第15話 アイちゃん
なんて思っていたんですが、キノのメイクはやたらと本格的だ……
ええと、あの後すぐファミレスを出て、俺の家に集合となった。メイク道具一式とウィッグなどなどを持ってきたキノと由宇が駅前で待ち合わせをして、俺の家にやって来る。
で、メイクが始まっているというわけなのだよ。
「あとは、ウィッグを被ってもらって……髪の毛を整えるだけよ」
「……せ、先輩……素敵です……」
えー、そんなことを言われても、俺にはこの前の不気味な俺しか想像できん。
「できたわよ!」
「み、見てくるよ……」
キノは自身ありげに腕を胸の前で組んで、由宇はキラキラした目で俺を見つめているから、後ろ髪を引かれる思いで洗面所へ立つ。
そこには……明るい赤みがかった茶色の髪を後ろで右側にくくった可愛らしい女の子が立っていた。
え、これ、俺?
目とかまるで違う。俺はこんな大きな目をしてないし、愛らしい口元とかオレンジ系のチークが似合うような顔じゃあ決してない!
なんだ、なんだこれはあ。メイクマジック? 天狗か、天狗の仕業なのか。
「どう? アイちゃん?」
いつの間にか俺の後ろに回っていたキノが俺の肩に手を乗せて、もう一方の手でサイドに垂らした俺の髪をクルクルと指先に絡めてきた。
「これ、俺?」
「そうよ。だから、絶対可愛くなるって言ったじゃない」
「び、ビックリし過ぎて言葉も出ない……」
「目覚めそう?」
「それは断じてない!」
あー、これなら確かに男の娘って言っても通用する。してしまう。
服さえちゃんとすれば、誰がどうみても男には見えんな……
「……先輩、いえ、アイさん、可愛いです!」
「そ、その呼び方はやめてくれえ」
「えー、だってその見た目だったら、山岸くんじゃなくてアイじゃない。かーわいいー」
こらあ、キノ。そんな腹を抱えて笑わなくていいじゃないかあ。
落とそう、メイクを落とそう。
って肩を左右から掴まれた。
で、スマホを取り出す二人。
何をするうー、お前らあ。
「……アイさん、笑ってください……」
「アイ―、笑ってえ、あはははは」
「笑えるかあー!」
「じゃあー」
「ちょ、お、おま、こらあ」
脇の下を触るなあ、だ、ダメえ。
キノが後ろに回り込んで、こちょこちょするのは笑うより、彼女のほっぺたが背中に当たって……
「恥ずかしいのお、アイちゃんー」
「そ、そんなことないってえ」
「真っ赤にしちゃってえ。大丈夫よ、胸は触らないからさ」
変なことを言うんじゃねえ。
とその時、パシャリと音が。
「わー、顔を赤らめちゃってえ、いい写真が撮れたわね」
「……せ、先輩にも送りましょうか?」
「にも」ってことはキノには送ることが確定しているのか、まあいい。
どれどれ、どんな写真なんだろう――
わ、我ながら、これは……そそるかもしれぬ。
俺はキノに触れられて赤くなっていただけなのだが、この写真ではスマホを向けられて恥ずかしがっているように見えるう。
俺はこの写真を記憶からデリートすることに決めた。
この後、みんなで夕飯を食べて解散となる。
「……先輩、今日は楽しかったです……また後ほど『ローズ』で……」
「ユウ、防音がうまくいってたらいいんだけど……」
由宇のおうちに泊まるか、彼女を家に泊めた方がいいのか悩んでいたけど、明日は仕事だから由宇のおうちに行くのはちょっとなあ。
また、一週間泊まってくれる? いやいや、さすがにそれはあ。
「由宇、あなたの家に何かあるの?」
「……はい、隣の声が少し……」
俺はキノへ防音しようと頑張ったことを伝えると、彼女はポンと手を叩き一言。
「じゃあ、私が由宇の家に泊まっちゃってもいいかな?」
「……え、いいんですか?」
「由宇がよければ! 勤務先までも少しだけ近くなるし」
「……ご迷惑でなければ……ぜひ……」
「やったー! じゃあ、準備してから向かうね」
おお、キノがいてくれたら安心だ。由宇がキノへ家の場所を教えている間、俺は微笑ましい気持ちで彼女らを見守った。
◆◆◆
由宇のいない平日に戻った俺は、少し寂しさを覚えながらも会社に出勤し、いつもの日常を過ごす。
水曜日に支社から応援の人員が来るというから、出迎えに行ったら……なんと先月まで一緒に仕事をしていて支社へ異動になった先輩だった!
彼女の名前は
健康的な肌に俺より高い身長のスラッとした彼女は、社内でもとても人気がある……らしい。俺は彼女と同じ島だったけど、大して会話しなかったからなあ。
と思いながらオフィスで彼女をぼーっと眺めていたら、声をかけられた。
「藍人くん、仕事には慣れた?」
「あ、はい。もうすぐ一年ですしまだまだ覚えることばかりですけど」
「よかったわ。順調そうで。藍人くん、私も年明けからここに戻ることになりそうなの」
「え、そうなんですか! 支社に行ったばかりじゃないですか」
「そうなんだけど……結局こっちもあっちも人員が足りないとかでね、向こうで一人、人員を採用したらしいの。それで、こっちに来たい人をヒアリングしたのね」
「なるほど、それで相楽さんが戻りたいと」
「そんな感じ。こっちが地元だしね」
綺麗な人だよなあ。お姉さんって感じで、なんだかいい匂いもするし……これはどんな香水なんだろう。
よく分からないけど、彼女に似合った香りだあ。
この日は相楽さんと昼食をご一緒させてもらい、鼻の下を伸ばした……わけではない。仕事の話しかしてないからな……あー、そうそう初めての年末進行だけど、年末はヤヴァイ雰囲気がプンプンするぞ。
そんなこんなであっという間に金曜日になった。キノと由宇とはこの間にも毎日ローズで会っていて、由宇から聞くところによると例の音は、全く聞こえなくなったそうだ。
それでもキノが水曜日まで泊まって、木曜日は久しぶりに由宇が一人ですごしたみたいだけど、大丈夫だったと俺に報告をくれた。
これで俺も一安心だよ。と肩の荷がおりていたところで、事件が起こる。
『山岸くん、今晩暇?』
スマホにメールが届いた。ええと、これはキノからだな。何かあったのかな?
『うん、暇だよ。どうしたの?』
と打ち返すと、すぐに返事が返って来た。
『よかったあ。もうすぐ帰ってくる時間でしょ? そっちに行って泊まってもいいかな?』
何だってえ。俺が一人暮らしって知ってるよね? ま、まさか男にも思われてない?
ま、まあいいけど。
『うん。大丈夫だよ』
由宇に続き、キノまでも俺と二人きりでお泊りなのか? どうしちゃったんだ、最近の俺……
自宅のマンションの前までくると、入口のところで俺に気が付いたキノが手を振っているのが見えた。
「やっほー、山岸くん」
「こんばんは、キノ」
「ご飯食べた?」
「まだだよ」
「じゃあ、持ってきたからキッチン借りていいかな?」
「うん」
そんな感じで会話を交わした俺とキノはエレベーターに乗り込み、自宅へと入る。
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