第18話 アイちゃんおでかけするよ

 キノにメイクの希望を聞かれたんだけど、そんなもの分かるわけないんでお任せにした。それはいい、メイクは終わったんだが……

 

「さ、脱いで脱いで」

 

 キノがノリノリで手をワキワキさせているのだ。

 

「え、本当にやるの?」

「アイちゃん、自分でつけられるんだったらいいけどー?」

「……せ、先輩……私がつけますから……」


 あのマシュマロの元とキノのブラを俺につけようというのか……あんなところやこんなところに当たっていた……ゴクリ。

 

「あー、分かった、分かった……ってそんな目で見ないでくれえ。こうなりゃ満足するまでやってくれよ!」


 俺は熱い目線を送る二人へ向けて投げやりにそう言うと、キノがジャージのファスナーに手をかけ……じ、自分でやるから。

 慌てて自分から脱いで上半身裸になると、由宇がポッと頬を赤らめた。は、恥ずかしいんだが……

 

「……せ、先輩……失礼します……」


 由宇は俺の後ろに回ると、ひんやりした指先を俺の体に回す。


「ユ、ユウ……」

「……くすぐったいですか……?」


 い、いや、そういうわけじゃなくて背中に密着する必要あるのかな……? 肩に由宇のほっぺがあたって、息があああ。


「う、ううう……」

「あらあら、顔を真っ赤にしちゃって、アイちゃんたらあ」


 キノはニヤニヤと俺を下から見上げて来るけど、ち、違う。そうじゃなくて、由宇の……お、押し付けないでえ。

 頭の中が混乱してよくわからなくなってきた……俺が背中に感じる桃源郷に気を取られている間に作業は完了していたようだ。

 

「はい、最後はこれを着て」

「あ、うん……」


 意識が半分飛んでいたからか、俺はキノに言われるがままに服を着る。

 あ、これスカートじゃないか、まあいいか、着よう。もう密着しなくてもいいと思うんだけどなあ……ここまで来て俺が逃げるとでも思っているのかな?

 この状態だと動くに動けないって……

 

 ◆◆◆

 

「完成ー」

「……先輩、大人の女性って感じに……」

「そ、そうなの?」

「アイちゃんのイメージと少し違うかも……まあでも、可愛いのは確かよ!」


 見るよ、見に行けばいいんだろお。

 洗面所の鏡にうつっていたのは、クリクリお目目の可愛らしい女の子だった。前回も思ったけど、メイクの効果とはいえ我ながら……これはすごいわ。

 服装は、指先まで隠れる大き目のボーダーニットセーターに、くるぶしまである黒のマキシ丈のフレアスカート。なるほど、体のラインが隠れる服を選んだってことか……

 

「どうー? 可愛いでしょー?」

「ノーコメントだ!」

「またまたあ。じゃあ、お出かけしましょっか」

「え、ちょ……」


 結局、外に出てきてしまった俺……、いずれにしろオフ会へ行く為に外に出ることは確定だったから、早いか遅いかの問題だ……ってそんなわけあるかああ。

 なるほど、二人が朝から準備を始めたのはこういうことだったのか。しっかし、この姿で外に出てからというもの、由宇の距離が近いんだ……

 彼女から手を握ってきたし、肩が俺に当たってるう。自分の恰好より何より、そっちの方が気になって駅前までずるずると来てしまったというわけなんだよ。

 

「由宇、私も反対側いいかな?」

「……う、うん……」


 それ、俺に聞くところだよね。由宇の許可を取ったキノが俺の腕に手を回し、体を寄せてきた。


「キ、キノ……あ、あたって、あたあああ」

「もう、今はアイちゃんなんだから、そんなことで焦ってどうするのよ」


 わ、ワザとだろお。キノお。で、でも、彼女の二つのふわんふわんが俺の二の腕にいい。

 女装にこんな役得があるなんて、悪く無い……って毒されてきてるう。お色気に誤魔化される俺じゃねえ。


「……パフェ食べますか? アイさん?」


 つ、次は食べ物か。お、俺が食べ物なんぞにつられるかあ。もう騙されないぞ。い、家に帰るのだ。

 

「隣の駅なんだけど、種類が豊富なのよ。アイちゃん行ったことある?」

「い、いやない……プ、プリンもあるの?」

「プリンに生クリームをベースにトッピングを選べたと思うわよ」


 ほう……それは、食べなきゃならんな。でも今日じゃなくてもいいんじゃないか?

