第13話 由宇ちゃんのおうちでお泊り
由宇が昼過ぎからバイトだというので、俺は一旦自宅に帰って息をするようにローズにログインする。しかし、今晩のことが気になって仕方ない。
いや、分かってるんだよ。なんで俺が由宇のおうちで今晩お泊りするかなんて。
そう、由宇は音が聞こえてこなくなっているか、一人で確かめるのが不安なんだろう。今週俺の家に泊まりに来たくらいだしさ。
むしろ、防音パネルの効果が出なきゃいいと思っている悪い俺がいることに少しへこむ。由宇の心配する気持ちを解消してあげたいって気持ちがもちろん一番大きいのは正直なところなんだけどね……
でもさ、もし音が今まで通り響いてきてさ、お隣のカップルが始めちゃって……ほら、「……変な気持ちになってきました……」とか潤んだ瞳で俺を見つめて来たりー、とか妄想してしまうじゃないか!
俺は妄想で悶えながらも、ラサとヒュウに野良で集めた二人(
「アイ、いいの出たっすか?」
「ダメだったよー☆ でもでもー、みんなと遊べたからアイちゃん楽しかったあー」
「拙者も」
いつも引っ張ってくれるキノがいなくても、四人のうち誰かがいる時は本当に楽しい。
二つ目のクエストをこなす頃には、俺はすっかりアイになりきって、良品が出るかどうかに一喜一憂していた。
部屋でゆっくりローズをする。それが今までの俺の週末の過ごし方だったんだ。
「おっす! みんな今日も楽しもうぜ!」
「ごめんー☆ これから出かけるんだ―。また夜にね」
ちょうどキノがログインしたところで、由宇のおうちに向かう時間になってしまった。
ラサとヒュウはまだまだ遊ぶみたいだし、また夜に会おうぜ。え? もちろん、由宇のおうちにノートパソコンは持っていくよ。
由宇もそのつもりだし……テレビやビデオを見るよりローズだ。俺も由宇もゲーム脳をしているから、風呂と食事が終わったらゲーム。それは決定事項なのである。
◆◆◆
「……先輩、こんばんは」
「こ、こんばんは」
由宇が笑顔で扉を開いてくれたけど、緊張してきた。由宇のおうちに来るのは三回目だけど、日が落ちてからは初めてだし……こ、これからお、お泊りだあ。
「……ど、どうしました、先輩……?」
「あ、いや。由宇、お風呂上り?」
首に巻いたタオルを見たらすぐ分かるって。それにダボダボの黄色のパジャマを着ているし……鎖骨が見えて妙に色っぽい。
「……う、うん……先輩も入りますか?」
「あ、入って来たから大丈夫だよ」
「……そ、そうですか。ご飯は食べましたか……?」
「軽く食べて来たよ。時間も時間だし」
俺は由宇の部屋に入るとリュックからノートパソコンを取り出して、洒落たホワイトカラーのコタツの上へ置く。
それを見た由宇は、棚に置いてあったノートパソコンを持ってきて俺の対面へ腰かけた。
「あ、ユウ、おつまみと飲み物を持ってきたんだ」
「……ありがとうございます……」
「ユウって成人してたっけ?」
「……は、はい……そ、そんなに子供っぽいですか……?」
「いや、三つ下だって知ってたけど、誕生日が来てなかったら未成年だろ?」
「……な、なるほど。そういうことですか。六月なので……」
「チューハイとビール、あとゼロカロリーのコーラとかのソフトドリンクも持ってきたんだ」
「……で、では……せっかくですので、チューハイを……」
「飲んだ事あるの?」
「……い、いえ、で、でも先輩と一緒……」
これは、アルコールを飲んだことが無いな……少しだけならまあ大丈夫かなあ。
俺がリュックから買ってきた物を取り出していると、由宇がコップに氷を入れて皿と一緒に持ってきた。
チータラやポテチを開けて、チューハイを半分ほどコップに注ぐとコップ一杯になったんで、丁度いい。
「乾杯―」
「……乾杯……」
飲みながらローズにログインするとみんな揃っていたから、さっそく高難易度クエストに出かけることになった。
