のを見て人なんか信じられるかチクショー!!」
「全くごもっともやけど剣振り回すんは止めよか!?」
焦りと制止の意を含んだ声を聞き入れて、俺達は動きをぴた、と静止させる。
「ホ、ホンマ勘弁して……こちとら腕一本お釈迦になっとるんやから……」
俺達の会話に自然と入って来た人物――お兄さんは苦笑いを浮かべてほっと胸を撫で下ろした。
敵意、殺気などはその様子からは一切感じられないので、ひとまずは武器を下ろし、筋肉の硬直を解く。
「驚かせないで下さいよ……ただでさえ気張ってたのに」
「そこに関してはホンマすまへん……つい行けそうな気がしてな」
お兄さんは申し訳なさそうに俺達を拝む。
もちろん、その手は片方だけだ。
もう一方はまるで内部から爆発したかの様に歪な断面を残している。
そんな俺の視線を察したのか、お兄さんは肩口を軽くはたいて、
「ああ、こっちは問題あらへんで。どうせこれが終われば治して貰えるしな。出血も
「でも、せめて回復魔法くらいは掛けますよ。傷口を塞ぐくらいは……」
「構へん構へん。その内、時間経てば再生してくる。獣人の回復力を舐めたらアカンで」
お兄さんは快活に言い放つ。
……まあ、当人が豪語するなら良しとしよう。
それと薄々感付いてたが、お兄さんの種族はやっぱり『獣人』だったか。人間時と獣化時に使い分けられるとか、変異系の能力をゲットしたチート転生者みたいに便利な体だな。
諸々の事はさておき、俺はお兄さんに問い質す。
「……で、何のご用ですか? まさかやり直そうとか……」
「ないない。ほら、体がこの通りやで? 流石に2対1は無理や」
「じゃ、どうして」
「単なる傍観や。さっき『鑑定』で奴を測ってみたんやが……アレは俺如きには手に余る。だったら、意見交換でもどうかと思て。一人は寂しいもんでなぁ」
見据える先は異次元の領域。お兄さんは微笑みつつも、完全に諦めた風に俯いた。
……というか、『鑑定』スキル持ってたのか。道理で俺が『身体強化』を使ってたことがバレるはずだ。
「……あのステータスには太刀打ち出来ませんか?」
「冗談にも程があるやろ、あんなん伝説級やって。ダース単位で集めたギルドの冒険者を総動員してやっとやろな」
「…………」
お兄さんが並べる言葉には客観的にも疑いの余地は無い。
けど、何故だろうか。
妙な違和感がある。
フード男は無敵だ。それに異論も反論も出て来やしない。
でも、どこか引っ掛かる……。
疑念を拭えない俺は再度、フード男に『鑑定』を試みる。
今度はじっくりと、ステータスに穴が開く程に読み込む。
フード男のステータスに順調に目を走らせていくと――、一点だけ不自然な箇所があった。
「……あの、お兄さん?」
「俺の事か? 俺はレオニダス言うんや、レオでええで」
「そうですか。じゃ、レオさんにお願いなんですけど……」
うん、とレオさんが頷くと、俺は該当箇所を告げる。
すぐさま『鑑定』を発動させたレオさんは、そこを見つけるなり顔をしかめた。どうやら俺と同様に、驚異的なステータスに注目し過ぎて見落としていたらしい。
「『生命力』……0ぉ? 有りえへんで、こんな数値」
「0って珍しいんですか?」
「え、知らんのか……」
「冒険者になったのはつい最近の事なので……」
「まあ、それなら知らんでも仕方ないか……。ステータス0は珍しいどころやない、存在せえへん。例えばどんなに運動が出来なくても、運動神経が全く無いって事は無いやろ? それと一緒で、そもそも元が0の人間は有りえん訳や」
「……ここに居ますけど、『攻撃力』0の人間が」
「えっ? ……あっ、ホンマや……何か悪い事言うたな……」
ともかく現地人にここまで言わせるという事は、あのフード男は異世界人で確定だ。何で金髪なんだとかの疑問は後にしておいて、さくさく次へ行こう。
「……今更ですけど、『生命力』ってどんな効果を持ってるんです?」