 

「土曜日は女の子グループだと、二割引きなのよ」

「行くか」


 安くなるのなら行かないとダメだろう。黙っていれば男だとバレないはずだ。二個は食べてやるから覚悟しておけよ!

 

 ◆◆◆

 

 ピンク系でまとめられたおしゃれな店内で、二個目のパフェを食べていると由宇がトイレで席を外す。

 

「山岸くん、ありがとうね」

「あ、いや、ユウの希望かなと思って……」

「さすがあ、よくわかってるじゃない。でも、アイちゃんを楽しんでない?」

「そ、そんなことは……」


 男と二人きりより、女の子三人の方が人目を気にせず遊ぶことができるってわけなんだろうけど、密着の桃色気分が無くなると恥ずかしくなってくるぜ。

 といっても、今はパフェを食べることに集中しているから、そうでもないけどな!

 

「よかったわねえ。由宇が手を繋いでくれてえ」

「またそうやってえ」

「あはは。あの娘もアイちゃんなら触れることに抵抗がないのかもね」

「それはそれで複雑だよ」


 俺は憮然とした顔でパフェに再び口をつけた時、由宇が戻ってきて席に着く。

 んん、キノが言わんとしていることは、由宇が俺と接するのに緊張せず自然体で振る舞うことができるようになれるには、女装も一定の効果があったんじゃないかって言いたいのかなあ。

 手を握ったり、肩に触れたり……背中をポンと叩いたり……手を握るのはともかく、肩や背中くらいは躊躇せずに叩いてほしいかなあ。

 その後、トイレで一悶着あったりしたが、割愛する……ただ、由宇もキノも終始楽しそうにしていたことだけは確かだ。こんなに喜んでくれるなら、まあいいかと思ったり。

 いや、女装が好きになったとかそういうわけじゃないけどね!

 

 この後ファミレスでお茶をしていたら、あっという間にオフ会へ向かう時刻になってしまう。

 オフ会を行う某居酒屋の予約席へ到着したんだけど、まだヒュウとラサは来ていないようだった。俺達はスマホからローズへログインして二人の動向を探る。

 さっそくどうなっているのか確認すると……お、ラサもヒュウもログインしているじゃないか。

 

『間もなく到着』

 

 ラサからチャットが届く。

 

『先に始めておいてくださいっす。二十分くらい遅れそうっす』


 ヒュウは遅れると連絡が入る。

 

「こんばんは!」


 居酒屋の店員さんに連れられて姿を現したのは……相楽さんだった……え? どうして相楽さんがここに?

 

「こんばんは! ラサでいいのかな?」


 キノが相楽さんへ問いかける。

 

「ええ。私がラサ。ええと、君は?」

「私はキノよ。ラサも女の子だったんだあ。それも大人のカッコいい女性……憧れちゃう」

「……わ、私はユウです……」


 なんと相楽さんがラサだったああ。そんな彼女の自己紹介にキノと由宇が続く。

 相楽紗理奈さがらさりなことラサか……名前の真ん中を取ってきたんだな。し、しかしそれはともかく……ま、待てえ。

 これはマズい状況だぞ。俺だとバレると明日からの会社が……うあああああ。

 

「初めまして、アイです」


 俺は冷や汗を流しながら、相楽さんことラサへ挨拶をしたのだった。

 

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