今日はレアな両手剣を狙おうということになって、もしいいのが出たらラサに献上予定だ。二回ほどクエストをこなしたけど、結果は残念なことに……まあ、そうそう出るものじゃないしなあ。
一息ついたところで、ふと由宇の様子を伺うと……
顔が真っ赤じゃないか。
「ユウ、お酒はちょっとだけにしておいた方が……」
「……れ、れんれん、酔ってませんよ……」
あちゃー、呂律が回ってないぞお。一体どんだけ飲んだのかと思って由宇のコップを確認すると、半分を超える程度しか飲んでない。
「ユウ、一旦ログアウトしようか?」
「アイ、私はまだ眠くないし、大丈夫だよ」
だ、大丈夫じゃねええ、騎士のユウになってんじゃねえかよ。混じってる混じってる。
「え、ええと、ユウ?」
「アイ、いつも言ってるじゃないか『ローズ』では……」
こ、ここローズじゃなくて
「ここは、ローズじゃなくってだな……」
「アイ、全く困った
由宇が俺の頭をポンポンとしてきた……あー、撫でてもらうのってこんなに心地良いものなのかあ。
どうせ由宇は覚えていないだろうし、乗っかってもいいかなあと思えてきたぞ。
「ユウー、くすぐったいよおー」
「全く、アイは甘えん坊なんだから」
「えー、そんなことないよー☆ ユウが勝手に撫でて来たんだもんー」
「アイがそうして欲しそうだったからだよ」
ノリノリだなおい! 自分で言ってて気持ち悪いんだけど……これって由宇が撫でて欲しかった時の願望?
あれ、隣の部屋から変な声が……あー、これかあ……例の。
「ユウ、変な声が聞こえてくるよおー☆」
「全く今日もお盛んだね、彼らは……」
由宇はまるで騎士ユウのように肩を竦める。た、確かにこれはきついわ。って防音パネルが全く効果を発揮してないな……すまん、由宇。
「どうしようー、ユウー」
「そうだな……」
由宇は腕を組み思案顔だ。なんか、可愛らしい顔で男っぽい仕草をすると萌えるぞ。こういうのもいい。
しかし、朝妄想していたけど、いざ隣から聞こえてくるとだな……その、興奮するよりは、あいたーって気持ちになるぞ。黙れお前ら―と言いたくなる。
単純に騒音だよこれ……
「うるさいよねえ、全くー☆」
「煩くないように、君の口を塞いでやろうか?」
「ちょ!」
なんちゅうことをのたまうんだ! つい素に戻っちゃったよ。
「ユウ、まさか、この声で興奮してるのおー?」
「少しだけ、ほんの少しだけだとも。君を見ていなければ、君と会ってなければ……平気だったかもしれないがね」
きゃー、それ本音? それとも騎士ユウの
「きゃー☆ 襲われるうー」
「君は私をなんだと思っているんだい? 私は騎士だ。無理やりなんてやらないとも」
「じゃ、じゃあー、アイちゃんがーいいって言ったら?」
「……ひ、秘密です……」
おいおい、そこで急に素に戻るんじゃないー。俺が恥ずかしいだろ……
「ユウ?」
「…………」
あ、寝ちゃってる。明るいところで彼女の寝顔を見るのは初めてだけど、長いまつげにスベスベの頬っぺた。そして、プルルンとした唇。
唇……今ならチュってしてもバレないかなあ。あああ、想像したら興奮してきた!
ダメだって、寝てる間にそんなことをするのは、そうだ、こんな時の為に練習したじゃないか。うん、円周率を数えるんだああ。
三てん一四一……あれ、なんだっけ。前より酷くなってるうう。ダメだこら……俺は自分の酷すぎる記憶力に絶望し、却って冷静になることができた。
しかし、しばらく四つん這いになって頭を下げてしまう。あー、あー。俺の脳みそは豆腐並みだあ……
ようやく頭を上げた時、俺はあることに気が付いてしまった。由宇をベッドに運ぶべきか、そのまま布団をかけてやるべきか。
どうしよう。
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