「ホンマに何も知らへんのな……。『生命力』は……そうやな、簡単に言うなら『生命危険時の防御力』って感じや。状態異常にどんだけ耐性あるのか、即死の攻撃食らっても死なないとか、そういう。0なら毒とか喰らったら一瞬で終いやな」
成程……俺がアンターに集られても平気だったのは『生命力』のおかげとか推測してたが、当たってた様だ。
「……随分と
俺が顎先に手を触れながらやたらと情報量の多い脳内を整理していると、頭上にぬっと影が掛かった。
振り返る、というよりも見上げてみれば、人間のサイズを遥かにぶち抜いた筋骨隆々の巨躯がそこに立っていた。
「レオ、貴様も敵と慣れ合うな。まだ終わってはないのだぞ」
「えぇやんか、細かい事は。戦うにしたって、片腕あらへんし。やってやれへん事も無いけど、無駄な労力やろ」
「勝てずとも、最後まで貫き通すが礼儀だろう」
「貫いたら消し飛ばされるがオチやって。マキシも分かっててわざわざこっち来たんやろー」
むぐ……と正論を突き付けられ、苦々し気に顔を逸らすマキシマム。
彼もレオさんと同じく片腕が失われてはいるが、未だ鮮血は断面から滴っていた。
「えーと、マキシさん? 回復魔法でも掛けましょうか?」
「要らん。生傷でないと再生させるのが面倒だからな」
この二人、割とさっきから変な事平気で口走ってる気がする。体がちょっと無くなったのに対応が普通過ぎるだろう。普通の人はそんなに何回も四肢欠損しないと思うんだが。
「……なんだかんだで生き残ってる選手全員集合だな」
「ちょっと、僕も忘れないで貰えます?」
不満そうな声を漏らしながらマキシさんの背後からひょっこりと現れたのは、忘れかけた時に登場するあいつだった。
「あっ、デブゆ……」
「デブじゃない」
「そうだ思い出した、クズか!!」
「何でそこだけ切り取った!?
「クズも残ってたのか、吹っ飛んでたのに」
「聞けよ!!」
「いやー悪い悪いクズ」
「あんたの脳天カチ割ってやろうか!?」
ヤバい、こいつイジるの楽しいぞ。
俺はあっはっはと笑いながら、ギリギリと歯軋りするデブ勇者、もといクズの肩をぽんぽんと叩く。
ひとしきりクズをからかい終えると、俺はずらりと揃った面子を眺めた。
「……無駄に人数だけ集まりましたね」
「そうだな……これだけ居ると何か出来そうだけど」
隣で呟く小鳥遊に、俺も同意する。
チーターが二人に、獣人と巨人が一人ずつ。そして最後に基本使えない人間。
うん、見事に俺だけ疎外感を感じるな。
……と、突然、そこまで思案して閃いた。
「……あっ」
前回みたいに格好良く電光の様に作戦が組み上がった訳ではない。
どちらかと言うと、パズルのピースが揃った……そんな感覚だ。
もしかしたら……行ける、かも?
和気あいあいとしてきたグループの中で、俺は出し抜けに手を上げる。
「あの、ちょっと良いですか?」
「ん? 何や、ギャグでも考えたんか?」
「……まあ正直、ギャグかもですね」
「すると?」
「いや、あの怪物に一泡吹かせられる方法がなきにしもあらずでして」
俺が苦笑交じりにとんでもない事をぶっこむと、マキシさんが眉間にしわを寄せた。
「……それは真面目か? それとも馬鹿か?」
「半々です。成功するかも五分五分……というか初撃で全部決まっちゃう奴です」
ますますマキシさん、どころか全員が怪訝な顔をする。
「一歩間違えれば……」
「死に、までは行かないな、多分。だったらとっくにこの二人は天に召されてる」
「けど、それなりのリスクはあるんやろ? それ次第で乗るか反るかは決める」
「じゃ、そうですね……」
俺は隠すだけ無駄だと判断し、素直にこう答えた。
「――全員、もう一本持ってかれる覚悟あります?」
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